第13話 − 天翔祭@



「このペンはポケットに挿しといてだって。」
 そう言ってキラが1本ずつボールペンを手渡す。

 開店10分前、控え室に集まった4人で最終確認。
 オープニングセレモニーも終わり、もうすぐ一般客も入ってくる時間だ。これから怒涛の
 1日が始まる。


「キラ達は最初外回りだっけ?」
「うん。それが終わったら接客に回るよ。」
 宣伝と接客に別れることはあるけれど、シフトは4人共ほぼ同じにさせてもらった。
 そっちの方がいろいろと都合が良かったし 4人で遊ぶこともできるから。

「…やっぱ 女の子の衣装の方がバリエーションがあって面白いよね。」
 可愛いし と、笑顔でさらりと言ったのはキラ。
「みなさん張り切っていらっしゃいましたから。」
「つーかアレは楽しんでるというんじゃないか? 思いっきり遊ばれてる気がする。」
 それにラクスがくすりと笑い、衣装班の女子達の性格をよく知るカガリは呆れた顔で言っ
 た。


 男子用の衣装はシャツとズボンにロング丈の黒エプロンというギャルソン衣装でほぼ統一
 している。
 キラとアスランの違いも アスランがきっちり着込んでいるのに対してキラは袖をめくり
 前ボタンを1つ外して少々ラフにしている程度だ。
 一方ラクスとカガリの場合はまずスカート丈が全然違ってカガリはミニ、ラクスは足首ま
 で隠れる程のロングサイズ。2人はふわっふわのフレアだけれど 他にもタイトのミニ・
 ロングとみんなバラバラだ。
 他のパーツも長袖と胸までのフリルエプロンのラクスに対してカガリは半袖に腰巻きの
 レースエプロンだし、統一箇所といえば布地と色くらいのものだった。


「……やっぱり短くないか?」
 カガリを改めてまじまじと見たアスランは渋い顔。というか、複雑な心境といった様子。
 何がと言われた当のカガリは首を傾げるが、言いたいことを察したキラは苦笑った。
「でもカガリはミニの方が似合うし 僕はこれで良いと思うよ。……て、」
 フォローのつもりで言ったキラの目線が一点で止まってしまう。
「…ねぇ ニーハイソックスは?」
 よく見たら彼女は完全生足だった。
 昨日確認したときは太ももまである白のソックスを履いてたはずなのに。
 さすがに困った顔をするキラを余所に、カガリの方はいたって平然としている。
「あーあれ? ジュリアのが破けちゃったから私のをあげたんだ。」
「それにカガリさんは足がきれいですから これでも良いと思いまして。」
 事情を知っていたのかラクスもにこにことフォローを入れる。
 細い足首とすらりと伸びた長い足は、確かに見せてもバランスは崩れない。
 むしろ見せた方が魅力を引き出しているようにも感じて。

「―――それもそうだね。」
「…って、それでいいのか……?」
 ちょっと考えただけであっさり納得してしまったキラにアスランががくりと肩を落とす。
 味方だと思ったのにあっという間に寝返られてしまった。
「何だよ。文句があるのか?」
 まだ渋る彼にカガリが少しムッとした態度を見せる。
「いや、そういうわけじゃないが…」
 それを見てアスランも慌てて弁解しようとするけれど、はっきりも言えず曖昧に答えるし
 かなくて。
 カガリはそれに納得いかない様子でさらに詰め寄ってきた。

「じゃあ何が…」
「視線がってことでしょ? アスラン、だからこそ君がしっかり守ってやってね。」
 まだよく意味が分かっていないカガリに再び苦笑いしつつ、キラは彼女の騎士に最後の念
 を押す。
 相手からは当然だという視線での返事が返ってきて、じゃあよろしくとにっこり笑った。



