第11話 − 友達という距離



 週末に本番を迎えるAA学園の文化祭、天翔祭。
 イベント事に寛容な理事長のおかげで前の週の午後は放課になり、生徒達はここぞと準備
 に没頭する。
 見た目では分からない程度に妙に単価が高い物を使っている辺りは普通と違うかもしれな
 いけれど、勉強よりもイキイキとして準備を進めていくその姿は、エリート校も普通の学
 校でも変わりはなかった。



 そんな文化祭ムード真っ只中において キラも例外ではなく、今日も忙しそうに校内を走
 り回っていた。
 パソコン部の準備を手伝ったその次は教室に戻って衣装のサイズチェックをしなければな
 らないのだ。
 それが終わったらまた部室の方に戻って、途中で放り出してきてしまったデータの修正と
 バックアップと……
「…もう何をして何をしてないんだかわからくなりそうだよ……」
 思わず愚痴にも似た言葉が漏れる。準備はもちろん楽しいけれど この忙しさはさすがに
 大変だ。
 廊下に置かれた段ボールや木枠や暗幕、その他諸々をなんとか避けながら急ぐキラの耳に
 反対側を歩く2人組の会話が漏れ聞こえた。

「―――なぁ。生徒会主催のアレさ、どうする?」
「隣のクラスのエディは出るらしいぞ。相手はイリアだってさ。」

「……。」
 そういえば"アレ"、まだ募集してたっけ。
 知らず立ち止まっていたキラは 数秒考え込んだ後で何かを思いついたように進行方向を
 変えた。










 東館3階にある生徒会室、ここも当然行き交う人々で騒がしい。

 けれどその中でただ一人だけ、静かに、その扉前に佇む人を見つける。
 天翔祭準備真っ只中の完全に浮かれた校内で、そのどこか思い詰めた顔は異質なものに思
 えた。

(…あれ? あの人……)

 それが見覚えのある相手だと気づいたキラはポンとその肩を叩く。
「何をしてらっしゃるんですか?」
「!?」
 あからさまにびくりとした相手は焦った風に振り向いて、相手がキラだと分かるとほっと
 肩の力を抜いた。
「え、あ、カガリの…」
「はい。」
 やっぱりカガリと同じ陸上部の先輩だ。
 彼は男子キャプテンも務めていて、人柄は良いしカガリともわりと仲が良い。
 そして本人に自覚があるかどうかは知らないけれど、周りから見ると分かりやすいくらい
 バレバレな態度の人だ。
 だから彼のことはよく知っている。いつも気をつけて見ているから。
 その彼がここにいるということは。

「まさか、先輩……」


「キラ? お前何してんの?」
「あ、ディアッカ。お疲れさまです。」
 さらに後ろからかけられた声にキラが振り返ると、暗幕片手にやって来る金髪長身の男子
 がひとり。
 彼―――ディアッカ・エルスマンは、現生徒会では書記会計、文化祭ではトラブル担当を
 しているらしいと誰かから聞いた。
 普段から会長の宥め役をこなしているし、適任だと笑って言ったのはアスランだっただろ
 うか。
「先輩がここに用あるみたいだったから聞いてたんです。」
 隣で待ったと慌てる彼を無視して話題を譲る。
 心の準備ができるまで なんて待っていたら、きっと日が暮れてしまうに違いない。
 半分親切心でキラが一歩下がれば、ディアッカは見えた相手に意外だという顔をして首を
 傾げた。
「なんだ、ジョーイじゃん。お前も参加希望?」
「え、う、いや、」
「そうかそうか。ついにか。」
 ジョーイの答えは最初から聞く気はないらしい。
 狼狽える彼の肩をバシバシ叩き、大歓迎だとそのまま中へ引っ張って行こうとする。
 どうやら彼の気持ちはかなりの範囲でバレているらしかった。

「キラもか?」
「まさか。僕は話しかけてただけですよ。」
 思い出したように振り返ったディアッカの問いには即座に首を振る。
「なんだよ、お前にはいないわけ?」
「残念ながら。」
 自分まで面白半分に遊ばれる気はないと、交わすように答えながら 不意に過ぎった春の
 桜色。

 …まだ認めたくはなくて、―――認めるわけにはいかなくて。
 忘れようと すぐに意識の端に追いやった。

「じゃあ、僕はクラスの方があるので。」
 これ以上いたらボロを出しそうな気がする。何せ相手はディアッカだ。
 何か言われる前にとさっさと生徒会室を後にした。


 ―――もちろん、内心のメモにはちゃっかり"予定変更"と書き加えて。














「お! キラ、こっちこっち。」
 教室に戻ってきたキラを目敏く見つけたトールが呼ぶ。
 彼がいるのはアスラン達が採寸しているボード前ではなく彼の席。
 それを不思議に思いながらも、自分の出番はまだないようだと思ったキラはトコトコと
 トールの席に立ち寄った。

