第17話 − 流せない涙
翌日の校内新聞トップ項目はもちろんアスランとカガリのこと。さらに真ん中の写真はい
つの間に撮られたのか額キスのシーンだ。
ちなみに今回の記事は両家の事情を知る生徒会の根回しによって掲示板に張られた1枚の
みにしてもらっている。
それでも全校生徒が知ることになった公認カップルは口々に祝いの言葉を贈られていた。
―――そしてラクスの告白は誰にも知られないまま。
付き合いだしたからと4人が離れることはなく、またキラもラクスも表面上はいつも通り
だったため 最後の夜に何かあったことなど誰も気づくことなく。
時折アスランとカガリが心配そうな顔で2人を見る以外は何事もなかったかのように数日
が過ぎた。
「じゃあやっぱり今日のナマ番出るんだ。」
「ええ。リハーサルの順番は最後にしていただいているので そんなに急ぐ必要はないので
すけれど。」
今日はカガリも部活がないので帰りにアスランと街の方へ出ることにしたらしい。
ラクスは歌番組の収録、ではキラは?と尋ねようとしたところで門の辺りがざわついてい
るのに気が付いた。
「誰を待ってるんだろうな。」
「あきらかに高校生だろ、アレ。」
近くで話す声が漏れ聞こえる。
他校生が来ていること自体はそう珍しくはないけれど、注目を集めてしまうのは仕方のな
いこと。
けれど騒がしいのにはもう一つ理由があった。
「…美人だよなー 誰かの彼女とか?」
だったら羨ましいと口々に誰もが言っている。
今回の待ち人はよほどの美少女らしい。
「へぇー」
それに最初に興味を示したカガリが少し身を乗り出し、
「…げ。」
苦い顔をしてそのまま固まった。
「どうし―――…!?」
カガリの反応に疑問を持ったアスランも同じ方に視線を巡らせて、その正体に気づくとさ
すがにギョッとする。
咄嗟にキラの方を振り向くと 彼は何食わぬ顔で周りの話に耳を傾けていて。
「キラ、お前まさか…」
真意を悟ったアスランが問い詰めようと肩を叩いたのとほぼ同時、
「キラ!」
件の美少女は目的の人物を見つけると手を振る。
驚いたのは当然周囲の生徒達だ。
『!?』
けれど一気に視線を独り占めしたにもかかわらず、キラは気にしない様子で3人から離れ
ると彼女のところへ足を向けた。
「ごめん、待った?」
「気にしてないわ。」
言葉ほど悪いと思っていない口振りで謝ると 相手もそう言って笑う。
わざわざ呼び出したのは自分だし、遅れて来たのだってわざとだ。彼女の方もそれを心得
ていた。
「良かった。」
白々しく見えるほどにほっと胸を撫で下ろして、今度は後ろのアスラン達を振り返る。
彼らは何も言えない様子だったけれど、元々何も言わせるつもりはなかったし。
「―――じゃ、また明日ね。」
最後までラクスとは目を合わせなかった。―――合わせることは出来なかった。
「あ、ごめん、メールだ。」
胸のポケットから音が鳴り出してそこから携帯を取り出す。
相手は音で分かるけれど、その内容を見て思わず小さく笑った。
「なぁに?」
興味を持って覗き込む彼女に それがフリだと分かっているキラは携帯を閉じながら苦笑
いする。
返信する気はなかったし、相手も期待はしていないだろう。
「んー? 親友からのお怒りメール、かな。」
"子どもか、お前は"
それはたった一言だったけれど、見事に的を射た言葉だった。
キラもそれを否定する気はない。
…うん、子どもだよ。どうしようもないくらい。
実はまだ動揺している。
それをどうにかしたくてこんな馬鹿みたいな芝居をうった。
「でも、わざわざ私を呼び出すなんて。そんなにしつこい子がいるの?」
そういえば協力して欲しいと言っただけで理由は教えていなかった。
彼女はキラが困っていると思ったのだ。
でも、それは違う。
「そういうわけじゃないけど。…ちょっと複雑な気分で。」
困っているわけでも、ましてや迷惑なわけでは決してない。
ただ、彼女の想いを受け止める勇気がなかっただけだ。
「……手に入るはずのない子に好きだって言われたんだ。」
「え? だったらOKすれば良かったのに。」
「…駄目だったんだ。嬉しいはずなのに、気が付いたら拒絶してた。」
彼女の告白を最後まで聞けなかった。
結果的に言われてしまったけれど、できることなら耳を塞いでしまいたかった。
彼女を僕だけのものにしたくなかった。
手に入れることが怖かったんだ。
「―――私は嬉しいわ。だって貴方と別れずに済んだもの。」
