第18話 − 想いの行方



 あの日からさらに1週間。
 まだ残り時間にも余裕がある昼休みに キラはカガリから屋上に呼びだされた。


「何か人に聞かれたくない話?」
「うん。まあな。」
 普通の話ならさっき教室で弁当を食べている時でも良かったはずだ。どうせ一緒に食べて
 いるのだから。
 そう思って聞けば 彼女はあっさりと肯定してくる。
 …そしてこの後何を聞かれるのか、その時にはたぶんもう分かっていた。

「アスランとケンカしたとか?」
「分かってるくせに誤魔化すな。」
 一応はぐらかしてみたけれど彼女は流されない。
 睨んでくる彼女は逃げを許さない態度でいて、そこで彼女の本気を悟った。

 本当は分かっている。…全部。
 彼女が怒る理由も、そして望んでいることも。

「……ラクスのこと?」
「やっぱり分かってるじゃないか。」
 観念して自ら核心部を切り出すと、今度もあっさり肯定されて内心息を吐いた。







「…アスラン? そんなところで何をなさっているのですか?」
 昼食後ラクスは来週のことで担任と相談していて、それから教室に戻ってきた時には3人
 共姿が見えなかった。
 どこに行ったのかと探していたらアスランだけが屋上の入り口前にいた、というわけで。
 ラクスが尋ねるとアスランは扉に凭れたまま肩を竦めてみせる。
「うちの双子が何やら話しているみたいなんです。俺はその見張り役です。」
 ここは元々誰も来ない場所だけれど、絶対に来ないというわけでもない。
 きっと他人には聞かれたくないことなのだろう。……当然ラクスにも。

「聞きますか?」
「え?」
 だったら教室で待っていようと踵を返そうとしたのに、彼はそう言うと凭れた扉から背を
 離す。
 ラクスにその場を明け渡し、アスランは扉の向こうの誰かに苦笑いを向けた。
「そして、あの馬鹿に自分の気持ちをはっきりと言ってあげて下さい。」
 おそるおそる扉に近づくと、その先の会話が漏れ聞こえ始める。

「―――本当に馬鹿なんです。」
 呆れたような、それでいて温かな優しさに包まれた声を聞いたその直後。
 キラの口から自分の名前が出てきて心臓がはねた。







「お前、何が不満なんだよ。」
 ここは相変わらず風が強い。
 風に流される髪が時折視界の邪魔をしてキラの姿を隠すけれど、それでも目を逸らさずに
 彼をじっと見つめる。

 あの日はキラ自身も混乱していたようだからあれ以上何も言わずにいたけれど、このまま
 言わずにいたら2人はずっと互いに苦しむだけだ。
 2人にも早く心から笑ってもらいたかった。

「ラクスのどこに不満があるっていうんだ?」
 だから、今日こそは逃がさない。


 キラはデビュー当時から彼女を目で追っていた。
 言葉に出したことはないけれど、見ていればすぐに分かった。
 キラはずっと彼女しか見てこなかった。それもずっと前から知っていた。

 キラがラクスに抱く感情は"恋"だ。
 自分やアスランと同じ想い、ファンなどではなく生身の彼女に対する恋情。

 今日こそそれを認めさせてやる!とカガリは意気込む。けれど、


「…不満なんて、あるはず ない。それにこの前も言ったじゃないか。僕には―――恋人が
 いるって。」
 困ったように言う彼は、カガリの目をちゃんと見ていない。
 知っているくせに認めようとはしないのだ。
 まだ逃げるのかと、怒りが込み上げてきたカガリはそれをあっさり爆発させた。

「こんの…馬鹿野郎ッッ!!」

 平手ならまだ可愛いものの、握り締めた拳がキラの頬を思いっきり殴り飛ばす。
 不意を突かれたキラは避けることもできず それをまともにくらってしまった。
 倒れこそしなかったものの 加減をしなかったから相当痛かっただろう。
「…ッた……」
 たぶん明日には腫れるだろう赤くなった頬を押さえ、目を丸くして彼女を見てくる。
 今のでだいぶ怒りはおさまったけれど、まだ謝る気にはなれなかった。

「―――あれは身代わりだろ。」
「っ」
 図星を指せば明らかな動揺を示す。
「今までの彼女もみんな。全部ラクスの身代わりじゃないか。」

 ラクスが今までの彼女に似ていたわけじゃない。彼女達がラクスに似ていたのだ。
 キラの中にはずっと1人の少女が住んでいて、でもあまりにその存在は遠いから代わりを
 求めて。
 ずっとそうやって孤独を隠してきて。

「おかしいヤツ。"本物"がお前を求めたのに、それをお前が拒絶するなんて。」
 カガリには分からない。好きな人に好きと言われてどうして拒むのか。
 どうして素直に好きだと返せないのか。
 彼女が本気で分からないという顔をすると、キラは口の端が切れた痛みに顔を歪めつつ小
 さく口を開いた。
「…だって、彼女はみんなのものだから。」
 ぼそりと答えた理由はそれだけじゃ意味が分からなくて続きを求める。
「僕はラクスのファンだよ。だから分かるんだ。僕なら彼女が誰かのものになるなんて許
 せない。」


