第8話 − 囚われの王子(2)



 不法侵入でいろいろ言われるのも困るので、適当な理由をつけて屋敷に入れてもらった。
 アスランやラクスはともかくとしても、婚約者のカガリにフィルゲン家は下手な態度を取れない。

 ご丁寧に応接室に通されてしばらく待つように言われ。
 けれどここまで来たら待つ理由もないと、カガリ達は応接室を飛び出した。





 ハロが跳びはねながら先導する廊下を3人は足早に進む。

 キラとアスランがハロ達に取り付けたのは、2つが互いに呼び合う機能。
 本来はカガリ達が連れて行かれた時に使う予定だったものだが、逆の場合も使えることを アス
 ランは知っていた。


「こちらのようですわ。」
 さっきから人の気配がないことに疑問を覚えつつも、見つかるのもまた厄介なので幸いと思う
 ことにして。
 近くなって来たのか 速くなるハロを見失わないようにただひたすらに走る。


「ハロハロー! …ハロ!?」
 通路の角に消えたハロが、直後に変な声を出した。
 今までと様子が違うのを訝しみつつ彼らも続いて角を曲がる。

「! おまえ…!」

 1番最初に気づいたのはカガリ。
 ハロを掴んだ彼は、目の前に現れたカガリ達に気づくと きょとんとして数度瞬いた。

「―――おや。どうして君達がここに?」
 しかしそれも一瞬のこと。
 ウォルターはハロを手放すと、いつもの調子で 一見どうでも良さそうな態度で問う。
「分かってるくせに聞くな!」
「…カガリ」
 すでに怒気MAXのカガリが掴みかかろうとしたのを制したのはアスラン。
 ウォルターからカガリを守るような形で彼女を止め、次にラクスの方を見やった。
「カガリと先に行ってください。俺は彼と話がしたいことがあるので。」
「アスラン!?」
 驚いたのは言われたラクスではなくカガリの方。
「はい。」
「って、ラクス!?」
 これまたあっさり頷くラクスに再び驚く。
 ラクスのように瞬時に意図を汲めなかったカガリは、2人を交互に見つつ しかし不安で離れら
 れない。
 そんな彼女の気持ちを悟って ラクスが彼女の肩を優しく叩いた。
「行きましょう。今心配するべきなのはキラの方ですわ。」
「でも…」
「俺の話は大したことじゃない。すぐに済むからキラを頼む。」
 アスランからもそう言われてしまってはもう何も言えない。
 それにキラが心配なのは確かだし、キラがなんだかピンチに陥っている気がするのは双子の勘
 だ。
「…分かった。」



 再び放したハロの後を追いかけて2人が走って行って。
 それを追いかけることも誰かを呼ぶこともなく、ただ後ろ姿を見送った彼は アスランの方へと
 向き直った。


「―――話とは?」

 わざわざこの場で呼び止めるのだから"大した"話じゃないわけがない。
 つまりは2人だけで話したいことがあるのだ。

「…聞きたいことがある。」
「どうぞ、なんなりと。」
 拒否されたら無理矢理聞き出そうとしたのだが、彼の返事は承諾だった。
 こちらには都合が良い展開のはずなのに どうも拍子抜けしてしまう。
 未だにこの男はどうにも掴めない。

「君は何故 この婚約に拘るんだ? ヤマト家やアスハ家との結び付きは確かに有益だが、ここま
 で固執する必要はあるのか?」

 物事に対して常に冷静で、逆にいえば興味が浅い。
 ここ1カ月半で得た彼への印象はそんな感じだ。
 一見どうでも良さそうな態度をとるくせに、婚約に関しては一貫した態度をとり続ける。

 不思議に思っていた。
 アマルフィ家でのパーティーの後から兄妹に対する風当たりは強くなっている。
 それは自分達の努力の結果が表れているわけだが、それでも婚約を解消しないのは何故か。

 本来なら理由はひとつだ。
 しかし。

「君が本気でカガリを好きなら別だが、そうも見えない。」

 むしろほとんど興味ないように見える。
 反応を楽しむためにからかうことはあってもそれ以上はない。
 個人的には安心できる部分ではあるが、婚約と矛盾していて謎は深まるばかりで。


「…別に僕は解消しても良いんですよ。」
 実に彼らしく、あっさりと答えが返ってきた。
「要はヴィオラがキラ君と婚約してくれれば。僕としてはそれで良いんですから。」
 つまりは本来の目的はキラの婚約の方で、カガリはその足掛かりだったというわけだ。
 キラの件に関しては単にとばっちりなのだと思っていたが違ったらしい。
「何が目的だ? ヤマト家に何かあるのか?」

 キラのお祖母様がヴィオラとの婚約を率先しているのは前当主の2番目の妹君がフィルゲン家
 に嫁いでいるからだ。
 つまりは彼女が1番固執している血の繋がりの為。
 けれどそれはヤマト家の益であって、彼らの益ではない。
 どう考えても彼らの益が見つからない。


「そんなものじゃありませんよ。もっと、単純で簡単なことです。」
 分からないと眉を寄せるアスランに、ウォルターはふと笑った。


「―――ヴィオラが彼を欲しいと言ったから。ただそれだけのこと。」








 バン!!

