お伽話のそれから -10-
アスランが戻り、落ち着きを取り戻した城内。 イザークは書庫に入り浸り、ディアッカは城外に出てばかり。 国王は元の半隠居状態に戻って王妃と庭園の散歩を楽しみ、サイはアスランの補佐をバリ バリこなす。 そしてキラは今日も資料集めに書庫へ。 そんな風に 全ては元通りになったかに見えた。 キラが5冊目の本を手に取ったとき、本棚の角から姿を現した彼に名前を呼ばれた。 誰よりも書庫に詳しく、おそらく彼と話す機会が最も多いのは自分じゃないかと思うくら い 人のいないこの場所で1日を過ごすその人。 彼はその場で本を捲るキラの後ろの棚に背を預け、突然ククッと可笑しそうに笑いだす。 「最近アイツを避けていると聞いたぞ。」 それを聞いたキラは苦い顔で本から顔を上げて振り返った。 「…アスランが言ったんですか?」 「昨晩 突然人の部屋にやって来て、「キラは渡さない!」とわけの分からんことを言い出 したからな。怒鳴り返したら全部話していったぞ。」 イザークの表情とは対称的にキラの顔はますます渋くなる。 全部ということは、昼間目を合わせないことも 朝が別々であることもきっとバレたのだ ろう。 「しかし昼間だけならまだしも 夜まで逃げられたら男として立つ瀬がないな。」 「ッ!?」 その後に付け足された軽口はあからさま過ぎてキラは真っ赤になった。 これは完全にからかわれている。 「イザーク様…ッ!」 けれどキラが何かを言う前に 彼はスッと笑みを引っ込めた。 「―――何をそんなに遠慮しているのか知らんがお前はヤツの妃だろう。もっと堂々とし ていろ。」 第三者故に彼の言葉は冷静かつ公正だ。 けれどそれはキラに後ろめたいことがなかった場合の話。 「でも…っ」 彼の言葉にキラは素直に納得することが出来ない。 自分の存在は――― 「キラ様!」 その時 荒々しく扉が開いたかと思うとサイが飛び込んできた。 「大変です! 殿下が…!」 あの時と同じように焦った様子の彼にキラはザッと青褪める。 そして彼が続きを言うよりも早く 全てを放り出して出ていった。 …持っていた本も、イザークへの挨拶も。 「……あんな顔をするくらいなら素直になればいいんだ。」 彼女が落とした本を拾ってイザークは溜め息1つ。 「本当ですよね。」 「ん?」 横を見れば、キラと一緒にいなくなったと思っていた彼はまだそこにいて、何故かイザー クににっこりと笑いかけていた。 「アスラン!」 ノックも無しに扉を壊す勢いで執務室に飛び込む。 そして胸を押さえて膝をつくアスランの姿が目に入ると慌てて駆け寄った。 「アスラン! どうしたの? 大丈夫!?」 泣きそうになりながら彼を抱き起こす。 今度はどうしたのだろう。もう苦しい思いはして欲しくないのに。 「大丈夫じゃない…」 「え!?」 それを聞いて避けていたことを後悔する。 逃げ出さずにちゃんと見ていれば良かった。 もし重い病気とかだったらどうしよう。 おろおろするキラへ彼の手が伸びてくる。 何か言いたいことがあるのだろうかとキラも顔を彼へと近づけて。 「…キラ不足で死にそうだ。」 「え…?」 その言葉の意味をキラが理解する前に、彼はキラを腕の中に閉じ込めた。 「―――やっと捕まえた。」 「…え、まさか……」 ウソ…? 呆然としたキラの呟きにアスランは小さく笑う。 「あまりにじれったくてサイに頼んだんだ。」 「ッ!?」 けれど 今さらジタバタもがいても、キラの力では大した抵抗にはならない。 「そんなに逃げたいのか?」 キラの態度が癇に障ったのか、低くなった声にキラは抵抗をピタリと止めた。 逃げたいわけじゃない。そうじゃない。 そうじゃなくて… 「どうしてこんなことしたんだ? もしキラがエマに気を遣っているのならそれは…」 「違う。」 腕の中のキラは意外にもキッパリと否定してアスランを驚かせた。 それを見てキラは慌てて付け加える。 「あ、いや、違わないんだけど… でもそれだけじゃなくて。