「ほれ、キラ。」
 何の前振りもなく 渡されたのは小さな紙袋。
 わけも分からず受け取って何だろうと中を覗いたキラの表情が 途端ぱっと明るくなる。
「トール、ありがとう!」
 周りに花でも飛んでそうな喜びようにトールも甲斐があったと嬉しくなった。
 彼がキラに渡したのは1枚のCDで、ちょっとしたミスで手に入れ損なっていたもの。
「もう諦めてたんだ。良かったぁ…」
 相手は超絶人気の歌姫故に 一度チャンスを逃してしまうと手に入れるのは至難の業とい
 うプレミアもので。
 早速取り出して眺めているキラは周りが見えないほど感激している。―――のだけれど。
 トールにはどうにも腑に落ちないというか、疑問を持たざるを得ないことがある。
「…てか お前の場合わざわざこんなことしなくてもさ、」
「え?」

「何の話ですか?」

「わっ ラクス!」
 突然後ろから声をかけられた上に 相手が相手だったものだから、キラは必要以上に反応
 してしまった。
 それでも思わず落としそうになったCDは何とか死守する。
 これには傷ひとつ付けるわけにはいかないのだ。
「はい? 何ですか?」
 何も知らずににこにこ笑っている彼女が今は怖い。
 自分でも分かるほど真っ赤になるキラは何も言えずにいて。
 そうこうしているうちに、あら とラクスの目がある一点で止まった。
「……私の、CD…?」
 どこか呆然とした彼女の呟きにキラの顔がさらに真っ赤に染まる。

(見られた…!)

 まさか本人に見つかるとは思ってもいなくて。
 恥ずかしくてこのまま逃げてしまいたいけれど、固まってしまってそれもできなくて。
 一方の彼女も何も言わなくなってしまったから居心地が悪くて仕方ない。

「……あのさ、ラクスちゃん。」
 2人して固まっていると、見かねたトールが助け舟を出してくれた。
「この限定盤さ、予約期間3日しかなかったやつじゃん? キラの奴 その頃ちょっと忙し
 くてつい予約するの忘れてたんだよ。」
「そ、そうなんだ。そしたらトールが従兄弟にツテがあるって言ってくれて。」
「もうすっごい凹んでてさー 見るに見かねてってやつ?」
 彼の言葉にキラもコクコク頷く。
 このままだったら気まずいままになりそうだったから、トールがいてくれて本当に助かっ
 た。
「キラはラクス・クラインの大ファンだからなー」
「ッそこは言わなくて良いんだよ!」
 やっぱり出た トールの余計な一言。しかも今回はわざと。
 慌ててキラも怒鳴るけれど 今の彼に迫力は微塵もない。トールもただ笑うだけだった。

「…最初に言ったよね。僕はラクスのファンだよって。だからもうダメだって思った時に
 は本当に悲しかった。」
 照れながらも大事そうにCDを抱いて ぽつぽつとキラが語る。
 ここまでくれば開き直りだと思った。
「でも、それなら私に言えばすぐ…」
 本人なのだから ラクスなら今でも手に入れることは容易にできる。
 その相手がキラならばラクスだって喜んで渡すだろう。これはキラの特権だ。
 けれど彼は彼女の言葉を首を振って否定した。
「それはダメだよ。ここでの君は"歌姫"じゃなくて"ラクス"だから。」
「……?」
 よく意味が分からないと首を傾げる彼女に、キラはつまり と柔らかに笑う。
「外にいる時はいつも"歌姫 ラクス・クライン"でいなくちゃいけないでしょう? だから
 ここでくらい普通の女の子でいても良いんじゃないかなって思うんだ。」
 だからそんなに気を張らなくても良いよ、と、キラはもう一言付け加えた。

 今までずっと"歌姫"として過ごしてきた。
 自分になれるのは家族と過ごす時間か独りでいる時だけで。

 家族以外の誰かにそんな風に言われるなんて思いもしなかったラクスはただ驚く。
 そしてそんな細かい気遣いをしてくれるキラだから 改めて好きなのだと思った。


「キラ……」
 嬉しいと 自然と綻ぶ表情は等身大の少女のもの。
 それで良いと彼もまた微笑み返す。

「―――君の前ではファンよりも友達を優先したいんだ。」

 その言葉に一瞬だけ寂しそうな顔をした彼女だったけれど、それはすぐに笑顔の下に隠さ
 れてしまった。


「ありがとうございます…」
 その言葉は本心からでたもので 決して嘘ではない。

 …けれど。


 "友達" … それは抜けきれない2人の距離、、、







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真っ赤になるキラが書きたかっただけなんですけど。
てゆーかアスランの出番がないなぁと思う今日この頃。
ラクスメインなのでキラ視点がないかなと思っていたら アスラン視点の方が全くない……(汗)



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