第14話 − 天翔祭A



「おつかれさん。」

 控え室でぐったりしている4人にトールから労いの言葉をかけられる。
 けれどそれに返事をする気力もなく かろうじて手を振るだけ。

「…なんでトールはあんなに元気なんだ……?」
 半分突っ伏したままで呟いたカガリの言葉はとりあえずみんなの気持ちを代弁していて。
「だって楽しいし。」
 けろりとして返ってきた答えにはさすが実行委員長だと思わず感心してしまった。

 トールの役割は"オーナー"で、現場監督のような全体指示の役を負っている。
 その仕事量はおそらく4人以上だと思うのに、彼はまだまだやる気満々 元気いっぱいだ。
 本当にどこからその元気は湧いてくるのだろう。

「ま、ゆっくり休憩してこいよ。まだまだ文化祭は長いんだから。」
 キラの肩をぽんと叩いて彼はホールの方に戻っていった。


 そうだ、まだ最初のシフトを終わっただけだ。天翔祭は明日まで続くのだからここでバテ
 るわけにはいかない。
「今のうち遊びに行こう。後になると絶対動けなくなる。」
 アスランの提案に賛成と みんなのろのろと立ち上がる。
 しばらく座っていたおかげか、一度大きく伸びをしたら幾分体は軽くなった。

「…格好はこのままで良いか。」
 一度自分の格好を見返して、一瞬着替えた方が良いかとも考えたがすぐに思い返す。
 着替えに行くのも億劫だし次のシフトもすぐだ。
 着替える時間も勿体無いので 全員その意見に同意した。














 射的や金魚すくいのような縁日系の出し物からカフェやお化け屋敷まで。
 火気使用の出し物は禁止、それ以外の判断は生徒会に任される。
 一般高校の文化祭のようだとの評価をしばしばもらうのは、去年より上をと目指し続けた
 結果らしい。
 ちなみに高等部はもっと派手だ。



「お、こっちは西洋風お化け屋敷だって。」
 最初に目を止めたのはカガリ。
「2人ずつ入って下さいねー」
 入り口に立っていた魔女コスの女性に呼び込みされたらもう入らないわけにはいかない。
 元からやる気だったカガリは上機嫌でくるりと振り向く。

「キラ! 一緒に入ろ…」

「入りましょうか。」
「そうだね。」
 するりと隣をすり抜けて、腕を組んだキラとラクスが魔女っ子少女に声をかける。

「あれ?」
「―――ではお先に。」
「え? ええ??」
 カガリが気づいた時には2人はすでに少女に見送られていて、カガリに手を振り さっさ
 と入っていってしまった。


「えーと……?」
 残されたカガリは状況について行けず目をぱちくりさせる。

 ラクスのことは確かに応援したい。
 けど、

(キラとラクスを取り持つと つまりこういうことになるんだよなぁ…)

 仲良し4人組でキラとラクスが組むと余りは2人。
 …応援しているつもりが応援されてるような気になるのは気のせいだろうか。
 そんな微妙な気分になりながら、カガリは取り残されたもう一人の方を見上げた。

「…アスラン、一緒に入ってくれるか?」







「? 変だな…」
 アスランとカガリがお化け屋敷から出てきたら 先に出て待っているはずの2人がいない。
 呼び出してみようとアスランがポケットから携帯を取り出すと タイミング良くメールの
 着信音が鳴った。

