第15話 − 天翔祭B
楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。
気が付けば天翔祭も2つの大イベントを残すのみとなっていた。
天翔祭2日目、一般公開終了後に行われるシメのイベントは生徒会主催であり、その内容
も生徒会が独自に決める。
4人が揃って屋外の特設ステージに入った時には既に会場は大賑い。ちょうど大きな歓声
が上がった時だった。
「随分盛り上がっているな。」
「何やってんだろ… ―――って、告白大会?」
でかでかと掲げられた看板の文字にカガリは唖然とする。ちょっと予想外だった。
「ディアッカとミゲルの趣味だ。好きにしろと言ったらああなった。」
「えっ?」
カガリ自身 自分の呟きにまさか答えが返るとは思っていなかったから、真後ろからかけ
られた声に少し驚いてしまう。
振り向くと柱に寄りかかって さして興味も無さそうにしているイザークがいた。
ステージではなく観客側にいる彼はどことなく呆れ顔。本来率先するべき会長殿はこうい
うことには全く興味がないらしい。
「へぇ、知らなかったな。てっきりミゲルのライブだと思ってたから。」
「…俺は知らない人間がいることに驚いた。」
一応参加者募集ということで大々的な告知もしていたはず。おそらくカガリの場合は知ら
なかったのではなく、単に興味がなくて覚えていなかったのだろう。
もちろんパンフレットにも書いてあるけれど、それもカガリに言わせれば「面倒臭い」の
一言だ。
「本人が文化祭ならそれらしいことをしたいと言い出したんだ。ライブじゃミゲル自身は
いつもと同じでつまらんらしい。」
ミゲルは昨年メジャーデビューした超人気バンドのヴォーカリストだ。
最年少メンバーのミゲルが学生だから全国ツアーはまだしない予定らしいけれど、ライブ
はインディーズ時代から相当こなしていると聞いた。
それなら確かに彼は面白くないだろう。
「どうせなら今しかできないことがしたい!と叫んで煩かったからな。それならと全部任
せてやった。」
「あはは ミゲルらしい。」
本当に言いそうだなーと思ったカガリは笑った。
「次の男性のお相手は!?」
ノリに乗ったディアッカが 緊張でカチンカチンになっている男子生徒にマイクを向ける。
今にも卒倒しそうな彼の背中をミゲルが叩いてやると幾分解れたのか、顔を上げて意中の
女生徒に視線を定めた。
「―――同じ部の後輩のカガリ・ユラ・アスハさんっ」
「へ?」
突然呼ばれたカガリはびっくりして弾かれたように壇上を見る。
「あ、あれ? ジョーイ先輩??」
呼ばれるまで気づかなかった。というかよそ見して見てなかったという方が正しいけど。
「おっ アスハ家の令嬢にして陸上部の期待の星、カガリ嬢とはお目が高い! ではカガリ
嬢、壇上にどうぞ!」
すっかり成りきった司会からも促されたけれどどうしたら良いのか分からず戸惑う。
「ど、どうぞって…」
やっぱり行かなきゃいけなのか? 今でさえ注目されてるのに さらにあんな目立つところ
へ?
「…確かに僕がパートナーじゃ 知っている人からすればフリーと言っているも同然だもん
ね。」
ぼそりと言う隣のキラを縋るように見つめると背中を押された。
「ほら、行かなきゃ進まないよ。大丈夫、テキトーに断ってくれば良いんだから。」
"断る"ってやっぱりそういう意味なのか。
そしてやっぱり逃れることは不可能なのか。
いろいろ考えた末、仕方なくカガリは壇上に行くことにした。
「……君が入部した時からずっと見ていたんだ。アスラン・ザラと付き合っていると思っ
て一度は諦めたけど、どうやら違ったようだし。だから告白しようと思ったんだ。」
知らなかった。先輩が自分をそんな風に見てたなんて。
話しやすくて結構一緒にいることも多かったけど、でも全然気づかなかった。
「俺と…付き合ってくれないか!?」
キラは私の気持ちを知っているからああ言ったのは分かっている。
けど、なんて言えば良いんだろう?
