第12話 − 昼下がりのダンス
誰も来なくて広い場所。
内緒話は聞かれないし、どんなに叫んでも迷惑にはならない。
少し風が強い日もあるけれど 位置を変えればそれなりに防げること。
寒そうに見えて 実は意外に日差しが温かいこと。
見晴らしがとっても良くて 校内中がよく見えることも知った。
そんな経緯でいつしかラクスはそこがお気に入りになり、
そしてそれを知るキラ達も、自然とそこに来ることが多くなって。
―――気が付けば 屋上は4人の溜まり場の一つになっていた。
「……何してるの?」
目の前の光景に目を瞬かせてキラが尋ねると 気づいたラクスがくるりと振り向く。
他の2人はまだ来ていないようで、そこにいたのは彼女だけだった。
「ちょっと踊ってみたくなったのですわ。」
照れることもも隠すこともなく、彼女はにこりと笑って素直に答える。
そう言われてみれば 確かにさっきのはワルツの動きだった。…相手がいないからパッと
見では分からなかっただけで。
「ダンスは好き?」
「ええ。ですから実は後夜祭を楽しみにしているのです。」
そしてまたくるりと一回転。それに合わせてスカートの端がふわりと浮いた。
「―――では、」
一歩前に進み出たキラが軽く腰を折り、スッと手を差し出す。
「僕と踊っていただけませんか?」
にこりと笑って言われたそれはダンスの正式な申し込みの際のもの。
すぐに気づいたラクスも優雅に微笑み 彼の手のひらに自分の手を乗せた。
「はい、喜んで。」
まずは少し緩めのステップから。曲はなくても自然と体が動く。
「…こんなに踊りやすい人は初めてですわ。」
最初の数歩で気づき、何ターンか踊った時に確信した。
女性は基本的に相手にリードを任せるから楽といえば楽なのだけれど、その分相手に合わ
せる必要があるから時には踊りにくいこともある。
けれど驚いたことに、キラのペースはラクスにぴったりで余計な力も入らなかった。
「本当に? 僕も合わせたつもりはないんだけど…」
それにはさらに驚いた。自然体でぴったり合う相手なんて早々見つかるものじゃない。
初めて出会った相性抜群の相手がキラだなんて。
人が聞けばそんなことと言われてしまいそうだけれど、ラクスにとってはそんな些細なこ
とでもかなり嬉しい。
「相性が良いみたいですわね。」
「うん。でも僕がそうならアスランも大丈夫だよ、きっと。」
「え…?」
今、どことなく突き放されたような気がして 彼の顔を見上げる。
けれど ん?と笑顔を向けられたその表情はいつも通りだった。
気のせいだったのだろうか?
あからさまに拒絶されたわけではないけれど、今一瞬線を引かれたような気がした。
これ以上は入ってくるなと 忠告されたみたいに。
それ以上の追求は怖くてできなくて。
だから口を噤んだ。
いまこの時の、幸せを壊したくはなかったから。
「…何をしてるんだか。」
呆れた顔で呟いて、バタンと思ったより大きな音を立てて閉まった扉にそのまま背中を預
ける。
屋上の真ん中で楽しそうにクルクル回っているのを見たくらいで動じるほど浅い付き合い
ではないが、声をかける気にはならない程度には呆れていた。
「あ、アスラン。お先してるよー」
2人の方も音で彼に気が付いたらしく、ターンの最中にキラがにこにこ笑って手を振って
くる。
それにも気のない返事をして動かずにいたら2人は踊るのを止めてこっちへやって来た。
「別にそのまま踊ってても構わなかったんだが。」
まだカガリも来ていないし、何よりラクスがいつになく楽しそうに見えて。
邪魔する気はなかったが、結果的には悪いことをしてしまった。
「んー だってアスランが機嫌悪そうに見えたから。」
「…呆れてただけだ。」
知っていればもう少し遅れてくることもできたのに。
そんな罪悪感のせいで言葉は殊更ぶっきらぼうになってしまって、キラにはやっぱり怒っ
てると思われたようだった。
「―――あ、そうだ。アスランもラクスと踊ってみない?」
「は?」
突然、良いことを思いついたとでもいう風にキラがにっこりと笑う。
話の流れも完全無視の提案には慣れているが、それにしたって脈絡がない。
「何言って…」
「すっごい踊りやすいんだよ。」
ほら、と引っ張られて背中を押されてラクスの前に立たされた。
彼女の方は急に言われても気にしていないようでただにこにことしている。
「…そもそも音がないだろう。」
この流れでいくと絶対踊るハメになるのは分かっていたが、それでも一応言わずにはいら
れなかった。
何だってこんなところで踊らなければならないのか。しかもカガリ以外の女性と。
「そんなの必要ないって。"これ"で十分。」
そう言ってキラはパンパンパンと軽く手拍子をしてみせる。
もう観念するしかないようだ。
「……じゃあ、よろしくお願いします。」
