第7話 − 囚われの王子(1)
「…なんっか 不気味だよなぁ。」
放課後の執務の小休憩中に、差し入れの栗羊羹を一口放り込んでカガリがポツンと呟いた。
その言葉に 各々寛いでいた手が止まる。
「何が?」
「ニコルんちのパーティーの日以来さ、あの2人が恐ろしいほどに静かだろ? だから。」
「あぁ。そういえばそうだね。」
キラもカガリも 婚約者に恥をかかせるようなことをしたのだからきっと何か言われると思って
いたのに。
キラは案の定お祖母様に怒られはしたが、ヴィオラは何も言わなかった。
それから10日あまり。
生徒会の方が忙しくなってきたからあまり会えないのもある。
けれど 以前のように校内で絡まれることもないし、学校の外でも1、2回しか会っていない。
言われてみればかなり不気味だ。
カガリが警戒するのも頷ける。
「…そうだね。ラクスとカガリはいつも一緒にいた方が良いね。」
1人 何かの結論に至ったキラがそんなことを言い出して。
「アスラン、ちょっと…」
次に親友と2人で窓側に寄ってこそこそと話し出した。
会話の内容が予想もつかないカガリとラクスは 顔を見合わせ首を傾げる。
いや、だとか だから、だとかいう声が時折聞こえて。
しばらく話し込んだ後に 話がまとまったのかアスランがくるりと振り向いた。
「―――ラクス、少しハロを貸してください。」
その日アスランはハロとトリィを持ち帰り。
キラはカガリに、ラクスと決して離れないことと常に身辺に注意すること、そしてそれは兄妹
から自分の身を守る為だということを説明した。
―― それから5日後の放課後。
「……って、それでキラが攫われてどうする!!」
カガリの怒りの叫びが生徒会室に響く。
アスランが見張りにとキラに付けていた男から連絡が入ったのはついさっき。
カガリが憤ってしまうのも無理はない。
人に散々気を付けろと言っていたキラの方が攫われたのだ。
「…まぁ、予想の範疇内だけどな。」
アスランはそれだけ言って、またパソコンの作業へと戻る。
そのあまりにも落ち着いた態度に、当然だがカガリがプツンと切れた。
「何 余裕ぶっこいてパソコンいじってんだ、お前はぁ!」
「…あのな… 今 予想の範疇だと言っただろう。」
だから落ち着け、と 襟を掴む手を外させる。
この世界のどこに 自分の恋人の首を締め上げる女がいるのかと思うが、それがカガリなので
仕方ない。
実は愛されてないんじゃないかと少しだけ不安に思った気持ちはここでは置いておくとして。
「ハロとトリィに細工した日に、キラといろいろ仮説を立ててみたんだ。」
言い出したのはキラだから、彼も全てを任せっきりにすることはなく。
夜にアスランの部屋で、2人で改造するかたわらに話したのだ。
「…けれどそれは所詮仮説でしかない、と?」
応えたのはカガリではなかった。
見かけ上は常と変わらず、しかし内面はかなり怒りを感じているのだろう。
冷静に事態を見つめつつも、ラクスのその瞳の光はいつになく鋭い。
「そういうことです。だからアイツはわざと攫われた。」
相手の思惑を知るためにはそれが1番手っ取り早いと。
カガリを決して1人にしないようにし、逆にキラ自身の方はわざと隙を見せるようにして。
そうすれば自然と標的になるのはキラだ。
ここまではキラの予想通りの展開になっている。
「とはいえ、このままではキラがどうなるかは分からない。」
あらかた説明し終えると、アスランはくるりとラクスの方を振り向いた。
これからする問いは確認でしかない。
「さて、どうしますか?」
「―――もちろん、助けに行きますわ。」
答えて彼女はにこりと笑った。
「…ここ、は…?」
ふ、と意識が浮上して、やっと焦点が合った視線の先にあるのは見慣れぬ天井。
そこを見慣れた機械鳥が飛んでいる。
「僕 は…?」
身体が沈むような感覚から キラは自分がベッドに寝ていることを知った。
けれど、眠ってしまった前の記憶があやふやで、自分が何故今まで眠っていたのかさえよく分
からない。
まだ朦朧としている頭はなかなか状況を把握してくれなくて。
数回瞬いてやっと、眠る前によく知った顔を見た気がしたことを思い出し、、
「―――キラ。気分はどう?」
その声に疑問がカチリとはまった。
「…ヴィオ ラ……」
寝覚め特有の掠れた声で彼女の名を呟く。
思い出してきた。
数人の男に囲まれて、不意を突かれ 薬を嗅がされて。
最後に見たのが彼女の顔。
…そうだった、僕は彼女に連れ去られたんだ―――
「気分は あんまり… 良くない、かも……」
無理矢理眠らされた為に起こった頭痛を振り払って起き上がる。
案の定軽い目眩がして倒れ込みそうになる身体。
けれど それとは別に、
「……?」
腕に違和感を覚えた。
頭を押さえた右腕がやけに重い。
ジャラ......
