第2話 − 思い出は私だけのもの



 婚約のことは当然学園内にも広まっていて、ラクスの校内案内を任されたのは当然アスラ
 ンだった。
 どこへ行っても好奇の目に晒され アスランは居心地が悪そうだったが、ラクスの方は人
 より見られることに慣れているおかげでさほど気にはならない。

 ―――それにしても、と、ラクスは隣に並んでいる婚約者を見上げた。


 休み時間と昼休みをかけて校内をまわる間ずっと観察していたけれど、歩く早さ、道順の
 選択、簡潔に要点だけをまとめた説明、どれを取っても彼は完璧だ。
 取り留めのない会話のようなものはあまり得意ではないようだけれど、気を遣ってもらっ
 ている分だけ不快感は感じない。
 ―――そう。おおよそ欠点が見つからない彼は今までのように断るわけにもいかず婚約す
 るまできてしまったのだ。
 そして今 さらに完璧さを目の当たりにして、ラクスはこっそり溜め息を零した。



「一応校舎内はこれで一通りですが、他に何か知りたいことはありますか?」
 ふと彼が立ち止まって尋ねてくるのに ラクスはしばし考える。
 普段使う所を重点的に見せてもらって、よほどの珍事がない限りは不自由しないだけの知
 識を得た。
 後はおいおい、慣れてから覚えても大丈夫だろう。

「いえ、じゅうぶ―――」
 答えようとした言葉が不自然に途切れる。
 ふと巡らせた視線の先にいた自販機前の男女がこちらを振り向き 思わずその2人と目が
 合った。
 少年はにこりと微笑んだ後 視線を隣に移してアスランに軽く手を振るが、少女の方はす
 ぐに背を向けていなくなる。
 それを苦笑いで見送った彼はこちらへと早足でやってきた。





「もう粗方終わり?」
「ああ。」
 彼に声をかけられた瞬間、アスランの雰囲気が変わる。
 付き合いがかなり長いのだろう。心を許している、そんな気安い間柄だということはすぐ
 に分かった。
 同時に羨ましいと思う。幼い頃から歌を歌いプロとして生きてきたラクスにはそんな相手
 を見つける時間も、そして環境もなかったから。
 それに後悔はしていないけれど、でも、自分にもそんな相手がいたのなら… 世界はもっ
 と違って見えたかもしれない、と。

「校舎の方はな。外の方は放課後にしようかと、」
「……アスラン?」
 急に置いて行かれたような気がして問いかければ、彼は思い出したようにラクスの方を振
 り返った。
「―――そういえば まだ紹介していませんでしたね。」
 そう言ってからアスランは少し身体を引いてラクスと彼を向かい合わせるようにする。


 さらりと風に流される大地色の髪、一瞬女性と見間違えそうになるのは その大きな瞳と
 柔らかな雰囲気のせいだろう。
 普段のように笑顔を作ろうとしたラクスは 不意に彼とダブった人影に息を詰めた。

『ね、一緒にいようよ。』

 差し出された小さな手、優しい笑顔。
 まさかと思う。そんな偶然が簡単に起こるはずがない。8年も会うことはなかったのに。
 ―――でも彼の澄んだアメジスト色の瞳はそう見れるものじゃなくて。

「ラクス、彼が俺の幼馴染で親友のキラ・ヤマトです。」
 彼女の変化に気づかず アスランが彼のことを教えてくるけれど。
 ラクスは何も言えずただただ立ち尽くすしかなかった。

 鮮明に記憶が甦る。記憶の中でぼやけていた輪郭がはっきりとしたものに変わっていく。
 彼は、今朝見た夢の―――初恋のあの人。
 まさか、こんなところで会えるなんて。


「はじめまして、キラ・ヤマトです。」

 え……?

 驚くラクスをよそに、彼は照れたように笑いながら手を差し出す。
「僕、貴女の歌が大好きなんです。ずっとファンだったんですよ。」


 同じだけれど違う。
 この手は… 私が望んでいたものではなくて。

 …貴方は 覚えていてくださらなかったのですね。

 共有した思い出が大切だったのは私だけ。


「―――はじめまして、キラ様。」
 作った笑顔で彼と手を重ねる。

 小さく痛む胸には気づかないふりをして。
 今にも溢れ出しそうなこの想いには無理やり蓋をした。



 私は 何を期待していたのでしょう…







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少女漫画〜〜
次回更新は未定です。ごめんなさい。(って ここで切るのか!?)



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