もっと単純な理由なんだ…」 キラを縛る1つの言葉。 それを思い出すたびに怖くなってアスランに触れられなくなった。 「…彼女が言った"摂理"に従うなら 僕は今ここにいないはずの人間だ。だって僕は魔法で 今の姿になったんだから。」 "自然の摂理を歪めた存在―――" 彼女の言葉が頭から離れない。 摂理を歪めているのはキラも同じだと気づいたから。 「女だからみんなに祝福されて、女だから君の隣にいることができる。…でも もし男のま まだったら? 誰も祝福なんてしてくれないし、僕は今君の隣にはいないよね? そう考え たら全部間違いなんじゃないかって思えてきて…」 女になったのは偶然で、本来ならキラは男として今も家にいるはずだ。 そして侯爵家の跡取りとしてアスランとは別々の道を歩んでいた。 それが"摂理"に適ったキラの本当の未来だったはず。 「君だって、僕がこの姿じゃなかったら好きになったりしなかったかも…って、」 「見縊るな。」 怒りを含んだ声で言葉を遮られ、キラはビクリと肩を震わせる。 見上げたアスランは本気で怒っていた。 「俺はキラを選んだんだ。そもそも2度目にキスをしたのは誰にだ?」 思い出してはっとする。 1度目は舞踏会の夜、そして2度目は白いバラが咲く庭園で。 そういえば、2度目のあの時はキラは"男の子"だった。 「祝福なんてキラじゃなければ要らない。キラ以外の誰かも要らない。キラだったから俺 はお前が欲しいと思ったんだ。」 次期国王としての彼を考えるなら 本当は喜んじゃいけないんだろうけれど。 でもキラは嬉しかった。何よりもキラを選んでくれたというその言葉が。 溢れ出そうになる涙を必死で堪えてキラは困ったような笑みを見せる。 「馬鹿アスラン。いずれ国王になる人がそういうことを言っちゃダメだよ。」 憎まれ口を言ったところで表情が伴っていないから、アスランは可愛いと言って笑う。 アスランが瞼にキスを落とすと涙が零れてしまったけれど、気にせず彼はそれも唇で拭き 取った。 「でも本当のことだ。キラに出会わなかったら俺の世界は灰色のままで、世界がこんなに も美しいだなんて知らずに過ごしていた。それにこの国を大切だと、守りたいと思うよう になったのもキラがいたからだ。」 こんな風にアスランが気持ちを伝えてくるのは珍しい。 「好き」や「愛してる」は何度も言ってくれたけど、その"理由"を教えてくれたのは初め てだった。 「キラがいたから今の俺があるんだ。だから、いなくなるなんて言わないでくれ…」 いつもなら絶対に見せるようなことがないそのアスランの表情。 彼の懇願するような瞳にキラもついに折れた。 「…うん、ごめん。もう言わないから。」 そうして唇に降りてくるキスを受け止める。 君の傍にいよう。 天から裁きが下されるまで。 「…よく分からんがどうやらまとまったようだな。」 やれやれと部屋の中から視線を外すとイザークは壁に凭れる。 キラの複雑な事情など知らない。 跡取りがいなかった侯爵に男として育てられて、それがあの舞踏会でアスランに見初めら れたとか。 そんな噂は城内でもいろいろと聞いた。 でもそんなことはイザークには関係ない。 願うのはただ可愛くない弟と可愛い義妹の幸せだ。 「本当に人騒がせだ。」 「そうですね。」 隣にいるアスランの従者もホッとした表情をしている。 同情して苦笑いを向けた。 「毎度付き合わされて貴様も大変だな。」 けれど彼の反応は少し違って。 「たまには良いんじゃないですか? 退屈しなくて。」 本当に面白いと言う風に彼は笑っていた。 「大物だな…」 光栄です と返ってきた声に再度呆れつつ、2人はその部屋の前から離れた。 =END= --------------------------------------------------------------------- 一緒に上げたキララクと同じくラブシーンは抱擁で。 どんだけ好きなんだよって感じです。(抱擁フェチですから!) ↓お暇な方はどうぞ ≪あとがき≫へ