第4話 − 意地とタイミングの難しさ
それから何の進展もなく数日が過ぎて。
朝の登校時間、黒塗りの高級車が門の前にぴたりとつけられた。
元々良家の子女が多く通う学園、そこまではたまに見られる光景だったからちらりと振り
返る程度のものだ。
―――が、しかし。それは普段ならの話。
後部座席から"彼"が現れると、途端人々の足が止まり そこに注目が集まった。
現れたのは その容姿だけでなく成績その他も含めて目立つ有名人の中の1人で、さらに
学園でも五指に入る名家の子息、アスラン・ザラ。
運が良いと女生徒達の歓声が上がる。
そして、そのまま閉められると思われたドアの方をアスランは何故か振り返り、一言何か
を告げて手を差し出した。
重ねられるのは女性の細く白い手、地につけられた脚もまた雪のように白い。
多くの視線の中降りたった少女はアクアマリンの瞳を柔らかく細め、アスランにふわりと
微笑みかける。
『ラクス・クライン…!?』
彼にエスコートされて出てきた人物に 今度こそ、ほぼ全校生徒の視線が向けられること
になった。
「アスラン・ザラとラクス・クラインが一緒に登校してきたぞ…!?」
「さすがはロイヤルカップル。絵になるわね。」
生徒達のざわめきには驚きの声と感嘆の声が混じる。
そんな中、偶然にも2人の仲睦まじい様子を見てしまったカガリは胸の痛みに耐え切れず
無意識にシャツの合わせを強く握りしめた。
なんで、、
2人が婚約者同士だということは分かっている。
だから2人が一緒に登校してきても不自然ではないし むしろ当然のこととも言える。
頭では分かっている。
でも、心はそうはいかなくて。
…ずっと、3人一緒だったのに……
「遠い な……」
自分の言葉に再び心が痛む。
片手だけじゃ抑えきれなくて 鞄を持つ手にも力を込めた。
「―――見たくないなら朝練でもしたらどうかな。」
「キラっ」
がばりと振り返ると キラがひらひらと手を振る。
あまりにちょうど良いタイミングに目を潤ませた涙も引っ込んだ。
「これから毎日続くよ、これ。」
演出なんだって と、キラはさらりと言ってくるけれど、それを聞いたカガリの機嫌は再
び急速に傾く。
「…何でそんなこと知ってるんだ。」
「昨日聞いたんだ。誰かさんは絶交中で話聞かないから知らないだろうけど。」
「……」
2人が喧嘩した時 キラはどちらの味方もしてくれない。
自分にばかり冷たいのかと思ったら、後で聞けばアスランにも同じような態度らしい。
「先に原因作ったのはあっちだ…」
「で、話すタイミングが掴めないんだよね。」
反論してみたもののあっさり図星を突かれて何も言えなくなる。
絶交宣言をしてからこんなに長く話さないのは初めてのことで、意地になってしまった自
分はどう接すれば良いのかも分らなくなった。
そうしているうちにアスランは遠くなってしまって。
後悔しても今更で。
沈んでいく気持ちをどうにもできないでいると、血の気が引いて白くなっていた手をキラ
が優しくシャツから剥がしてくれた。
「朝練どうする? やるなら僕も付き合うけど。」
その手を包み込んでにこりと微笑んでくる。
おそらく素でやってるコレがオンナが切れない要因なんだろうなーと思いつつ。
「〜〜〜 キラ 大好きだっ!」
自分も甘えてしまおうと彼にギュッと抱きついた。
「うん、僕も。カガリが1番大事だよ。」
いつものこととキラも特に気に止めず ポンポンと回した腕で背中を叩いてくれる。
その気持ち良さに落ち着いてきたところで、後ろから声をかけられた。
「…朝っぱらからいちゃつくな。また誤解されるぞ。」
隣にラクスをつれたアスランが呆れた声で言ってくる。
カガリが振り向かない代わりにキラが顔を上げた。
「双子なんだから別に良いと思うけどな。」
「知らない人間の方が多いだろう。」
「ま、そうなんだけどね。」
そう言ってキラは回していた手を離すが、カガリはキラの首にしがみついたまま。
けれど "絶交"中の彼女が素直に聞くはずもないと思ったのか、アスランは1つ息を吐い
ただけで彼女には何も言わなかった。
「…お二人はごきょうだいだったのですね。」
何も言わずにアスランの隣にいたラクスがポツリと呟く。
それはどこかホッとした響きを持っていたのだが、気づいたのは1番近くにいたアスラン
だけだった。
(ラクス…?)
「あら…? ですが 確かファミリーネームが…」
「…っ……」
カガリが身を固くしているのに気づいたキラは 護るように彼女の頭を抱きこむ。
「―――僕達 事故で両親とも死んじゃって。別々の家に引き取られてるんだ。」
「すみません…」
失言だったと申し訳なさそうな顔をする彼女にキラは大丈夫と明るく笑いかけた。
「気にしないで良いよ。家は違ってもこうして一緒にいられるから。」
カガリの反応はそのことに対してではなかったのだし。
ただ、カガリは"彼女の声"に反応しただけで。
「……キラ。」
腕の中のカガリが小さく名前を呼ぶ。
「あ、そうだね。じゃあちょっと先に行くね。」
その一言ですべてを察したキラは2人に手を振ると 仲良く手を繋いで校舎の中に入って
しまった。
「キラ? カガリっ?」
置いてけぼりをくらったアスランが慌てて呼んでも2人には届かない。
逃げられないからあるいはと僅かに期待したけれど まだ絶交期間は継続中のようだ。
「…どうやら私はカガリさんに嫌われてしまったみたいですわね。」
その横で 察したラクスがふぅ、と溜め息をつく。
「えっ? 何故カガリが貴女を??」
「……それは自分で考えられてください。」
「??」
分からないのはアスラン1人。
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カガリちゃんまで乙女化してしまっています…(汗)
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