第5話 − 2度目の初恋
強い風がラクスの髪を浚う。
顔にまでかかってしまう長いそれを片手で押さえて、彼女は前にいる相手を見据えた。
屋上を選んだのは、ここなら滅多に人が来ないと聞いたからだ。
あまり、他人には聞いて欲しくない話だったから。
「―――キラ。」
彼もまた邪魔そうに 濃茶の髪を払いのけている。
今日はいつになく風が強く、彼も早く戻りたいと言いたげな表情だ。
けれどラクスが聞きたいことはひとつだけ。
だから長い話にはならないと言い置いて、ラクスは直球で質問を投げかけた。
これを確認しなければ次に取るべき行動も決まらない。
「…あのお2人はお付き合いを?」
ラクスの問いからキラが反応を示すまで数秒の間があった。
時が止まったようなその数秒の後、彼は何とも複雑な顔をして空へと視線を泳がせる。
「あー…やっぱりそう思うよね。正しくは直前って感じかな。」
誰のことを言っているのか キラは正確に理解したようだった。
彼に最も近しい、そして大切に思っているだろう2人のこと。
それに気づくのはキラが常に気にかけているからだろう。
「あの2人 両思いではあるんだ。あとはアスランがもっとはっきりして、カガリが素直に
なればだったんだけど。」
彼の表情に陰りが差す。
今の2人の状況に心を痛めているように見えた。
きっと、ゆっくりと少しずつ進んできた恋だったのだろう。
近過ぎる距離の中で無自覚に育ったもの。
もう少しで花開くはずだったそれに影を落としてしまったのは、、
「…私との婚約で、ですわね。」
キラにつられてラクスの表情も僅かに曇る。
もう少しで上手くいくはずだった関係をこじらせてしまった。
"私"という存在のせいで。
「ごめんね、君のせいじゃないのに。いい気はしないよね?」
ラクスの小さな表情の変化をどうとらえたのか、彼はすまなそうな顔で謝ってくる。
それが本意ではなかったラクスは驚いて首を振った。
「私は気にしておりませんから。……キラはお2人を応援してらしたのですね。」
「うん。ずっと見てきたわけだし。見てる方がもどかしくなるくらいでね、けしかけたり
もしたんだよ。」
見守り続けてきたキラにもラクスの登場は予想外だったに違いない。
彼を困らせているのが自分だということ、それがラクスはとても嫌だった。
自分は常にこの人の味方で在りたいのに。
「―――私も協力したいですわ。」
思ったままにそう告げれば、当たり前だけれど驚かれた。
「カガリさんとも仲良くなりたいのです。」
その理由は本心でもあるけれど、ほんの少しだけ口実も混じっている。
彼女とも "貴方"とも、私は仲良くなりたい。
「…えーと、だってラクスさんは」
「ラクス、ですわ。」
未だ余所余所しい呼び方をする彼に人差し指を立てて訂正すると あ、ごめん。と反射的
に謝られて。
思わず笑えば 違う、そうじゃなくて、と慌てて頭を振られる。
こんなにくるくる表情が変わる人なんだと初めて知って、なんだか嬉しくなった。
「ってだから、君はアスランの婚約者でしょう? その君が協力してどうするの。」
確かに自分の婚約者と自分以外の女性との仲を応援しようなんて ハタから見れば奇妙な
構図だ。
彼が言うことは最もだ。けれど。
「あら。私は結婚相手くらい自分で見つけますわ。政略なんて冗談ではありません。」
自分は親や政治の駒ではないのだ と。
ラクスはすっと背筋を伸ばしたまま、自分の意志をきっぱりと告げた。
「―――意外。」
一瞬呆けた顔をしたキラは数回瞬いた後 呟いた言葉とともに表情を緩める。
そして何やらツボにはまったらしく おかしそうにくすくすと笑い出した。
「癒しの歌姫からこんな男らしい発言を聞くとは思わなかった。」
「え?」
「あまりにイメージと違ってたから。」
……それは彼が持つ"ラクス・クライン"のイメージと違うということだろうか。
綺麗なお人形のような人だと、以前誰かに言われた。
そして思った通りの人だったと、本当の私を知らないままで言ったその人のことは一切覚
えていない。
けれど言われたその言葉だけは忘れられずにいて。
ならばもし、静かに微笑むだけではない私を知ったなら、その人はどう思うのだろうと。
現実の"ラクス"を見て幻滅するのだろうか。
いくつか上の共演者が昔の彼氏のことを愚痴っていた時の内容と同じように。
彼も、そうなのだろうか…?
「…おかしいですか?」
イメージを押し付けられたと怒りを感じるよりも そちらの不安が先に立つ。
表情には出さないけれど内心おそるおそる尋ねると、彼はふんわりと微笑んだ。
「ううん。僕は好きだよ。」
「っ」
他意もない何気ない一言なのに 瞬間心臓がはねた。
告白されたわけでもない。彼はただラクスの質問に答えただけ。
なのに顔は熱くて 高鳴る心臓が痛い。
「僕はむしろそっちの方が君らしいと思うよ。」
「……ありがとう、ございます。」
今はそれしか言えなかった。
「―――じゃあ早速協力してくれないかな?」
ラクスの気持ちを一切知らない様子で彼が一歩近づく。
彼の心はもうここではなく 大切な人達の方へ向けられてしまった。
「仲直りの方はアスランに頑張ってもらうしかないとして。実はもうすぐ文化祭なんだ。
どうにか進展させられないかなって…」
彼の話を聞きながらそれは仕方のないことだと諦める。
彼らと自分とでは過ごしてきた時間の長さも親密度も違うのだから。
それに彼の中で自分の存在は親友の婚約者で、そういう意味では周りの女子以上に不利。
けれど そうでないならば。
友達としてなら貴方の近くにいられる。
「では、一緒に作戦を練りましょう?」
「うん。」
今はまだこの想いは届かなくても良い
これ以上は何も望まない
だから、
どうか 貴方の隣にいさせてください―――
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乙女なのは 14歳ですから…!(逃げ)
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