お伽話のそれから -04-
幻だと思ったときもあった。 けれど彼女はそこにいた。 夢でも幻でもなく今 アスランの目の前に。 中庭から見える回廊の中央。 片手には革張りの分厚い本を抱え、もう片方には書類の束を持って彼女はなにやら考え込 んでいる様子。 重くないんだろうか…と考えて、当たり前じゃないかと 一瞬でも考えた自分に呆れる。 姫君が持つ"重いもの"といえば扇か銀食器くらいまでだ。 「手伝った方が良いんだろうな…」 そうすればきっと彼女は喜んでくれる。笑顔でありがとうを言ってくれる。―――そんな 気がする。 そして、そんな彼女が見たいと思った。 「ぁ―――…ッ」 一歩目を踏み出し 声をかけようとして、…その言葉が見つからなくて焦る。 そういえば 自分は彼女の名前すら知らないのだと気づいてしまった。 「キラ!」 その時別の方から声がして、彼女はアスランに背を向けそちらへと振り返る。 角から現れたのは下の兄だった。 おそらく見取り図が書かれているのだろう丸めた大きな紙を手に持ち、彼は自然と彼女の 隣に並ぶ。 「キラ。晩餐会で飾るバラは白と赤だったか?」 「え、はい。あとピンクを―――…えっと、」 頼む前に紙を開いてくれたイザークにお礼を言って数箇所を指差す。 「…ここと、ここに。」 「分かった。」 それから2人は燭台の位置やテーブルに飾る花の種類などの細かい打ち合わせを始める。 そこには他の誰も入れない雰囲気があった。―――アスランはそう感じてしまった。 それ以上見ていられなくなったアスランは黙ってその場を離れる。 何故だか胸がとても痛かった。 「…?」 「どうした?」 後ろを振り返ったキラにイザークは不思議そうな目を向ける。 「いえ、今そこに誰かいたような気がして…」 「侍女じゃないのか?」 「…そうかもしれません。」 (まさか、ね…) 淡い期待を打ち消してキラは向き直る。 会いたい気持ちが強過ぎてきっと幻を見たのだろう。 ここに… アスランがいるわけがないのに。 記憶を失くした彼はキラを知らないのだから―――… 「そんなに沈んだ顔をされてどうしたんですか?」 いつものように自然と現れた彼女は 寝転ぶアスランの隣に腰を降ろす。 腕で顔を覆ったまま アスランはしばらく黙っていた。 けれど彼女がそれ以上何も言わないので、観念して重い口を開く。 …思い出すのはさっきの光景。 自分が今どんな顔をしているか分からなくて、そんな顔は彼女にも見せれなかった。 「今日、嬉しいことが2つあった。でも、同時に知りたくないことまで知ってしまったん だ…」 彼女に偶然に会えたこと、彼女の名前が分かったこと。それは嬉しかった。 けれど 彼女が誰かのものなんて知りたくなかった。 だったら夢幻だった方がまだマシだと思う。 「きっと俺は記憶を失くす前も彼女が好きだった。でも、その想いはたぶん叶わなかった んだ…」 好きになったのは兄の妃。アスランにはどうすることもできない。 「…大丈夫ですわ。」 スッと頭を撫でられる。知っているような気がしてアスランはそれを自然に受け入れた。 「私は貴方のお傍にいますわ。ずっと。」 『理想の女性に会ったんだ!』 あの日の絶望は忘れられない。 私に残酷な現実を突きつけた貴方。 『どこにいようとも 必ず見つけ出す!!』 その日から私を映さなくなった瞳。 貴方の心はあの人が全て持って行ってしまった。 どこかで間違えた。すれ違ってしまった私達。 だからやり直したかった。 「今度こそ 間違えないわ……」 彼女の小さな呟きは アスランに聞こえなかった。 NEXT --------------------------------------------------------------------- 敢えて言うならすれ違い編。いや 勘違い編。 …あの、話がトントンと進みすぎて分かりにくくないですか?(汗)