深い溜め息をひとつ吐いて、ホールドの構えを取る。
「はい。」
くすくすと笑いながら彼女もそれに応えて預けてきたので、キラの手拍子に合わせて一歩
目を踏み出した。
―――確かにキラの言う通り。彼女は無理なくリードできる相手だった。
おそらくリズムテンポが自然体で同じだからだろう。
それと彼女もカガリと同じくリードより先に体が動いてしまうタイプのようで、これでは
普通の相手だと踊りにくいだろうと思う。
カガリの他にも同じクセを持つ女性がいたことに少し驚いたが、"彼女なら…"と応援した
くもなった。
彼女なら、キラを束縛から解放できるのではないかと。
そしてふと気づく。
キラと踊っていたときとは違う彼女に。
「俺とでは楽しくないですか?」
はっとするラクスにやっぱりと思って苦笑いする。
「キラと踊っていた時の方がイキイキしてましたよ。」
「…ごめんなさい。でもアスランと踊るのが嫌なわけではありませんわ。」
「分かってます。アレは"キラだから"でしょうから。」
あの表情は特別な相手だったからこそ。
彼女もその想いを隠していた様子はなかったが、さすがに黙り込むラクスにアスランは思
わず笑ってしまった。
"キラ"のことになると途端に年相応の少女になる彼女はとても可愛いと思う。
恋愛感情とは違うが、つい背中を押して上げたくなるような。そんな気分にさせられて。
「俺とカガリはラクスの味方です。頑張って下さい。」
何をどうとは言えないが。
彼女がキラの恋人のことを知っていてもなお。
そう言いたかった。彼女には諦めて欲しくなかった。
「ありがとうございます。」
それをどう受け取ったのか分からないが、ラクスはいつもの笑顔でそう答えた。
「やっぱり絵になるよね…」
とっくに手拍子を止めて座り込んでいたキラはどこか眩しげに2人を眺める。
美男美女の踊る姿というのは本当に華やかで、後夜祭での周囲の反応もなんとなく想像で
きた。
提案したのは自分だけど、入り込めない雰囲気に疎外感を感じてしまう。
「…物語の王子様とお姫様ってあんな感じだよね、きっと。」
「キラとラクスだと美少女カップルだもんな。」
「!? カガリ! びっくりしたー」
独り言だったから、まさか応えが返ってくるとは思いもしなかった。
突然後ろから首を出されてぎょっとしたが、それがカガリだと分かると肩の力を抜く。
スキンシップ過多気味の双子の姉はおんぶの格好で抱き着いてくるけれど、そこは特に気
にならないので放っておいた。
「…てゆーか美少女ってナニ。」
彼女のセリフを思い起こして引っ掛かった単語に眉根を寄せる。
「お前のことだよ。昨年度ミスコングランプリ。」
完全に面白がっている時の顔でにたりと笑われ、思い出したキラは瞬間真っ赤になった。
「ヒトが忘れたい過去を…ッ」
去年の生徒会主催ステージは"女装"ミスコンだった。
豪華優勝商品獲得のため、キラはクラス代表として半ば強引に出場させられてしまって。
そしてその結果、本人的には非常に不本意だが清楚で可憐な和装美人と評価され、圧倒的
支持を得てグランプリに輝いたのだ。
あの出来事は今でもキラの中ではダントツの恥ずかしい過去だ。
「ただでさえコンプレックスなのに…」
「なんだ。お姉ちゃんと同じ顔が不満なのか?」
不満げにちょっと首を絞めてくるカガリの腕を外しながら 目の前にある同じ顔から僅か
に視線を逸らす。
「…そういう、意味じゃないけど。」
カガリもたまに男の子と間違えられるけれど、それは性格や行動からであって容姿のせい
ではない。
でも キラは彼女のようには振る舞えないから。
それがさらにコンプレックスを煽った。
「このクリクリとした大きな瞳もふにふにほっぺも私は可愛くて好きだぞ。」
逸らした視線を筋が痛くなるほど無理に向け直されて、痛いという間もなくさらに顔を近
づけられる。
同じ顔、でも違う貌(カオ)。カガリに在って僕に無いもの。
キラ(僕)はカガリ(彼女)にはなれない。
「…… 男としてはあまり嬉しくない評価だよね、それ………」
カガリは善意なのだろうがあまり嬉しくない、というかキズを抉られた気分でぼそりと呟
く。
「ッ 人がせっかく褒めてるのにその態度はなんだーっ!!」
「い、痛いって! カガ…っ!」
ブチンと切れた彼女に頬を力いっぱい引っ張られた上に凄い形相で睨まれた。
やっぱり褒めてるつもりだったんだと思ったけれど 言われた本人はそう思えないのだか
ら仕方が無い。
「……またいちゃついてるのか。」
扉の前でぎゃいぎゃい騒いでいたら いつの間にか止めていた2人が近くに来ていた。
「誤解される方々の気持ちも分かりますわね。」
この状況を見て誤解されるほど仲が良いと思われるのか。
それは甚だ疑問だけれど 2人は意外に真顔だったから何も言えなかった。