「オーイ そろそろホールに出てくれ。客が来る時間だ。」

「はーい。」
「了解。」

 口々に返事をしてから アスランとカガリはオプションの銀トレイを、キラは木製の看板、
 ラクスはチラシの束を持つ。



 準備完了、…―――戦闘開始。












「2ーA スイートカフェをよろしくお願いしまーす。」
 2人の笑顔だけで効果は絶大、さらにラクスが微笑んでチラシを手渡せば 誰もが固まっ
 てその場を動けなくなる。
 一時は列までできるほど周りに人が増え続け、少し多めに持ってきたはずなのに チラシ
 はあっという間になくなってしまった。


「―――紙 なくなちゃったね。ちょっと早いけど戻ろうか。」
「そうですわね。」
 キラの提案にラクスもすぐに同意して頷く。
 まだ予定のコースを全部回っていなかったけれど、チラシがなければどうせ宣伝もできな
 いと 思ったことは2人共同じ。
 それに予想より人も多かったから カフェの方も人手不足になっているかもしれない。
 中2にしてその判断力はさすがと言おうか、2人の意見は迅速かつ的確だった。



「あの!」
「?」
 振り返ったところで2人は数人の女の子に話しかけられる。
 年はおそらく同じくらい、私服のところを見ると他校生なのだろう。
 それにキラキラと輝く瞳と手に持ったものを見ればなんとなく予想はついた。
「一緒に写真を撮らせてもらえませんか!?」
 あ、やっぱり。と内心では思うけれど 決して表には出さずキラは少し困ったように笑う。
「ごめん。ここでは無理なんだ。でも カフェ内ならOKだから後で来てもらえる?」
 チラシがないから自分が持っていた看板を指さして、今から教室に戻ることも伝えた。
「はい!!」
 元気良く返事をした後、彼女達はやったーと言って去って行く。
 これでまた一組 お客の呼び込み成功。実は同じようなやり取りはこれで7組目。
 無駄に身についた外向けの顔はこんな時にも役に立ったようだ。


「…ですが、一般公開日にしては落ち着いていますわね。」
 今の子達もだけど、やけにあっさりしていると思ったのだ。ここの生徒ならともかく話し
 かけられるのは"一般人"ばかりなのにもかかわらず。
 前にいた学校はお嬢様学校だけあって、どこか閉鎖的で 一般公開されるようなイベント
 もなかったけれど、業界の知り合いから聞かされた話では大騒ぎになるから参加拒否され
 たというのもあって。
 それを考えればここにはラクスの他にミゲルもいるのに混乱している様子もない。

「んー  その辺のことは生徒会がちゃんと管理してるみたいだよ。そんなことアスランが
 言ってた。」
 何気に生徒会の仕事に借り出されたりしているせいか アスランはこういうことにもわり
 と詳しい。
 またラクスの婚約者でもあるので今回警備に関しては協力もしているようだった。
「報道関係者は一切入れないし、君やミゲルのファンも騒げば即刻追い出されるし。」
 それ以外にもエリート学園らしく最高レベルのセキュリティを以て対策は万全に施してい
 る。
 一部はキラも協力しているから、その実力には自信もあった。

「だから安心して楽しめるよ。」
「ありがとうございます。」

 誰も何も言わないからラクスも何も言わないけれど、撮影場所の限定もおそらくラクスの
 ための配慮。
 でもそれも取り立てて言うものではないと思って、全てを一言にまとめて伝えた。
 気づくのは相手次第だとそれくらいの気持ちで。



「―――!? …あ……」
 会話の途中、たまたま前を見たキラがはっとした顔をしたのをラクスは見逃さなかった。
 そしてその後 すぐに気づいて「違う…」と小さな声を漏らしたのも。彼女は当然聞こえ
 ていた。
 何に驚いたのか、何が違うのかにはすぐには気づけなかったけれど。

「……高校生も来てるみたいだね。」
 すれ違った女性の後ろ姿を目で追って、キラが独り言のように呟く。
 立ち止まったままいつまでも動かない彼に疑問を持ったけれど、女性の長い金髪を見て
 ラクスはカガリの言葉を思い出した。