知らない相手じゃないだけに傷つかない言葉を選ぶのが難しい。
「待ってくれ!」
突然、おおっという歓声と共に一人の少年が名乗りをあげた。
友人達から拍手で見送られ、彼も壇上に飛び乗る。
「おっとここで乱入して来たのはサッカー部エースのフェリオ・ヴィーデルン!」
彼のことも知っている。
陸上部の女子達の間で度々名前が出てきていたし、彼女達に誘われて試合を見に行ったこ
ともあった。
そういえば休憩時間が重なった時にはよく話しかけられていたなぁと思い出すけれど、疎
いカガリはその理由にまだ気づいていない。
「僕も彼女が好きなんだ!」
勢いに乗った告白に、周りからは再び歓声が湧き起こる。
ディアッカもミゲルも止めないし、観客は逆に喜んでいるし。
ややこしくなった事態にカガリは頭が痛くなるけれど、残念ながら味方はここにいないよ
うだった。
「俺も!」
「待てよ! オレだって!!」
告白途中の乱入者に勇気づけられたのか 別のところからも声が上がる。
「フェンシング部からも2人登場だ! さすがは運動部のアイドル、すごい人気だ。」
ディアッカが面白そうに囃したて、会場は最高潮の盛り上がりを見せた。
「…アイドル?」
耳が痛くなるほどの歓声の中、アスランの呟きを聞き漏らさなかったキラが振り向く。
「あれ、知らなかった? カガリって運動部じゃ本当にアイドル扱いされてるよ。」
スポーツは万能だし、だからといってそれを驕るでもなし。それに誰にでも気さくに話し
かけるので好感を持つ者も結構多い。
でも"アイドル"と呼ばれるのは走る姿の美しさ、真っすぐに前を見据える強い眼差し。集
中している時の彼女は近寄り難く見惚れてしまうほど綺麗だ。
普段の気さくさと近寄り難さのギャップに惹かれている者もいるんじゃないだろうか。
「でもまずいよね。ここまで多いと全部お断りじゃ納得されないだろうし。…どうするん
だろ?」
行かせたのは間違いだったかもしれない。予想外の展開にどうしようかと思案していたそ
の時、スッとアスランが動いた。
「―――アスラン?」
キラが呼び止めようとするが、聞こえていないのか彼は人波の方へ消えて行く。
一瞬だけ見えた彼の横顔は 怖いほど真剣な瞳をしていた。
「増えに増えて6人ですが、どうしますか?」
「ど、どうって…」
ディアッカにマイクを向けられて、返答に困りながらちらりと先輩達の方を見る。
「…言われても……」
カガリの中の答えはひとつだ。
好きな人がいる自分はこの中の誰も選べない。
でも断れば気まずくなる。それも嫌だった。
答えを期待して待つ前の男達、観衆の好奇の視線。
聞き逃すまいと静かになる場内に余計焦りは増した。
(何で私がこんなメに…)
きっかけを作った先輩に怒りを覚えつつも、これ以上みんなを待たせるわけにもいかない
とカガリはようやく口を開く。
この時場の空気が変わり 観客が別の意味で驚き沈黙したことに、彼女は気が付かなかっ
た。
「わたしは―――…っ むぐっ!?」
返事を伝える前にカガリの口を誰かが塞ぐ。
驚いたのは、背中越しでも分かる見知った体温。
「―――俺にも言わせてくれないか?」
(アスランっ?)
