第16話 − 天翔祭C
そして訪れた後夜祭。
迎賓館のホールではオーケストラの生演奏で軽やかな演奏が奏でられている。
そこに集まった正装の紳士淑女のタマゴ達は大人顔負けの雰囲気でパーティーを楽しんで
いた。
そんな中、周囲に冷やかされながらも今日の主役となった2人は笑顔でダンスの輪に加わ
る。
ラクスのフォローのおかげもあってか 人々は好意的に2人の仲を認めたようだ。
その様子を見ながらキラ自身もまた満足げに微笑んだ。
まるで自分が一番幸せであるかのような、結ばれた2人よりも幸せそうなその表情に何人
もが見惚れてしまう。
同時に誰も寄せ付けない空気を纏っていたけれど、そんな男女問わず惹き付け放題の壁の
華に"彼女"は迷わず寄って行った。
「キラは踊らないのですか?」
今中心で踊っている2人を除いて今のキラに話しかけられるのは彼女しかいない。
壁の華は動く気もないのか 彼女の問いに壁に凭れた格好のまま肩を竦めた。
「遠慮しとく。なんか疲れちゃった。」
キラのパートナーはカガリだ。それはつまり完全に相手をアスランに譲るということで。
どこまでも2人中心の彼にラクスはくすりと笑う。
「私もですわ。隣、よろしいですか?」
「良いよ。」
パートナーを譲ってしまった者同士、壁の華がもう一輪。
2人は並んで壁に寄りかかって 互いに何を言うでもなくダンスの輪を眺めていた。
沈黙さえも幸せな時。
傍にいられるだけでも、再会さえ諦めかけていた頃と比べれば。
「…ラクス。」
「はい?」
呼ばれて振り向いた時、彼の視線は前に向いたままだったけれど、誰かを見つめるその瞳
は優しい笑顔に包まれていて。
「ありがとう。」
そのまま振り向かれて その今まで見た中でも最上級の笑顔にラクスは思いっきり固まっ
た。
…もちろん、それが自分に向けられたものではないことも知っていたけれど。
「僕はカガリのあんな顔を見たかったんだ。」
彼女はキラの特別。それは分かっているけれど、こんな笑顔を向けられる彼女を羨ましく
思う。
「キラはカガリさんが本当に大切なのですね。」
他人ではないと知っていても嫉妬してしまうほど。
キラもそこは否定しなかった。
「…前にね、彼女に甘え過ぎて 迷惑じゃ済まないくらいのことをしたことがあるんだ。」
ふと笑顔が消えて、彼はアスランと楽しげに踊るカガリの方を見やる。
「独りでいられなくて彼女に縋ってしまって… あの時はアスランまで巻き込んじゃって大
変だったんだよ。」
過去のこと、キラの顔はそんな風に言っている。
でももし、その頃に再会できていたのなら。私が貴方を独りにしなかった。
その頃のキラを思うと胸が痛む。
私が貴方を救いたかった。何かしてあげたかった。
過去は悔やんでも今更どうにもならないと知っていても。そう思わずにはいられない。
「だから… 絶対アスランとカガリには2人で幸せになって欲しかった。それだけをずっと
願ってたんだ。」
2人の姿に気づいたカガリが手を振るのに キラも再び笑顔を作って振り返す。
それに完全に気を取られたカガリが一瞬バランスがを崩すけれど、そこはアスランがすか
さずフォローしていた。
「…僕の役目は終わりかな。」
小さな小さな呟きは 安堵の溜め息と共に零される。
「ラクスのおかげだよ。本当に感謝してる。」
もう一度ありがとうと言われて、嬉しくて目の奥が熱くなった。
私は役に立ちましたか? 貴方の助けになれましたか?
それが本当なら それ以上に嬉しいことなんてない。
常に貴方の味方で在りたかった。協力者になりたかった。
彼の望みには邪魔な存在でしかなかったから、それが関係なくなるくらいに協力したかっ
た。
その願いが叶ったことが何よりも嬉しくて、そんな自分が誇らしくて。
―――今なら言えるかもしれない。
誇りに勇気を貰い、そう思ったラクスは忍ばせたハンカチにドレスの上から触れる。
2人が上手くいったなら、もし付き合いだしたのなら。
ラクスもしようと決めていたことがあった。
「……キラ。」
意を決して彼の瞳を真っすぐに見つめる。
夜と朝の狭間の空の色、深い藤色の彼の瞳。最初に惹かれたのはそこだった。
2人きりで過ごした 一夜限りの秘めごと。
幼すぎる初恋は 記憶が色褪せるほど遠い昔の思い出。
再会するまではこれが恋なのかもう分からなくなっていた。
けれど他意なく好きだと言われたあの瞬間に高鳴った鼓動は嘘じゃない。
2度目の初恋は間違いなく本物だと思う。
もう迷わない、自分の想いを信じよう。
「このハンカチに覚えはありますか?」
そう言って子ども用サイズの水色のハンカチを彼の前に差し出す。
びくりとキラの肩が震えたのに気が付いたけれど、ここまできたら後には引けない。
「これはあの日私を助けてくれた男の子がくれたものです。忘れられずにそれからずっと
持っているのですわ。」
ひとつひとつ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「これを下さった方が私の初恋でした。」
そういえば告白なんて初めての経験だと今更気づく。
たった一人を想い続けてきたラクスには、他の誰も目に入らなかったから。
「それからあまりに長い時が過ぎて、その想いに自信を失くしかけていたのですけれど…
再び出会ったその方に私はもう一度恋をしました。」
