お伽話のそれから -05-




 夜、寝ているアスランの部屋へ人影が滑り込む。
 その人影は足音を殺して ゆっくりとベッドに近づいてきた。


「アスラン…」
 今にも闇に溶けてしまいそうな それは小さな小さな吐息のような呟き。
 涼やかな鈴の音のような囁きを零した彼女は 愛しい自分の夫をじっと見つめて覗き込む。
 そして彼が寝ているのを確認するとそっと彼の前髪に触れた。

「…こんな風にしか会いに来れない 勇気の無い僕でごめんね。」
 怖くて面とは向かえない。でもどうしても会いたい。
 そんな相反する2つの気持ちの葛藤の末、気持ちのままに行動してみたらいつの間にかこ
 こに来ていた。
「再び君に愛される自信がなかったんだ。君が僕のどこを愛してくれたのか僕には分から
 なかったから。僕はどんどん君を好きになっていったけど、君はどうだったのか… 確か
 めるのが怖くて聞けなくて。」
 こうなる前に聞けば良かった。そうしたらこんなに不安になることはなかったかもしれな
 い。
 …どんなに思っても今さらなのだけれど。

「愛してる」
 躊躇いがちに 本当に触れるだけのキスを彼の額に落とす。


「おやすみ、良い夢を―――」
 暗闇の中で淡く微笑んで キラは静かに部屋を出て行った。





「……どういう コトだ?」
 彼女が去ってすぐ どこか熱を含んだ独白が暗闇に落ちる。
 アスランは寝てはいなかった。
 …彼女の行動でまどろんでいた意識が一気に覚醒したとも言えるが。

「…彼女はイザークの妃ではないのか?」
 あの時の雰囲気が他人にしては親密で それは今も胸の痛みとして残っている。
 けれど、今の彼女の言葉からすると 彼女が好きなのは自分になってしまう。
 そんな夢のようなことが有り得るのだろうか?
 けれど 彼女が触れた額はまだ熱を持っている。
 それはこれが夢じゃないことを教えてくれていた。

 それにしても 暗闇で良かったと思う。
 明るかったらきっと起きていることがバレてしまっていたから。

(明日 イザークに聞いてみよう…)

 そう思って アスランは今までになく明るい気分で目を閉じた。














 翌日執務室を訪れて たまたまいたイザークに尋ねると返ってきたのは、
「…はぁ? キラが俺の妃だと?」
 明らかに 何言ってるんだと言わんばかりの呆れた声での返事だった。

「違うのか?」
「いきなり来たと思えば…」
 執務机に肘を付いた彼は大きな溜め息をついて「当たり前だ」と返す。
「笑えない冗談だ。それをキラ本人に言わなかっただけ褒めてやる。もし言っていたら本
 気で殴ってたぞ。」
 どうやら本当に自分の勘違いだったらしい。
 でも、それなら―――

「…じゃあ彼女は何者なんだ?」
 かなり王宮の深くにいる女性であることは分かる。
 けれど アスランには姉も妹もいた覚えはないし、他に思い当たるものもなかった。
 ひとつ 都合のいい解釈をすれば可能性があるものがあるが、ぬか喜びはしたくないし。
「それは自分で考えろ。俺からは言えん。」
 再びデスクワークを始めてしまった兄は冷たく突っぱねる。
 それでもじっと見ていたら、1つだけヒントをくれた。

「…まぁ 貴様が"王子"としてすべきことをやればすぐに分かることだがな。」



 そう言われれば、やるべき行動はすぐに決まった。




「父上。俺に政を教えてください。」
 驚く父上にも怯まずもう一度頭を下げる。

 なんだってできた。
 どんなことでもやってやろうと思った。

 彼女に 少しでも近づくためなら。








 ―――そして キラはイザークではなく俺の妃だと知った。
 嬉しかった半面、どうして教えてくれなかったのかと不思議に思った。
 そのせいで要らぬ誤解で思いっきり落ち込んでしまったのに。

「混乱させたくなかったんだ。全然知らない人間にいきなり奥さんだって言われても困る
 だけかなって。」
 14才らしく直球で「どうして?」と聞いたアスランに キラは少し考えた後で困ったよ
 うに答えた。
 それはアスランのことを考えてだと分かるけれど アスラン自身は納得がいかない。

「…俺は一目で恋に落ちたのに。」

 そんな心配は要らないのに と、正直な不満を漏らす。
 それを聞いたキラは あまりにストレートな告白に真っ赤になった。
「そういうところは変わらないね…」
 褒められてるのかよく分からなかったけれど、反応は期待通りで満足できるもので。
「俺はキラが好きだよ。キラが俺の妃で本当に良かったと思う。」
 にっこりと笑って言って、再びキラを赤面させた。



 けれど それ以降もキラは必要以上に触れてこなかった。
 あの夜のように、隠した想いも教えてくれないまま。


 近づけば近づくほど、触れたいと思う気持ちは強くなっていった。
 触れられないことがもどかしい、けれど触れると彼女がどんな反応をするか怖くて。

 …18の俺は彼女にどんな風に触れていたんだろう? そんなことまで考えるようになっ
 ていた。






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キラの夜這い(笑) ついでにあっさり関係バレ。
だってこうしないと次のラブラブが書けないんですもの!



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