第10話 − キラの恋人
昼食後に消えたキラを裏庭で見つけたのは本当に偶然だった。
後ろ姿しか見えないから何をしているのかまでは分からないけれど、彼の影に隠れるよう
にちらりと見えているのは女子の制服のだろうか。
? あんなところで何を―――…
ふらりとラクスの足もそちらへ向く。
その行動に深い意味はなくて。キラがいたから足が勝手に進んでしまった、ただそれだけ
のことだったのだけど。
「……あのっ、好きです…っ 私と、その…付き合っていただけませんか?」
少女らしい高い声に震えが少し混じった言葉。
聞こえた瞬間に 近づいてしまったことを心底後悔した。
思わず立ち止まったラクスはそのままそこから動けなくなる。
キラは何と答えるのだろう。
「……ごめんね。」
少しの沈黙の後、静かな声で告げられた彼からの返事はNO。
それを聞いて無意識にほっとしてしまった自分の心に嫌悪を覚えたのも束の間。
「僕、恋人がいるんだ。」
(え?)
この時ラクスは 本日二度目の後悔をする羽目となった。
ラクスが変だ。
彼女の前の席に後ろ向きで座ったカガリはどうするべきか本気で悩んでいた。
ついさっき、撮影のせいで受けられなかった小テストの相談をマリュー先生にしに行くと
言って出て行った、あの時までは確かに普段通りだったはずだ。
なのに 帰って来てからはずっとボーッとしていてこちらの呼びかけにも反応しない。
何かショックなことでも言われたのかとも思ったけれど、マリュー先生なら厳しいことを
言うわけがないし、そもそもラクスの方もそれでどうするような性格ではないし。
理由が見当たらずカガリは首を傾げるしかなかった。
「ラクス…?」
一体何があったのだろうかと心配して声をかけたのはこれで5回目。
半分諦めていたのだが、そこで初めて彼女が顔を上げた。
「…キラには恋人がいるのですか?」
「ん? あ、うん。別の学校だけど。しかも年上。」
「そう、です…か…」
反射的に答えてしまった後、目に見えて落ち込んだラクスに気づいて しまったと内心頭
を抱えた。
そういやラクスはキラが好きなんだった…っ!
そんな相手にキラに恋人がいるなんてバカ正直に言えばどうなるか分かりきっていたはず
なのに。
自分の失言に腹も立つが、それよりどうフォローを入れるべきかで今度は悩む。
ラクスと違ってカガリはこういうことがとても苦手だ。
(えーと、キラの恋人ってどんな奴だったっけ…!?)
必死で記憶を辿る。
今の恋人は確かハニーブロンドの髪で、紺リボンのセーラー服が特徴の公立高の2年生。
予想に漏れず 今回もかなりの美人だったような―――
「……あれ?」
思い浮かべたキラの恋人と 目の前に立つラクスの姿が不意に重なった。
そういえば今までの彼女も皆 印象が似ている。
ついでに思い出した元カノ達も頭の中で並べてみて、そこでカガリは確信を得た。
「…ラクスってキラの好みのタイプだよな。」
それは別にフォローのつもりで出た言葉ではなかったけれど。
ふわりと流れた彼女の髪に触れる。
「今まで付き合ったの、全部髪が長い子なんだ。で、なんかお嬢様〜って感じの。」
「―――そして大人で甘えさせてくれる人が好き。」
「キラ。」
カガリの後ろからひょっこり顔を出したのは今話題にのぼっていた張本人。
今の会話を聞かれていたことにカガリはどきりとしたけれど、キラはさほど気にもしてい
ない様子。
ならばこちらも気にすることはないと 普段通りに接することにした。
「おかえりー どこ行ってたんだ?」
首だけ振り向いたカガリの頬にいつものスキンシップでキスをおくったキラは、挨拶と共
にきた質問に苦笑いで答える。
「中庭で"ごめんなさい"してきたとこ。」
「…あー… オツカレー…」
キラの今のセリフで カガリは同時にさっきのラクスの質問の原因も悟った。
けれど相手はこのキラだ。遅かれ早かれ同じ場面に遭遇していただろうから 運が悪かっ
たとも言えない。
「…何だかんだでお前も結構モテるよな。」
「ってもアスランほどじゃないし。」
感心というより呆れてカガリが言うと 逃げる為か親友を引き合いに出してきた。
今現在 生徒会役員であるディアッカに頼まれ生徒会室に手伝いに行っているアスランは、
告白量でいうなら学園でもダントツでトップを誇る。
ちなみに次点がイザーク、そしてその次がキラと続いていく。
カガリには面白くない事実だけれど、あの容姿と家柄、そして学校での様子を考えれば仕
方のないことでもあって。
どうやって断っているのだろうと疑問に思うカガリは、その彼が"カガリが好きだから"と
いう理由で断っていることを知らない。
「…ダンパのパートナーなら良いんだけどさ、あーゆーのは断わるとき 何だか心苦しいよ
ね。」
「あー そっちもあったかぁ……」
キラの言葉に賛同しつつ、嫌な単語も同時に聞き取ったカガリは肩を落とすと本気で嫌そ
うな顔をした。
また去年のアレが繰り返されるのだと思ったら正直気が滅入る。
嫌な時期が来たと溜め息をつくカガリの前で ラクスが不思議そうに首を傾げた。
「ダンパ? …ああ、ダンスパーティーのことですわね。いつ頃の話ですか?」
「文化祭の後夜祭だからすぐだよ。迎賓館のホール使って本格的にやるんだ。もちろんみ
んな正装でね。」
この辺りが良家の子女が通う学園らしさというか、創立以来続いている伝統だ。
5年前に改築された迎賓館も同じだけの歴史を持ち、彼らの親の世代では今より頻繁にダ