 "今まで付き合ったの、全部髪が長い子なんだ―――"

 …忘れていたわけではなかったのだけれど。
 気づいてしまった自分が少しだけ恨めしかった。

「キラの…恋人さんは来られないのですか?」
「え?」
 それはキラにとっては予想外の質問だったらしく、一瞬びっくりした顔をされてしまう。
「あ、うん。騒がしいの 嫌いな人だから。」
 "彼女"としてそれはどうだろうと思ったけれど、ラクスにしてみれば好都合な展開。傾い
 だ気持ちも一気に回復した。
 そしてこのチャンスは絶対に逃すまいと思った。
「でしたら ずっと一緒にいられますか?」
「え、それは、…うん。パソコン部の当番以外は……」
「そうですか。」
 ほっとして思わず表情が綻ぶ。
 それがどんな顔だったかなんて彼女自身が知る由もなかった。

 ―――思わずキラが息をのむほど 幸せそうな顔だったことを。





「あらあら可愛らしいわね。」
「カップルかしら。お似合いだわ。」

 その後 さらに2組に捕まって、別れてから数分。
 偶然耳に入った奥様方の声はどうやら自分達のことを言っているらしい。
 ちらりとキラを見上げるけれど、彼は気づいてない様子で各教室の出し物チェックをして
 いる。
 でも、それで良いと思った。
 その方が幸せな気分でいられたから。


 どうか気づかないで。今だけ ここは私のもの。
 どうか貴方は気づかないでいて。今だけは2人の世界。

 あと もう少しだけ、このままで……













 ――― 一方こちらは2ーAスイートカフェ、、


「いらっしゃいませ。」

 たまたま入り口の一番近くにいたアスランが振り返って営業スマイルで一言。
 ただそれだけで女の子達からは黄色い声が上がる。

 それもそのはず、アスランの容姿は格別なもの。世界の歌姫と並んで立っても何の遜色も
 無いという類い稀なる美貌の持ち主だ。
 加えて成績優秀・スポーツ万能とくれば女の子達が騒ぐのも無理はなかった。

「2名様ですね。お席に案内致します。―――こちらへどうぞ。」
 そんな反応にもすっかり慣れたアスランは、全てを軽く受け流しつつ室内を見渡して窓際
 の一つが空いているのを確かめてから先導すべく背を向ける。
 すると彼女達は次に、彼の髪を束ねる白いリボンに気が付いた。

「ちょ、先輩が髪結んでる…!」
「めっちゃくちゃカッコイイよね!? 絶対写真撮ってもらおうよ!」
 席まで案内される間も視線と話題はそこに釘付け。
 そう言われるのもこれで何回目になるか。

 カガリからは「新鮮だなー」の一言で済まされてしまったこれのウケは結構良い。
 "リボン"故にキラからは失笑を買ったが 女子にはそれでもカッコ良いから構わない!と
 いう妙な賛辞を貰った。
 何故リボンなのかは、暑いからとゴムで縛ったらラクスとカガリが使った余りで遊ばれた
 という ただそれだけなのだが。

「恋の多くはギャップから生まれるものですわvv」とラクスが笑って言っていたけれど、
 肝心の本命に通じないのでは意味がない気がする。
 その本命は、俺の心配を余所に今も元気に店内を走り回っていた。
 …本当に元気いっぱいに。




「おい、あれ…」
「やっぱミニだよなぁ。」
 店内(?)をくるくる動き回るミニスカ美少女に客の男達の目は釘付けになっている。
 そして向かうその視線はその少し下。

「ミニに生足… 似合うなー あのコ。」
「声かけてみようか。」

 実に不愉快な会話が一つのテーブルから聞こえ、振り向いたら男だけの4人の客だった。
 うちの生徒がカガリ相手にそんなこと言えるはずもなく、思った通りそれは他校生の集団
 で。
 明らかに高校生だと分かったが遠慮も引きさがる気ももちろんない。思い立つと同時に
 アスランはそちらへ足を向けた。