「「キラ!」」

 部屋の扉が突然開けられ…というか、蹴破られたような音がして。
 飛び込んできた彼女達に キラは心底驚いて目を丸くした。
「……ラクス? カガリまで一緒に… どうしてここに…?」
「アホか! 攫われたって聞いたから助けに来たに決まってるだろ!?」
 疑問を投げかけるとカガリの怒鳴り声で返ってくる。
 かなり怒っているらしいが、キラが今置かれている状況を理解すると さらに顔色が変わった。

「ってゆーか、何やってんだ お前ら!!」

「…あー… えっと……」

 どう説明したら良いのか。

 男が女に襲われている構図はけっこう間抜けだとは思う。
 …位置が逆でもカガリからは怒りの声が飛んでくるんだろうけど。
 そもそも、説明といっても見たままなのだから説明のしようもない。
 結果それ以上言えることはなくて キラは曖昧に言葉を濁した。


「っ ちょっと、どうしてここまで来れるのよ!?」
 ヴィオラも予想していなかった乱入者に驚きつつ 彼女に負けず劣らず叫び返す。

 扉にはカギがかかっているはずだ。
 それ以外にも、ここに来るまでにはいくつかのロック箇所があったはずなのに。

「……ハロには面白い機能がいろいろ付いてるんだよ。」
 解錠やらエマージェンシー機能が"面白い"の一言で片付けられるのかは疑問だが。
 彼女の肩を掴んで押しのけて、キラは自分も起き上がった。


 重かった腕がやっと解放され "確認"のために軽く手首に触れる。
 けれどそれがまずかったようで、ラクスは手錠が目に入ったらしい。
 小さな呟きと共に雰囲気がさらに硬化したのをキラは感じ取ってしまった。
 コツリと彼女はカガリよりも一歩進み出る。

「―――キラ、今ハロを」
「大丈夫だよ。」
 ラクスに向かってにこりと微笑んで、キラはもう一度手錠に触れた。

 カシャン、、、

 次の瞬間、それは簡単に音を立てて落ちる。

「え―――?」
 目の前の光景が信じられないのか、声を漏らしたヴィオラの表情は固まったままで。
 擦れて少し赤くなった手首を簡単に確認しながら キラは何でもないことのように非常識なこと
 を口にした。
「電子ロックなら外すなんてワケないよ。僕は"電脳の申し子"だから。」

 機械は彼のオトモダチ。
 ハード分野は苦手だが、ソフト面なら彼に敵う者はいない。
 番号を忘れた場合やカギがない場合の "裏"の外し方くらいは常識的に知っている。


「じゃあ、どうして…」
 掠れた声で呟くヴィオラの顔は青に近くて。
 そんな彼女にキラは苦笑って肩を竦めた。
「君と話をしなきゃいけなかったから。」

 抵抗すれば君も黙っていないでしょう? と。
 本当はもう少し話をしなければいけなかったのだけど。
 ラクス達が来たおかげでそんな悠長なことも言ってられなくなったし、なによりラクスの為に
 は外した方が良いと思ったから。

 彼女との話もこれで終わりにする。


「―――ごめんね。僕は君のものにはなれないよ。」
 真っすぐに彼女を見て、言った言葉は おそらく1番彼女が聞きたくなかったもの。
 目に見て分かるほど動揺して震えているけれど、キラは言葉を止めない。
「結婚はできるよ。君がどうしてもと望むならしてあげる。」
「キラ!? お前 なに言っ」
「でも、僕は一生君に触れないし 愛さない。肩書きはあげるけど、他の全てはもう彼女に捧げ
 てしまったから 君にあげることはできないんだ。」

 キラの全てはラクスへ。
 それがさっきの"告白"の"返事"。

 ラクス以外を愛すつもりはないと、それがキラの応えだった。


「だから、ごめんね。」
「謝らないで!」
 最後まで聞く前に、ヴィオラは悲鳴のような叫び声を上げる。
 もう一度言おうとした言葉も拒んで 嫌々と首を振りながら耳すら塞いでしまった。

「嫌よ…っ それを聞いたら私、認めなくちゃならないわ。」
「ヴィオラ…」
 手を伸ばしたキラの手を必死で振り払って、彼女はベッドから逃げるように降りる。

「そんなの嫌!!」



 ―――彼は君のものだよ。

 ウォルターがそう言ったわ。だから彼は私のものよ。

 でも どうして?
 どうしてキラは私に別れを告げようとしているの?

 ねぇ、どうして……っ!?







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ヤバい ついにストック使い切った!(汗)
次回は。どうでも良いはずなのに何故か長くなったアスランとウォルターの会話から。



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