第9話 − 私が知らない貴方
ハーネンフース家の庭で開かれた観楓会に出席したラクスは 近くに見知った相手を見つ
けるとドレスを翻して駆け寄った。
今日の彼女のドレスカラーは淡い藤色。最近ラクスが一番気に入っている色だ。
実は見せたい人がいて新調したのだけれど、その人にはまだ会えていない。
「カガリさん!」
「や、ラクス。」
軽く手を上げて応えたカガリのドレスはパステルグリーンで、首元と両手首にはグリーン
系統でも濃さの違う数種のリボンが巻き付けられている。
その立ち姿は凜として美しく、普段学校を元気に走り回っている彼女を見慣れていてこち
らの姿を見ると、どこか落ち着いた雰囲気に接し方を戸惑う人もいそうだ。
でも全く違う雰囲気なのに、そこに違和感を感じさせないところは彼女のすごいところだ
と思った。
(あら…?)
微笑みに微笑み返されてからふと気づく。
彼女の傍ならと期待したのだけれど、その隣に彼の姿はない。
思わず見渡しても彼の色を見つけることはできなくて。
代わりに少し離れたところにいたアスランが彼女達の姿を認め、周囲へ挨拶を済ませると
こちらへやって来た。
その場に3人は集まった。でも、足りない。
「…キラはいらしてないのですか?」
ひょっとしてという思いのままにカガリに尋ねると、彼女もまたぐるりと辺りを見回す。
3人共がここにいるのにキラだけが近くに来ないのはおかしい。
しばらく探して見つけきれなかったのか、軽く息をついてカガリも視線を戻した。
「―――みたいだな。まぁいつものことだし。」
「そうなのですか?」
「キラはあんまりパーティーには出ないんだ。」
だから珍しいことではないのだと。
それを聞いて そうなのか、と妙に納得した。
あの1度きりの出会い以降、こういう場でキラを見かけたことがなかったからだ。
アスランやカガリは話したことはないながらも何度か遠くから見かけたことがある。
でもキラはあれから1度も。その理由はこれだったのか と。
「…ヤマトの大奥様が許さないからな……」
「え?」
アスランが落とした呟きに思わずそちらを振り返る。
重い声に見合った難しい顔のアスランに視線で問うと、隣のカガリが困った様子で代わり
に答えてくれた。
「…あーいや、あんまり上手くいってないんだよ。キラとキラんちのばーさん。」
「あの方はキラをヤマト家の後継者として認めていないんです。だからキラがパーティー
に出るのを嫌がってらっしゃって。」
「……。アスラン、それ以上言うとラクスが心配するだろ。人がせっかく軽く言ってるの
にわざわざ重くするなよな。」
場に似合わないほど重い口調で告げるアスランをカガリが呆れた表情で軽く小突く。
彼女の言葉にハッとした彼が慌てて謝ると、カガリはラクスを安心させるように笑った。
「キラの方も面倒だから良いとか言ってるから 気にしなくて良いぞ。」
「…キラのことだ、絶対部屋で寝てるな。」
「言えてる。」
2人はああ言うけれど 本当に複雑な事情があるのかもしれない。
けれど、2人が言おうとしないのならラクスはまだ知るべきではないのだろう。
いつか話してくれたなら聞くけれど、それをラクスからは聞かない。
言ってくれた時は それはキラが自分を信じてくれた時。だからそれまで待とうと。
「残念ですわ。新調したばかりのこのドレスをキラにもお見せしたかったのに。」
諦めるしかないと溜め息をついたら、大丈夫だとカガリが肩を叩いた。
「今度うちでやるパーティーの方に着てくれば良いさ。そっちにはキラも出るから。」
「―――そうですわね。そうします。」
ライトアップされた赤く染まった木々から ハラハラと葉が舞い落ちる。
夜桜とはまた違う趣のある風景に目を奪われた。
けれど、ラクスはそこでもキラのことを考える。
隣に彼がいれば この美しい光景を思い出にして共有できるのに。
ここに彼がいないこと、それをとても残念に思う。
キラ、今貴方は何をしていますか?
