お伽話のそれから -03-




「…よくこれだけの量を毎日さばけるものだな。」
 感心しつつも呆れた声しか出ないのは 自分もいい加減疲れてきたからに他ならない。
 普段はアスランが座っている執務室の机に今座っているのはイザーク。つい一刻前までは
 そこにディアッカがいた。
 デスクワークは現在のところ 2人で交代で行っている状態だ。

「ま、書類のような裏方は俺とディアッカでも手伝えるが、表向きのものはさすがに…… 
 そこは父上に頑張っていただくしかないか。」
 一度確認してくれとキラに手渡して、イザークはようやく背筋を伸ばす。
「…ご迷惑をおかけします。」
 それを受けて書類から顔を上げて申し訳無さそうにキラが謝ったのを見たイザークは 途
 端眉間に皺を寄せた。
「それはお前が言う言葉じゃないだろう。むしろ1番負担がかかっているのはお前じゃな
 いのか。」
 アスランの仕事について誰よりも詳しく知っているのはキラだ。
 何も言わず淡々とこなしているが、中には元々アスランの仕事だった部分もあるはず。
 "確認"もアスラン相手ならせずに済むのに。
「僕は平気です。この忙しさは気を紛らすのにちょうど良いので。」
 さらりと言うが、その心情はイザークに測れない。
 そこに関してはわざと返事をしなかった。


「―――ところでアイツの調子はどうだ?」
 あれから1週間。そろそろ戻ってもらわないと周りとしては困る。
 けれどキラの表情は晴れない。
「話によると 依然変わらないままだとか。」
「…会って ないのか?」
 むしろそちらの事実の方にイザークは驚いた。正体は隠すといっても様子見くらいは行っ
 ているものだと思っていたのだ。
 するとキラは苦しそうな表情で俯く。
「会えません… またあんな瞳で見られたら立ち直れませんから。」
 アスランの発言は予想以上にキラの胸に突き刺さっていたらしい。
 分からないのだから仕方ないとも思うのだが、キラにこんな顔をさせたことには少々腹も
 立った。
 …イザークが1人で怒っても意味がないと分かってはいるが。

「つまり今のアイツは1人か?」
「いえ、レノア様にお願いして できるだけ話を聞いていただくようにしていますけど。」
 今の彼は14の子どもともいえる年齢の少年だ。王妃にはかなり無理を言って協力しても
 らっている。
 王妃はその頼みを快く引き受けてくださったけれど。
「だが "あれ"は一月後だ。そろそろ限界だろう。」
 主催が王の晩餐会となると 王妃もそれなりに忙しくなる。
 イザークの言葉も正当で、キラは唸るしかなかった。












 父も母も元々忙しい人達だった。
 それでも記憶を失くしたという日以降は時間を見つけては母が会いに来てくれて。
 しかしその母もしばらく来れなくなると言われた。何か大きな行事があるのだそうだ。

 だったらと 部屋の外を出歩く許可をと願った。
 記憶がない以外は問題はないのだから。


 出て分かったのは城内全てが慌ただしいということ。
 母が言う「大きな行事」とやらの準備で皆忙しいのだろう。
 この時期なら国内行事はないから他国を招いてのものか。

 ―――"子ども"のアスランにはよく分からなったが。




 庭園の一際大きな木の下に寝転んで耳を澄ます。
 人の声は遥か遠く、聞こえるのは木々の擦れる音、鳥の鳴き声。

「どうされたのですか?」

 そんな時に不意に声をかけてきたのは1人の侍女。
 覗き込むように見下ろす そのアスランよりも年上に見える侍女はアスランの全く知らな
 い顔だ。
 けれどこの広い王宮だ。そういうこともよくあるだろうと特に疑問には思わなかった。

「……退屈だと思って。」
 誰も相手にしてくれないと愚痴に近い口調で説明する。
 彼女はそれに苦笑いして すとんと隣に座った。
「近隣諸国を招いての晩餐会が一月後に控えてますから仕方ありませんわ。」
「貴方は良いのか?」
「駄目なのかもしれません。でも、そんな寂しそうな顔をしている方を放ってもおけませ
 んわ。」
 彼女の言葉にアスランははっとする。
 それは誰かに言ってもらいたかった言葉。
 誰もが記憶を失ったことを心配して、今の自分を気遣ってくれる人はいなかった。
「私で良ければ話し相手くらいにはなれますから。いつでも話しかけられて構いません。」
 柔らかな彼女の笑顔はどこか安心できる。警戒心もあっさり吹き飛んだ。
「良いのか…?」
 さっきとは微妙にニュアンスの違う問いかけに彼女はクスリと笑う。
「もちろんです。遠慮なさる必要はありませんわ。」
「ありがとう。…そうだ、貴方の名を教えてくれないか?」

「―――エマと申します。」





 それから2人は度々会うようになった。

 この、庭園の木の下で。






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アスランの浮気(違) …でも間違いでもない(笑)
オリキャラなのはちょうどいい女性キャラがいなかったからです。



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