いつの間に壇上に上がったのか、後ろにアスランが立っていた。
カガリががばっと振り向くと手はすんなり外れる。
それでも2人の距離は近すぎて。
「俺も、カガリが好きなんだ。」
「な―――ッ!?」
熱い視線に甘い声、頭が一気に沸騰した。
「っキャ―――!!」
「言ったぁ!!」
どおっと今までの中で一番大きな声があがる。
けれど、今のカガリは周りのそんな様子なんて考える余裕もなかった。
「…っ おま…っ 婚約者がいるくせにそういうこと言うなよ!」
反応の第一声は意外に現実的なもの。
けれど言われたアスランはけろりとしている。
「お前を好きになったのは婚約の前だし、俺はお前を他の誰にも渡したくないんだ。」
今までそんなこと一度も言ったことがないくせに。
何も、言わなかったくせに。
「〜〜〜ずるいっ こんなところで言うなんて… 逃げられないじゃないか…っ」
別に逃げる気だったわけじゃないけど、ここじゃ答えを先延ばしできない。
考えたって結局結果は一緒なのかもしれないけど、それでも心の準備とかいろいろ…
「返事は?」
カガリの葛藤を知ってか知らずか、にこりと笑って彼は答えを促す。
その余裕っぽい態度が何か癪だけど、今のこの顔で気持ちなんてきっとバレてるんだろう
し。
「……いまさら聞くな、そんなこと。」
真っ赤になってそっぽを向いて、でも手は彼の制服の裾を離さずにいて。
彼がフッと笑ったのが分かった。
「ありがとう。」
言葉と共に振り向かされ、額にふんわりと優しいキスが落とされる。
『おめでとう!!』
その瞬間 一際大きな歓声と拍手が会場中に響き渡った。
「カガリ嬢が選んだのはなんとアスラン・ザラ!!」
司会のディアッカもいつになく力を込めて宣言する。
振られた他の面々は 仕方ないかと顔を見合わせ苦笑いしていた。
「―――おめでとうございます、アスラン。」
その声に誰もがハッとする。いつの間にか壇上に上がっていたラクスが花束を持って微笑
んでいた。
彼女が持つのはカップル成立の時に司会から手渡されるものだけれど そこでカガリはあ
る事実に気づいてしまう。
いくら両思いになっても彼には婚約者がいたのだと、もう一つの現実にさっと血の気が引
く。それを察したラクスは安心させるようにカガリに向かって笑んだ。
「私は祝福しますわ。」
はいと彼女に花束を渡し、次に隣のアスランににこりと微笑む。
「カガリさんのためにも頑張りましょうね。」
それは婚約者が2人の交際を認めるということ。
カガリの立場が正当だと宣言するのと同じことだ。
彼女のフォローに感謝しつつ、アスランはもちろんですと頷いた。
「……これで貴様は満足か?」
どこか不機嫌そうに言われてキラは声の主を振り返る。
柱に凭れたままのイザークは声の通り眉間に皺を寄せていかにも怒ってますという顔をし
ていた。
「あの2人の幸せを自分に置き換えて幸せだと思い込む。それで良いのか?」
鋭い指摘に思わずキラは苦笑う。
彼は恋愛感情には疎いくせにこういうところはズバリと見抜くのだ。
「…僕の想いは叶わないから、その分2人には幸せになって欲しいんです。」
「あいつらの仲がそう簡単に認められるわけがないと知っていてもか?」
「はい。」
アスハとザラでなければ2人はすんなり婚約でも結婚でもできるだろう。
けれど両家は政界で真っ向から対立する者同士で 2人はさながらロミオとジュリエット
のような関係だ。
イザークに言われた通り難しいのは百も承知。
でも、2人なら。
アスランとカガリは僕とは違うから。
「そのためなら僕は協力を惜しみません。」
「フン。究極の自己満足だな。」
「僕もそう思います。」
にこりと笑って答えてみせれば、呆れたような溜め息をつかれた。
実際のところ呆れられたんだろうけれど。
冷め切った2人だけを残し、会場は鳴り止まない拍手と温かい空気に包まれていた。
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アスラン&カガリおめでとう。仲良しカルテット 中等部伝説の1(※生徒会の伝説とは別)です。
このエピソードは絶対欠かせませんでした。全校生徒の前で告白!が書きたくて文化祭を書き始めたくらいですから。
本当は最初 校内放送で大告白!だったなんて誰が信じるだろう…(笑)
さすがにそれはどうだろうと思って、あと告白ももう少しカッコ良い演出したいなーとあの大会ができました。
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