 2つ向こうの席で注文を取っている彼女と男達の間にすっと割り込む。
「おい…ッ」
 見えなくなった男達が思わず声を上げるがもちろん無視。
 一応相手は客なので 営業スマイルで彼らに応じた。

「―――追加注文はいかがですか?」

 と それはそれは実に爽やかな声で尋ねる。女の子であれば卒倒モノだ。
 しかし目だけは「どこ見てんだ コラ」と言わんばかりに背筋も凍る冷たさで見下ろして
 いて。

 仮にも彼はとある大物政治家の息子。
 それを知らなくとも威圧感はすでに資質十分に備わっていた。

「いえ、結構です…っ 失礼しましたー!」
 年下であることも忘れ、完全に気圧された彼らは文字通り逃げるように店を出て行く。
 塩もまいてやりたかったが あいにく無いのが残念だ。

 そしてカガリが彼らに気づくことは結局なかった。



 …全く油断も隙もない。
 だから短すぎると言ったんだ。
 非常に不愉快な気分になりながら けれど不満の呟きは心の中に留めておく。
 文化祭というお遊びの場でも自分は今接客中なのだ。


「アスラン君!」
 男達がいた席を片付けていたら隣のテーブルに座る馴染みの先輩に手招きで呼ばれたので
 行ってみる。
 といっても彼女とは直接の知り合いではなく、カガリと仲が良い先輩だからたまに話す程
 度の相手だが。
「どうされたんですか?」
 テーブルの上のケーキはまだ半分以上残っていたし追加で呼ばれたのではないらしい。
 不思議に思っていると彼女は答える代わりにデジカメを取り出してチャーミングな笑顔で
 アスランを見上げた。
「ねぇ アスラン君。写真はアナタとカガリの2人でっていうのも可能?」
「え? あ、はい。良いですけど。」
 場所の限定以外は特に制約もない。長時間にならないというのは本人達の良心だ。
 アスランが了承するとよし!と彼女は立ち上がる。

「カガリー! 写真撮らせてー」
「はーい。って、シャーリー先輩 いつの間に?」
 すぐにやって来たカガリは彼女に気づいてなかったらしく驚いた顔をしていた。
 けれど彼女は気にせずに「さっき」と答えると2人の背中を押す。
「私とっていうのは要らないからツーショットで2、3枚撮らせてね♪」


「え!? アスランとカガリのツーショットだって!?」
「あー! 私も一枚撮らせてください!」

 会話を聞き付けた周りの客もわらわらと集まってくる。
 オプションのガラステーブルと椅子が置かれた簡易撮影所は一気に騒がしくなった。




「ただいまー ついでにお客様3名ご案内でー… え?」
 ちょうどそこへキラ達も帰って来て、しめたとトールが腕を掴む。
 彼らの知名度は学年一だ。ここで利用しない手はなかった。

「今から5分だけ、カルテット撮影会をしまーす! 4人揃うのは滅多にありません!!
 今がチャンスですよーー!!」

 何かの宣伝のようにトールが叫ぶ。
 それから意味が分かっていないキラを引きずって、付いて来るラクスと共に撮影場所に放
 り込んだ。

「なにぃ!? 4人!?」
 1度は座った客も再び立ち上がる。
 簡易撮影所は再び大混乱。

「次の方の為に撮影は一回ずつでお願いしまーす!」


(コイツ 絶対商売向きだ…!)
 イキイキして場を取り仕切る彼に将来の姿を垣間見ると共に、褒め言葉だか何だか分から
 ない感想を4人同時に持った。







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文化祭なので中身もコミカルに。いろいろと趣味を詰め込んだ回です。
アスランにいろいろと夢を見ている回でもあります。



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