「やぁ、アスラン君。カガリ。」
「おじさん。」
気軽な様子で声をかけてきた男性に、呼ばれた2人はパッと振り向く。
けれど、ラクスと同じく大人達の前では無意識に気を張るアスランとカガリが 何故かそ
の男性相手には自然体のままでいて。
アスランに至っては実の父親の前より表情が柔らかく見えた。
それを見ればよほど親しい間柄なのはすぐに分かるけれど、まだその関係が分からない。
友人というのとは違う。どちらかと言えばこの雰囲気は"家族"に近いような。
疑問に思って首を傾げていると アスランから彼の紹介を受けた。
「ラクス、彼はキラのお父さんのハルマ・ヤマト氏。俺の父親代わりでもある人です。」
「したのはキャッチボールの相手くらいだがね。でも好きな本や食べ物や、女の子のタイ
プなんかはパトリックさんより詳しい自信があるよ。」
「…最後は余計です。」
脱力しつつ返すアスランの表情は心なしか赤い。
彼にしてみればそれ以上つっこまれたくない内容らしかったが、カガリが興味を持ったよ
うで身を乗り出してきた。
「え、アスランのタイプって?」
「あぁ。それは、」
「カガリ 聞くな! おじさんも答えない!!」
本気で慌てて止めに入るアスランを 彼はニコニコ笑いながら受け流している。
からかわれているのにアスランが気づくのはいつだろうかと思いながらも、これがたぶん
いつもの光景なのだろう。
そんな気安さからもアスランとキラの家族との関係が伺い知れて ラクスはクスリと笑ん
だ。
このまま見ていても面白そうではあるけれど、キラのお父様なら挨拶をしないわけにはい
かない。
「―――はじめまして。ラクス・クラインですわ。」
一歩進み出てにこりと微笑む。
するとそれに気づいたハルマはアスランに冗談だと軽く謝ってこちらへ向き直った。
「はじめまして。君のことはよく耳にするよ。もちろん歌もね。」
「ありがとうございます。」
とても優しく笑う人だと思う。
その雰囲気はやはり親子だからなのだろう、どこかキラに似ていた。
「私も君の歌はとても好きだし、―――何よりキラが君の歌が大好きでね。」
「え……」
今、彼はなんと言ったのだろう。
言葉を飲み込んで理解して。
その瞬間に 顔に熱が集まっていくのが分かった。
「テレビなんかで君が歌っているとすごく幸せそうに聴き入っているんだよ。」
これが他の人ならば。
ただ 嬉しい、それだけで済ませることができるのに。
キラ、が……?
一体どんな顔で歌う自分を見てくれているのだろう。
想像しようとして 途中で諦めた。
自分を見つめているキラの姿なんて、
―――心臓が壊れそう…
「これ以上言うとキラに怒られそうだから止めておこう。」
何も言わなくなったラクスをどう思ったのかは知らないが、彼はそこには触れずにいてく
れた。
そして悪戯でもした子どもような表情でクスリと笑う。
それで我に返ったラクスはすぐいつもの笑みに戻したけれど。それが成功したかは相手も
何も言わなかったから分からなかった。
「ああ、すまないが 私はこれで失礼するよ。」
先ほどの爆弾発言のおかげでラクスはそれ以上何も話せずにいて。
ハルマも他に挨拶する相手を見つけたのか、軽く謝罪の言葉を述べるとその場を立ち去っ
た。
「なぁ… ひょっとしなくてもラクスって……?」
「カガリもそう思ったなら 俺の勘違いじゃなかったんだな。」
ハルマが去った方を未だ見つめるラクスの後ろで アスランとカガリの2人は頭を付き合
わせてぼそぼそ話す。
今のラクスになら普通に話していても聞こえないかもしれないが、それでも何となく声は
小さくなってしまった。
「…キラは気づいてると思うか?」
「妙に天然の部分があるから安心はできないが… もし気づいていても今のキラは応えられ
ないだろう。」
「だよな……」
ラクスを応援してあげたいのは山々だが、そうできない理由も存在していて。
それは自分達にはどうにもできない問題で。
2人は同時に溜め息をついた。
ちなみにその際自分達のことは棚上げ状態なのだが、不幸にもツッコミを入れる者がいな
いのでそこは放置された。
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キラが応えられないワケは次回に持ち越し。(引っ張るなー)
といっても、今まで普通に書いてるので全然秘密になってませんが。
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