第6話 − 仲直りはきっかけひとつで



「日直! 教卓のノートを職員室の机の上に持って行ってくれ!」
「っ はーい!」
 クラスの女子と話していたら出がけに教師から呼ばれ カガリが反射的に立ち上がる。
 それを認めた数学教師は頼むと言って出て行った。

「…げ。」
 教卓の上にあったそれを見てカガリは思わず呻く。
 そこに積み上げられたノートは思ったより多く、持てないこともないがかなり重そうだっ
 た。
「どうせなら半分くらい持って行けよな…… キ―――…あれ?」
 文句を言いつつも仕方ないと思い直して、片割れに手伝ってもらおうと視線を巡らせる。
 しかし目的の相手は教室内にいなかった。
「どこ行ったんだ? キラの奴。」
 とにもかくにも今日は運が悪い。
 諦めて視線を戻そうと何げなく向いた先、たまたまこちらを見ていたのだろうアスランと
 ばっちり目が合った。
「!!」
 びっくりしたカガリは思わず逸らしてぐるりと背を向けてしまう。
 またやってしまったと後悔するけれど、この真っ赤になった顔とバクバクと煩い心臓では
 再び振り向くこともできなくて。

 少し前ならキラがいなくてもアスランに頼めた。彼なら快く手伝ってくれただろう。
 でも今それができないのは自分のせいで。

「…一人で行くか。」
 重い溜め息をついて ノートの束に手を伸ばした。









 端から見ると危なっかしい足取りで、カガリは人が避けて行く中を突き進む。
 正直積んだノートの高さで前があまり見えていないのだが、考え事のせいでボーッとして
 いる彼女には関係ないことだった。
 足はただ記憶の通りに勝手に進むだけで彼女の意志は必要ない。

 考えているのはもちろんアスランのこと。
 幼い頃から一緒に育って、いつの間にか好きになっていた幼馴染の彼のことだ。


 ―――婚約のことを何も言ってくれなかったのは寂しかった。
 ずっと3人一緒だったのに自分だけ仲間外れにされたみたいで。
 といって、あっさり言われてもそれはそれで複雑な気分にはなるけど。

 でもキラが知っていて自分が知らないことがあるのは何だかとても嫌だった。
 それを素直に言えれば良かったのに、感情に任せて怒鳴った上に意地を張って距離を置い
 て。
 …さっきも目を逸らしてしまった。そんな自分をアスランはどう思ったんだろう。

「馬鹿だなー 私…」
 何度思ったか知れない後悔を溜め息と共に吐き出す。
 足はすでに階段へと差しかかっていた。職員室はそこを降りて左に曲がった先にある。
 けれど考え事をしていた彼女は"階段"に気づかず、踏み出した一歩目を思いきり踏み外し
 た。

「え…… っ―――!?」
 ガクンと下がった感覚の後、急速に傾いた体が宙に浮く。
 落ちる、と 瞬時に理解はできたけれど、それを自分はどうすることもできなくて。


「カガリ!」
 咄嗟に目を瞑ったその後ろで 誰かの声がした。




 バサバサと踊り場にノートが散らばる音がする。
 次は自分だと覚悟したけれど 身体への衝撃はいつまで経ってもこなかった。
「―――…?」
 おそるおそる目を開けると、自分はまだ踊り場を下に望む位置にいて。
 それは誰かが後ろから腰を引き寄せ支えているからだと気づいた。

「大丈夫か?」
 すぐ耳元で馴染みのある声がする。
 半ば呆然としたままゆっくりと振り向けば、すぐそこにアスランの顔があって。
 予想外の近さに 顔の熱が急速に上がった。
「カガリ?」
 アスランはそれに気づかない様子で心配そうに顔を覗き込んでくる。

 ……どうしてこの状態で平然としていられるのだろう。
 彼の片手は手摺りを掴んで2人の体重を支えている。そしてもう片方は今もしっかりとカ
 ガリの腰に回っているのだ。
 密着した部分の熱がダイレクトに伝わって、相手にその気はなくても意識してしまって。

「どこかケガでもしたのか?」
 返事をしない彼女を訝しんで だんだんアスランの表情が険しくなる。
 保健室に行こうかとそのまま抱え上げられそうになってようやく我に返ったカガリは慌て
 て首を振った。
「だ、だだ だいじょうぶだ!」
 びっくりして固まっていただけだから と。
 そう説明すれば、彼からは良かったと心底安心した声で言われた。
 それにまたカガリは真っ赤になって固まってしまうけれど、やっぱり気づかないアスラン
 は通行の邪魔になっているノートを拾うために彼女を捕まえていた腕を離した。