 <遅いから先に行くねー>

 覗き込んだ時に見えたキラからのメール内容はそれ一言。
 あまりに軽いが ますます微妙な気分になる。


「…仕方ない。2人で回るか。」
 携帯を閉じて呆れた様子でアスランが言った言葉にどきりとした。
「どうせ次のシフトも一緒だし、どこかで会うこともあるだろう。」

 カガリにすれば願ってもないお誘いだ。
 それにラクスだってキラと2人の方が良いと思うし。

 そうしたら 断る理由もなくて。

「―――うん!」
 差し出された手を取って、2人はお化け屋敷に背を向けた。







「よし、狙い通り♪」
 曲がり角の影からひょっこり顔を出して キラがグッと拳を握る。
 思い通りに事が運んでキラは至極満足だった。

 この状況はアスランだってカガリだって望んでいたもののはず。
 進展は特に期待しないけれど 思い出にはなるはずだ。

「ずっとついて回られますか?」
 その後ろからラクスも顔を出して背中を見送る。
 今回の作戦の共犯者である彼女もとても楽んでいるように見えた。
 彼女のさり気ない演技には本当に助けられている。彼女が協力者で本当に良かった。
「んー ある程度したら離れるよ。ラクスだって遊びたいでしょ?」
「ふふ、ありがとうございます。」
 けれどキラは、彼女の笑顔の奥の感情を知らなかった。






 ―――誰よりも、双子の姉と幼馴染が大切な方。

 貴方は協力したのだと思ってくださったのでしょう。
 けれど、ペアになったのはこうして貴方と過ごしたかったからですわ。
 貴方が思うほど私はできた人間ではありません。貴方の前ではただの少女なのです。


 そんな浅ましい私の心を知ったら、貴方はどう思われるのでしょう?














「あ、キラとラクスだ。」
 窓から中庭を見下ろしたら偶然2人の姿を見つけた。見たところ 2人はフリマをひやか
 しているようだ。
 仲良さそうに寄り添う2人の姿は本物の恋人同士のように見える。
 ラクスの輝く笑顔も珍しいが 私の前とも3人でいた時とも違うキラの表情も印象に残っ
 た。

「ホント幸せそうな顔してるなー」
「…どっちが?」
 アスランの何かを含んだ問いかけに、え?と思って もう一度2人の方を見てみる。
 それで彼が言いたいことが分かったカガリから思わず漏れ出たのはどこか呆れを含んだ溜
 め息だった。
「……ほんっとーに素直じゃないよなー キラのヤツ。」
「あいつの場合は単純過ぎて分かりにくいんだ。」

 ここからでも見てすぐ分かる。見つめる瞳はどんな言葉より真実を語っている。

 溢れそうな想いは、
 隠し切れない想いは、

 押し込めた言葉の分だけ強くなっているようにも見えた。


「…要するにバカなんだ。」
 キラは天然だけど鈍くはないから自分の気持ちにはとっくに気づいてるはずだ。
 それでも伝えないのは、たぶん傷つけたくない人がいるからだろう。
 キラは馬鹿が付くくらいお人好しだから 今の恋人を切り捨てることはできない。

「…ばぁか キラ……」
 背中を見つめてカガリが呟いたら アスランは苦笑いして「そうだな」と小さく答えた。


「見つかったなら合流するか?」
 アスランが尋ねてくるのにカガリは首を振る。
「…いや、2人っきりにさせといてやろう。」
 これ以上見ていたら見つかりそうだとカガリは答えると同時に窓から離れた。


 2人があんまり幸せそうだったから。
 今は邪魔しちゃいけないと思ったんだ。



「とにかくラクスには頑張ってもらわないと。」
 キラに進む気がないならラクスにやってもらうしかない。
 そこで私達にできることといったら2人きりにしてやるとかそれくらいしかないけど。

「…じゃあ俺も頑張らなきゃならないかな。」
「は? 何を?」
 思いっきり怪訝な顔をしてしまたのは仕方ないと思う。
 今何かを省かれた。


「―――なんでもない。」

 アスランはそれ以上答える気はないらしく、今度は彼女の手を浚って繋ぐ。
 エスコート代わりのその行為は昔から変わらない習慣のようなもので 2人にとって特に
 珍しいことでもないけれど。

 繋ぐ手の力がいつもより強かったことに、その時のカガリはまだ気づかずにいた。







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前後編で終わるなんて思った自分がおかしいんだよ…(独り言)
前編がさらに2つに分裂しました。中途半端に切れてるのはそのせいです。

…てか、双子って鈍い?と思う話ですね……



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