ンスパーティーが開かれていたらしい。
「んでそれって要パートナーで。アスランやキラは人気あるからもう争奪戦というか。」
「カガリだって人のこと言えないじゃないか。」
カガリが言えばキラがそう言い返し、ラクスはそれを見てクスリと笑う。
さっきのカガリの嫌そうな顔からしても、去年はすごい騒ぎになったのだろうことが容易
に想像できたからだ。
「去年はどうされたのですか?」
興味を持った様子でラクスが尋ねると、当時のことを思い出したのかキラが小さく吹き出
した。
「カガリはアスランとだったんだよ。カガリは次々来る候補者が煩わしくて。で、僕がア
スランに頼んじゃえば?って言ったんだ。パートナーが決まれば誰も手出しできなくなる
から。」
そう、去年は教室でカガリからアスランに頼んだのだ。
あの時の周りの反応もかなり凄くて驚いたけれど、アスランも思いっきりギョッとして固
まったのを覚えている。
了承の返事をもらう前、笑顔のキラに怖い顔で何か言ってたみたいだけど 小声だったか
らカガリには聞こえなかった。
あれは今だに謎のままだ。
「ま、ラクスはアスランに決まってるから心配しなくても良いと思うぞ。」
婚約者とパートナーにならないのはさすがにおかしいし、それを知っていて誘う者もいな
いだろう。
それを考えるとアスランは今年イチ抜けのような形だ。ずるいと思う。
逆にこっちは去年と同じ手が使えないというのに。
「……ではキラは? 去年はどなたと踊ったのですか?」
むしろこれが本題だと。さりげない問いかけだったけれど カガリには即座に分かってし
まった。
一方のキラがそれに気づいたかは定かではない。
彼は話題を振られてキョトンとした後、ふふっと悪戯っぽく笑って答えた。
「僕? 僕は3人の女の子と交替で。」
「あれは驚いた。」
予想外の返答に目を瞬かせるラクスの横で カガリが呆れたように言う。
当時、パートナーのことを心配して尋ねたカガリにキラは決まったとだけ言って名前は言
わなかった。
そして当日蓋を開けたらなんと、会場に3人も女の子を連れて現れたのだ。
「だってさ、3人一緒に来て「交替で良いので私達と踊ってください」って言うから。」
「頼む方も頼む方だが…それをあっさり了承するお前もどうかと思う……」
それを認めた当時の生徒会も生徒会だ。
アスランに次ぐ人気のキラだから許されたのかもしれないが、男女比率が変わらないこの
学校でそこは問題にならなかったのだろうか。
けれどキラの態度はあっさりしたものだった。
「3人なら誤解もなくて良いかと思って。」
「いや、それはまーそうだろうけどさ。」
納得いかないところもまだあるけれど、今更何を言ったところで全ては過ぎたことだ。
それに今年の生徒会はあのイザークがいるから特例は許されないだろうし。
だからそれで良いかとカガリも自己完結することにした。
「てか、今年はどうしよっか。」
結局話はその問題に戻ってくる。それについては何も解決していないのだ。
「う〜〜〜っ……」
カガリはキラのように誰でも平気なわけじゃない。
親しくもない男の手を握るなんて 考えただけで寒気がする。
「選ぶの嫌だな… いっそサボるか?」
「良い案だと思うけど、後からアスランに何て言われるか分からないよ。」
「それも嫌…」
どうやっても八方塞がりで ついには机に突っ伏した。
参加は強制ではないけれど彼女はアスハ家の娘だ。
それなりの家柄であれば出るのは当たり前という風習ができあがっていて、特にカガリ達
は有名人なのでいなければすぐに分かってしまう。
バレればお父様のカミナリより10倍恐ろしいアスランの小言が降ってくるので、それだ
けは何が何でも避けたい。
「あら。それならお2人で踊られたらいかがですか?」
それで何かいけないところでもあるのかと。
思いがけないラクスの提案に驚いた顔をした2人は、あら?と首を傾げる彼女の方をじっ
と見る。
「……」
「…………」
次に2人で顔を見合わせて、互いの顔をまじまじと眺め見た。
「その手があったね。」
「盲点だったな。」
よく考えれば自分達も"男女"だった。
姉弟だからか互いに異性だという意識がなくて、最初からパートナーとしては除外してい
たのだ。
もちろん学園に双子で踊るなという決まりはないのだし問題はない。
「解決ですか?」
「うん! ありがとう、ラクス!」
パッと明るい表情になったカガリを見て満足したようにラクスも微笑み返してくる。
これで何の心配もなく文化祭に参加できると思うとほっとした。
「ありがとう。僕もこれで一安心できたよ。」
「キラも?」
「だって、カガリをアスラン以外の男に任せるなんて冗談じゃないから。」
それはもうすごく爽やかな笑顔付きでさらりと言ってのける。
見ているだけなら見惚れて終われるけれど、真正面からこれを言われたら誰でもその場で
凍っただろう。
相変わらずのシスコンぶりに、会話が聞こえていたクラスメイト達は脱力と溜め息と苦笑
いとで双子を見遣った。
余談として。
戻って来たアスランにカガリがそのことを伝えると、彼は何だかすごく複雑そうな顔をし
ていたらしい……
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後に生徒会なんかやるわけだし、当然みんなモテるわけです。
つかオチ担当でごめんよ、アスラン…
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