「―――職員室で良いのか?」
 カガリとしては集めるのを手伝ってもらうまでにして後はお礼を言って受け取る気だった
 のに、彼は立ち上がるとそのまま階段を降りだす。
「アスランっ?」
 アスランが半分で自分がもう半分。
 おかげで簡単に追いつくことはできたけれど、カガリは彼にこれ以上の迷惑をかける気は
 なかった。
「良いって。あとは一人でも持って行ける。」
 そう言って手が出せない代わりに視線でノートを指す。
 でも彼は優しく笑うだけで。
「無理するな。こんなに持ってたらまたコケるぞ。」
 きっと手が空いていたら頭にポンと手を置かれた。
 それが分かるからくすぐったくてちょっと照れくさい。
「…ありがと。」
 ここは素直に甘えようとはにかんで言えば、ぐるりと後ろを向かれてしまった。
 どうしたんだろうと首を傾げて、でも理由はすぐに理解する。
 宵闇色の髪から覗く彼の耳は真っ赤だった。彼も照れているのだと知って カガリは思わ
 ず吹き出した。


「………すまない。」
「え?」
 突然の謝罪は、もうすっかり忘れていたこと。
 だから何故謝られるのか分からなくて、急に真剣に―――どこか沈んだ様子のアスランを
 不思議そうな顔で見上げた。
「婚約のこと、黙っていたのは悪かった。」
 あぁ、そういえば。そのことで自分達は長いこと口を利いていなかったのだ。
 アスランはずっと気にしていたのだろうか。
 まだそのことで怒っていると思っていたのだろうか。
 ただ意地を張っていただけで、しかもさっきのことですっかり忘れていたカガリは途端申
 し訳ない気持ちになった。
「あのな、アスラ」
「でも… できることなら知られたくなかったんだ。」
 それはやっぱり仲間外れということだろうか。
 けれどアスランの表情から考えるとそれは違うようで。
「なんで?」
「なんで、って……」
 直球の問いかけに 彼の視線が戸惑うように揺れる。
「それは…」
 よほど言いにくいことなのか、言葉を探しあぐねているようで。
 すごく困った顔をしていた。

「―――良いよ、もう。」
 諦めとは違うけれど。
 これ以上聞くとアスランはもっと困った顔をする。
 カガリの言葉に息を詰めた彼の負担を軽くしようと笑ってみせた。
「今度から絶対隠しごとしないなら。それで良い。」
 すると今度は何故かすまなそうな顔をされる。
 今回のことはよほど堪えたみたいで、今も罪悪感でいっぱいになってるんだろう。
 でもカガリはもう怒っていないし、そんな顔をされるのは本意じゃない。
「それとも、それも約束できないのか?」
「そんなことはない!! ―――約束する。もうカガリに隠し事はしない。」
 即座に返事をした彼はカガリが驚くほどどこか一生懸命だった。
「分かった。」
 笑ってカガリが答えると 今度こそホッとした顔をされて。
 そして、彼相手に3日以上の喧嘩は止めておこうと その時彼女は誓ったのだった。









「あれ? 仲直りしたんだ。」
 2人で話しながら職員室から戻ってきたら 教室の前でばったりキラと会う。
 見ただけでキラには自分達がどうなったかすぐに分かったようで、本当に嬉しそうに笑っ
 て言った。
「キラ。お前 どこに行ってたんだ?」
「ラクスと話してたんだ。」
 言われて見れば彼の隣にはふんわり笑ったラクスが立っていて。
 いつの間にそんな仲になったんだろうとは思ったけれど、キラとも最近別行動だったから
 その間に仲良くなったんだろうと思えば納得できた。
「何を?」
「いろいろ。この学校のこととか今度の文化祭のこととかね。」

 ―――ソレはアスランが話すことじゃないのか?

 疑問に思ったのはどうやらカガリだけらしい。
 ちらりと自分の隣に立つアスランを見上げてみたけれど、彼は特に何も感じていない様子
 でただ"そうか"としか言わなかった。

 …それともう1つ、ラクスのキラへ向ける視線が何となく気になる。
 見ているこっちが赤面してしまいそうになる、あれは一体なんなのだろう。
 それが恋する少女の顔だなんて そちらの方面に疎いカガリは気づかない。

 自分が感じるモノの正体が何なのか分からなくて、内心首を傾げるしかなかった。







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下敷きになって助けるんじゃなくて腰を引いて助けるの☆
私の(アスランへの)夢をつぎ込んだお気に入りシーンのひとつです。




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