「…私は そんな理由で振られましたの?」

 いつから聞いていたのか、扉の前にラクスが立っていた。けれどキラは驚いた様子もなく
 振り返る。
「そんな? 理由としてなら十分だよ。君はラクス・クライン、国の歌姫だ。」

 彼女はそこらの普通のアイドルとは違う。誰もが敬愛する最高の歌姫なのだ。
 彼女は誰かのものにはなれない。なってはいけない。
 アスランのように、国が許した相手でもなければ…許されない。

「お前ッ ただのラクスだって言ったのはキラだろ!? そのお前がそれを言うなよっ」
 再び怒りをあらわにしたカガリからはっきりと矛盾を突き付けられた。
 ここにいる間は普通の少女でいていいのだと、それを教えたのはキラ自身。
「本当の理由は何なんだよ!?」
 そんな答えじゃ認めないと カガリは胸倉を掴み上げて詰め寄る。


「―――分かりました。」
 何も言わないキラの代わりに結論を出したのはラクスだった。
「では 今日限りで歌姫を辞めさせていただきますわ。」
『へ!?』
 これにはさすがにキラもカガリも、そして離れて見守っていたアスランも目を丸くする。
 カガリは思わず手も放してしまって、あまりに信じられない一言に唖然とした顔になって
 いた。
「元々貴方に見つけて欲しくて入った世界です。歌姫である限りこの想いを受け止めて下
 さらないのならば、何の未練もなくこの地位を捨てますわ。」
 そうすれば貴方は私を見てくれるのでしょう?と。本当にあっさりと、笑顔付きで宣言し
 てしまう。
「他にもご不満があればどうぞ。」

 沈黙はほんの一瞬。
 2人の間を一際強い風が吹き抜けていき、次に視界が開けた時にはキラの表情も変わって
 いた。

「……君って本当に見かけによらず男らしいよね。」
 さらにそこまで言い切ってしまうラクスに キラは突然くすくすと笑い出す。
 赤くなった頬は痛そうに見えるけれど、彼は気にしていないように笑いを止めずにいて。
「僕のせいで歌姫がいなくなったらそれはそれで恨まれそうだね。」
 怪訝な顔をするカガリやアスランを置き去りに、キラは一人でただ笑い続けた。

「こんな私はお嫌いですか?」
 前にも似たようなことがあったと思いながら ラクスは2、3歩前に進み出る。
 キラも今度こそ彼女の方に向き直ると首を振って真摯な瞳で見返して。

「―――ううん。負けを認めるよ。僕は、本当はずっと君が好きだった。」

 ラクスが待ち望んでいたコトバをくれた。


「…あら…?」
 一瞬 雨かと思ったけれど違う。フェンスの向こうの空は青いままだ。
 瞬きとともに頬が濡れて、不思議がっていると今度はキラがぼやけて見えた。
「ラクス。泣かないで。」
 すぐ傍でそんな声が聞こえたと思ったら 温かいものが頬に優しく触れる。
 涙を拭ってくれた手のひらは、そのまま後ろへ回されて気が付けば彼の腕の中。

 夢のように幸せで、でも夢じゃない温かさに、もう一粒だけ雫が零れた。





 パタンと静かに扉が閉まる音がして、わずかに夢心地から目が覚める。
 そっと顔を上げると にこやかに微笑む彼の顔がすぐ傍にあった。
 それに微笑み返しながら、赤い頬を冷やしに行った方が良いかもなんて現実的なことも考
 え出して。
「保健室…」と呟いたのが聞こえたのか、キラはそうだねーと頬を押さえてのんびり答え
 る。
 それでも離す気がないような彼から ラクスは自分から離れて行きましょうと促して。
 でも温かさが離れるのは寂しかったからすぐにその腕に抱き着いた。


「―――あ、そうだ。」
 今思い出したとでもいう風に足を止めたキラがこちらを振り向く。
 首を傾げるラクスに陰が落ちて、何も言う間もなく頬に彼の唇が触れた。
「??」
 頬を押さえて赤くなる彼女にキラは小憎らしいほどに可愛く笑ってみせる。

「手に入れたからには手放す気はないから。覚悟してね?」




 ようやく叶った2度目の初恋

 想いの行方はあるべき場所に、、、







---------------------------------------------------------------------


恋人がいるから→歌姫だから→好きな人との結婚は諦めていたから→……
何重にもウソの理由を上から被せているキラ。その実は手に入れたものを失うのが怖いから。
そのことをラクスが知るのはもう少し後のことです。
と、いうワケで完結です。ありがとうございました。お暇な方はあとがき(↓)へどうぞ。

別名:キラさん、カガリさんに張り倒されるの回。
ちなみにアスランはこれより前に張り倒されたことがあります。



BACK

あとがき(+後日談)