言葉を選んで、彼女はキラが欲しかった言葉をくれる。
「ありがとう。」
望む言葉をくれる人は好きだった。
そして彼女と付き合えるのは彼女がキラのものじゃないから。それは最初の恋人からずっ
と同じ。
「似た者同士だもの。きっとこれからも上手くやっていけるわ。」
そう言って優しい恋人はふんわり笑った。
曲が流れ出して、いつものように口を開いて。
―――けれど、その口からいつものような歌声は紡ぎだされなかった。
「ラクス様!?」
慌てて伴奏を止め、数人のスタッフが走り寄ってくる。
幼い頃から歌姫として活躍してきた彼女には初めての事態だったため、周囲はただ事では
ないと思ったようだった。
マイクを持ったまま立ち尽くすラクスの顔は青ざめていて、体調が悪いのかと周りは心配
そうに声をかけてくる。
「…すみません。本番ではちゃんと歌いますから。」
歌姫のプライドとして、これ以上心配かけるわけにはいかなかった。
気丈な態度でそれだけ言ってステージから降りる。
リハで歌が歌えない。―――恋の歌を。
それがどうしてかなんて、分からないはずもなかった。
自分は理性的な方だと思っていた。たとえ片想いでもこの想いは揺るがない と。
でも、あれを見たくらいでこんな風になるなんて。
…キラに恋人がいることくらい、前から知っていたのに。
傍にい過ぎて忘れてしまっていた、いつも隣にいてくれたから知っていても自覚はしてい
なかった。
自分は彼の1番じゃない。
大切にはしてくれていても、告白は拒まれてしまったし。
キラにとってのラクスは ラクスにとってのキラと同じではなかったのだ と、今更ながら
に自覚した。
「ラクスっ!」
心配でついて来たカガリが ステージから離れたラクスにすかさず駆け寄る。
そんな彼女に大丈夫だと微笑んでみせたけれどそれは失敗したようで、彼女はさらに顔を
顰めただけだった。
キラとその恋人が去った後、固まって動けなくなってしまったラクスをスタジオまで連れ
て来てくれたのはアスランとカガリ。
せっかくの初デートをフイにしてしまったことも申し訳なく思うけれど、2人がいなけれ
ばラクスはここまで来れなかった。
そして今も放っておけないからと一緒にいてくれている。
「…プロ失格ですわね。」
アスランやカガリだけでなくスタッフにまで心配をかけて何をやっているのだろう。
どんな悲しいことや泣きたいことがあろうとも、それを表に出してはいけないのがこの世
界だというのに。
「仕方ないだろ。ラクスは歌姫である前に女の子なんだ、泣きたい時だってある。」
自嘲気味に笑うラクスの肩をカガリは労わるように優しく叩く。
その優しさが 今は嬉しかった。
こんな風に気兼ねなく傍にいてくれる友達が今までいなかったから、余計に。
「ありがとうございます。でも私は泣きませんわ。」
彼女のおかげで幾分か元気を取り戻したラクスが顔を上げる。
その表情はもう普通の少女ではなく歌姫"ラクス・クライン"だった。
「どうして?」
「それは せっかくのメイクが落ちてしまうからですわ。」
プロの顔で彼女はくすりと笑った。
「ラクスの調子はどうだ?」
婚約者としての"仕事"を終えてきたアスランがカガリの隣に並ぶ。
「今は、だいぶ良いと思う。」
司会者とのトークをいつもの笑顔でこなす彼女はすっかりプロの顔だ。
そこに不安定さはどこにも見られない。
でもそれはたぶん仕事中だからで、プライベートに戻ればどうなるかは分からなかった。
「どうにかならないかな。…どうにかしたいな。」
カガリの呟きにアスランもそうだなと同意する。
「でも、どうすれば良いと思う?」
「…ここは キラに問いただすしかないんじゃないか?」
好きなくせに拒む理由を、せめてラクスが納得するような理由を。
このままじゃ2人とも幸せになんてなれない。
覗き込んできたカガリと顔を見合わせて、2人はこくりと頷き合う。
「―――キラとラクスは私達を応援してくれた。今度は私達が助ける番だ。」
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アスランとカガリの初デートはラクスのナマ番撮影スタジオでした(苦笑)
ラクスとキラはすれ違い〜 キラの事情はわりと複雑なのです。
今回は勢いづいてあっさり書き上がりました。ちょっとビックリ。
次で終わるかなー? 終われば良いな〜…
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