第1話 − 夢の中の貴方



『―――大丈夫?』

 濡れてしまった髪をハンカチで拭いてくれた少年がいた。

『君 一人なの? 僕もなんだ。ね、一緒にいようよ。』

 手を繋いで 少し話をして。ダンスの真似事をしたりもして。
 また会えたら良いね、と。
 …それから、その人とは1度も会っていないけれど。




「―――懐かしい夢を見ましたわ…」
 目を開けたそこは見慣れた自分の部屋。
 むくりと起き上がって 柔らかな朝日が差し込む窓を見る。
 どうやら今日の天気は晴れらしい。

 幼い頃の思い出。
 もう 名前も思い出せない少年との、色褪せた記憶。
 思えばあれが自分の初恋だったのだけれど。

 …それから今も消えずにある この温かな想いはまだ恋と呼べるのだろうか。


 彼との思い出に唯一残されたものは1枚のハンカチ。
 枕元に置いていたそれを手に取り、ラクスは眺めて微笑む。


「貴方は今 どこにいらっしゃるのでしょうね。」














 AA学園中等部 2年A組の朝は、今日も変わらず平穏に過ぎている。
 少し騒がしい教室の様子もいつもと同じで何の変わり映えもしない。
 これから何が起こるかなど誰も知りはしなかった。


「……あれ? まだケンカしてるの?」
 キラが教室に入ったのは始業5分前。
 真っすぐに先に来ていた親友の席に向かって、今日もまた遠く離れた2人の距離を交互に
 見るときょとんとして言った。
 実はこの状態はかれこれ1週間以上続いている。
「喧嘩じゃない! カガリが口をきいてくれないだけだ!」
「同じじゃないか。」
 アスランの反論はさっくり切り返されてしまって、うっと言葉に詰まる。
 そのまま溜め息までついて凹んだアスランがさすがにキラも可哀想になって それ以上責
 めるのは止めた。
「…でも、カガリの気持ちも分かるよ。君が婚約してるなんて発表されるまで知らなかっ
 たんだから。」


 今のこの状態はつい先日発表されたアスランの婚約が原因だった。
 相手は世界的に有名な歌姫のラクス・クライン。
 そんな彼女の婚約とあってマスコミから大々的に報道されてしまったのだ。

 問題は、その時まで婚約のことをカガリが知らなかったこと。
 キラはもちろん知っていた。それこそアスラン本人から相談を受けていたから。
 でも カガリには知らせないままで。
 そして。ずっと一緒にいたのに教えなかったこと、隠し事をされたことに彼女は激怒した
 のだった。


「言えなかったんだ。普通言えるか?」
「まあね。好きな女の子に平気な顔をして別の子と婚約したなんて言えないよね。」
 明らかに政略だと分かっていても、言いたくないものは言いたくない。
 それが恋人ならまだしも 相手は片想いの相手だ。
 ふーん、なんて普通に流されたりしたら立ち直れない。
 …結果は彼女を怒らせてしまったのだからあまり変わらないのだが。




「HR始めるわよー 席に着きなさーい。」
 ガラリと開いた前の扉から担任が入ってきて声を張り上げるとみんな慌てて動き出す。
 キラもまた後でと言って窓側の自分の席に戻って行った。






「―――今日は転校生を紹介します。」
 教壇に立って周囲を一瞥した栗髪の女性教師は次ににこりと微笑むと、ドアの向こうの相
 手に入ってくるようにと促す。
 ざわざわと騒がしくなる教室。
 しかし、入ってきた少女を見た瞬間に、ざわめきはどよめきに変わった。

 彼女を知らぬ者はいないというほど有名な、
 特別な色彩と 何人も真似できない独特の雰囲気を持った その少女。

「な――――…っ!」
 アスランは言葉を失くし、彼女を凝視したまま固まってしまう。
 まさかこんな事態が起こるなんて、一体誰が想像しただろう。
 そんな彼と目が合った桃色の髪の美少女は にこりと微笑んだ。


「ラクス・クラインですわ。よろしくお願いします。」







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やっぱりここまででしょう。そんなわけで過去編ですー
一応主人公はラクス、なんですけど。視点は入り乱れ予定。



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