「…ッ」
「私は、貴方のことが―――」
耐えられなかったキラが手でラクスの口を塞ぐ。……触れるか触れないかの距離で。
彼女の言葉を飲み込んだのは、手のひらではなくキラの表情だった。
「ゴメン… それ以上言わないで……」
懇願にも似た悲痛さに、ラクスは何も言えなくなる。
「ラクスのことは嫌いじゃないよ。今はアスランやカガリと同じくらい大切に思ってる。
…でも、そんな風には見れない。」
いつもこんな苦しそうな表情で断っていたのだろうか。
何も言えず何を言われても受け入れるしかなくなるような、そんな顔で。
「本当に ゴメン…」
「―――謝らないでください。それで構いません。ただ私が伝えたかっただけなのですか
ら。」
分かった、というより分かっていたの方が正しいのかもしれない。
ハンカチを差し出した時の反応でなんとなく予想はついていたのだから。
「ですが、これだけは最後まで言わせてください。…私は貴方が好きですわ。」
伝える前に拒絶されてしまったけれど、想いだけはきちんと伝えたかった。
彼女の笑顔の告白にキラは一瞬泣きそうな顔をして何かを言おうと口を開く。
けれどそれは言葉にされることなく、彼はラクスに背を向けるとその場から逃げるように
していなくなった。
「…振られてしまいましたわね。」
不思議と涙は出なかった。
結果が分かっていたからかもしれない。それとも ごめんと応えたキラの方が辛い顔をし
ていたせいなのか。
でも 嫌いではないと言われた。2人と同じくらい大切だと言われた。今はそれだけで十
分だと思う。
…その時は本当にそう思っていた。
「ラクス…ッ」
場の異変に気づいたカガリ達がやってくるのに どう説明しようかと内心苦笑いする。
2人に心配かけないようにするためにはどう言えば良いのだろう。
本当に平気なのだとどう伝えれば。
―――そんなラクスが本当の意味で自覚するのはそれから少し後のこと。
満点の星空は手を伸ばせば届きそうなくらい近くに見える。
けれどキラは決して届かないことを知っている。そもそも輝く星を手に入れようなんて思
い自体が浅はかだ。
「何 浮かない顔してんだよ。」
さくりと足音がして 近づいてきた彼女に声をかけられる。
それに気が付いても振り向かずにいると、自分の片割れはそれには怒るでもなく隣に並ん
だ。
誰にも言わずにこの裏庭に降りたはずなのに、見つかってしまったのは相手が彼女だから
だろう。
「だいたい凹むならお前じゃなくてラクスの方だろ。」
言葉に若干の棘を感じてこっちには怒っていることを知る。
同時にそれを聞いて大体の事情を悟った。
でも外はそんなに明るくないはずなのに見事に心情を見破られてしまったようで。そんな
双子のシンクロ率に苦笑いする。
「…聞いたんだ?」
「当たり前だ。」
それでも何でもない風を装ってはぐらかすような態度を取ると馬鹿にするなと睨まれた。
「ったく何が不満なんだ?」
半分呆れたように言われて、キラはそれに苦笑いで返す。
「…不満も何も、僕に恋人いるの知ってるでしょ?」
新しい恋人ができる度に会わせろと言われるから 今回の人にもカガリは当然会ったこと
がある。
その時は彼女もお似合いだと言っていた。今度こそ長く続けば良いな とも。
けれど今のカガリはものすごく納得いかないと言いたそうな顔をしていた。
「でもお前はラクスが好きなんだろ?」
それは疑問の形をとっていたものの、ほぼ断言されたのと同じようなもの。
「それくらい分かるよ。」
そう言って彼女は"姉"のカオでキラを見る。
姉であり妹でありもう一人の自分でもある少女。
彼女の前での嘘や誤魔化しは 自分自身にそうするのと一緒だ。
けれど、これだけは肯定するわけにはいかなくて。
「僕は"ファン"だよ。これは恋じゃない。」
睨んでくる彼女にフッと笑う。
アスランやカガリの想いとは違う。
この感情は"憧れ"なのだと。
自分に言っているようにも聞こえる 言い訳のような言葉。
けれどこの想いは"恋"と呼べないものだから。
「―――輝く星は見てるだけで良い。手に入れようなんて思わないよ。」
夜空を見上げたキラはぽつりと謎かけのような呟きを零す。
「キラ…?」
けれどもう彼女の声に応えもせず彼女の方を見ることもなく、傍から離れると キラは奥
の噴水の方へ行ってしまった。
残されたカガリもそれ以上は追いかけようとしなかった。
今のキラには言っても無駄だと分かってしまったから。そこはやっぱり双子故。
「……嘘つけ。お前の想いは"ファン"じゃないだろ?」
そう言ったキラがどんな顔をしていたのか、キラ自身は気づいていない。
なんであんな諦めたような顔をしていたのかは分からないけど キラの気持ちだけはキラ
よりも分かった。
―――キラは恋人の為に拒んだんじゃない。拒んだのは"キラ"の為だ。
「…ばぁか」
結局2度目の呟きも キラに届くことはなかった。
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キラ様は難攻不落。ごめんなさい、ラクス様……
ついでにキラはアスランやカガリが思うほどお人よしではないという話。(え?)
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