「アスラン! 次は私と踊れ!」
「…は?」
興味をすでにキラからアスランの方に移していたカガリはパッと立ち上がるとアスランの
腕を引く。
2人を見ていて彼女も踊りたくなってしまったのだろう。元々じっとしていられない性格
なのだ。
「最近部活がなくて鈍ってるんだ。3倍速でよろしく。」
「…お前にとってダンスは運動と同じか。ま、良いけどな。」
彼女からの誘いをアスランが断るわけもなく、逆に手を攫うと中央へと連れて行った。
それに素直に従うカガリもこういう時はお嬢様に見える。
アスランも心なしか大人びて見えて、それを見る度互いが特別だということに気づかされ
て。
「息がぴったりですわね。」
「ホントにね。悔しいけど僕だと身長が足りないんだよね。」
ラクスの感心したような感想にキラも同意してこくりと頷く。
自分ではあんな風に綺麗に彼女をリードはできない。
あんな風に、少女の顔で笑わせることはできない。
「……君達だってじゅーぶん王子様とお姫様に見えるじゃないか。」
「なんですか?」
「ん、なんでもない。」
不思議そうに聞き返してくるラクスに笑顔で切り替えして、一瞬だけ浮かんだ黒い心を押
し殺した。
代わりに悪戯っぽく笑んで立ち上がる。
「―――僕らも交ざろうか。」
「そうですわね。」
手を差し出せば 躊躇い無く繋がれる手。
意外に悪戯好きの彼女はクスクスと笑いながら賛同してくれる。
少しずつ知っていく彼女のこと。
…でも これ以上は進めない。
だから全てを笑顔で誤魔化して。
「うわっ 急に割り込むな!」
間に飛び込む形でキラが横からカガリの手を攫う。
アスランが怒って怒鳴るがそこは無視。
「あれ? キラ!?」
急にパートナーが入れ替わって驚く彼女に1つ笑ってステップを踏み始め、
「アスランはこちらですわ。」
ラクスがアスランをくるりと振り向かせて続きを促した。
そこへちょうど良くお昼の校内放送でクラシックリクエストが流れ出す。
ワルツには少し早いがキラ達にはちょうど良い早さだ。
「ちょうど良い、これに合わせちゃおう。」
「ちょ、これワルツじゃないだろう!」
「もーなんでも良いじゃん。」
「そうそう。楽しければ良いんだよ。」
「アスランは頭が固いですわ。」
1曲の中でも速さを変え展開を変え、本人達ですら何をしているのか分からないくらい夢
中で遊んだ。
最初は文句を言っていたアスランも後の方は何も言わなくなって。
―――何がそうさせたのか、結局5曲分も4人で踊り続けてしまった。
「つっかれたー」
その場にごろんと寝転んで、4人で空を見上げる。
風に乗って雲が流れる 晴れた秋空。
火照った頬には心地好い風。
なんだかとても気分が良い。
「……めちゃくちゃなダンスだ。」
呟いたアスランの顔を見るといつもの"呆れた"顔。
けれどいつもと少しだけ違うことにも気づいていた。
「でも楽しかったでしょう?」
「まぁ、な。」
キラが聞くと素直にそう答える。
「またやりたいな。」
「そうですわね。」
女性2人は仲良く手を繋いで笑い合っていて。
あまりに穏やかな時間に、4人ともすっかり今の状況をすっかり忘れてしまっていた。
♪ ピンポン―――…
「ん?」
音楽が止まって 代わりに流れたのは呼び出しのチャイム。
なんとなく注意がそちらへ向く。
<―――2−A 仲良しカルテットー! さっさと教室に戻って来ーい!!>
『!!?』
耳が痛くなるほどの大音量で怒鳴ったのは我がクラスのお祭り実行委員長だった。
<本番は明後日なんだぞーーッ!!>
「…やっば!」
それを聞いてカガリが慌てて起き上がる。
「あ、やっぱり僕達のことなんだ。」
キラはマイペースにのんびりと起き上がって体を伸ばし、
「常に4人で連んでるのは俺達くらいだからな。仕方ない、戻るか。」
さり気なくラクスの腕を引いて立たせたアスランは 次に自分の制服の乱れを整えた。
「そうですわね。あ、カガリさん。」
ラクスは走っていこうとするカガリを留め、彼女のリボンを綺麗に結び直す。
「実行委員長を怒らせると後が怖いからなー」
ありがと、と言ったカガリは今度は走ろうとはせずに ラクスの髪についた葉っぱを取っ
てやった。
「それじゃ、行こうか。」
扉を開けながら振り向いたキラの言葉にみんなで頷く。
何かが起こる文化祭まで あと2日……
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仲良し4人組の日常的風景。のつもりです。伏線はあるようでないような?
知らないうちに双子がいちゃつきました。そしてアスランは天然紳士です(笑)
次回からやっと文化祭当日です。
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