「……ぇ…?」
耳元で聞こえた奇妙な音に視線を巡らせ、正体を知ったキラはギクリと身体を強ばらせた。
右手首にはめられた、電子ロック式の手錠。
今聞こえたのは長い鎖が擦れた音で。
その鎖の端を辿ると 先はベッドの柱に繋がれている。
自分の置かれた状況に、そこで初めて驚いた。
「…これは何のマネ?」
さすがにこれは予想外だ。
婚約者の女の子にここまでされるとは思わなかった。
拉致・監禁が犯罪だということくらい彼女だって分かるだろう。
それとも婚約者にならこんなことをしても許されると思っているのだろうか。
…いくら何でもそこまでないだろうと、その考えはすぐに否定したけれど。
手錠を見つめたまま 半ば呆然として聞けば、彼女が笑った気配がして。
「だって、こうでもしないと貴方はいなくなってしまうもの。」
顔を上げると、彼女は今にも泣きそうな顔をして、けれどやっぱり笑っていた。
「君は何がしたいの…?」
繋いでここに留めておいて。
それで何をしようというのだろう。
冷めた表情で彼女を見上げる。
「っだって! どうしたって貴方は私を見てくれないじゃない!!」
傷付いた目をされ、そう叫ばれて。
「…それでこれ…?」
それでもいまいち彼女の行動が理解できないキラには 彼女にかける優しい言葉が見つからない。
なんらかの形で無理矢理連れて来られる可能性は、一応 最悪の場合として考えていた。
だからもしカガリが攫われた時を考えて、保険にハロの改造と そして常にラクスと一緒にいる
ように言ったのだ。
相手がラクスも一緒に連れて行くような、そこまでなりふり構わない可能性も視野に入れて。
結果連れて行かれたのは自分で、ハロ達の出番はなくなったのだけれど。
けれどどちらが連れて行かれた場合でも、何か無理難題な要求でも突き付けて結婚話を進める
とか。
そういう事態を想定していたつもりだ。
こんな事態は予想もしていなかった。
「…ママが言うの。」
ぎしり とスプリングが軋んで、ヴィオラがベッドに乗り上げる。
思わず後ずさるキラの足の間に割り込んで、彼女は膝立ちのまま首に手を回してきた。
「これが男を落とすのに最も有効な方法だって。」
「って、ちょ…っ ヴィオラ!?」
彼女の格好を認識してキラはギクリと強ばる。
今彼女が着ているのは薄い寝着1枚。
彼女が言う"これ"が何を指すかなんて 状況を見ればキラにだって嫌でも分かる。
「ここは誰の邪魔も入らないわ。キラの気が変わるまで、ずっといることもできるのよ?」
「ヴィ…―――ぅわっ!」
寄り添ってくる彼女を押し返そうとして、不覚にもバランスを崩したキラはベッドに倒れ込ん
でしまった。
片手じゃ女の子1人も支えられない自分が情けないと思ったが、今 問題なのはそこじゃない。
「ね、忘れさせてあげる。時間はたっぷりあるもの。」
くすりと どこか艶やかに微笑んで、見下ろす彼女は今までと違う気がした。
頬を優しく撫でる白い手のひら。
肩から零れ落ちる長めの金の髪が影を落として。
驚いて固まっている間に自然と近づいてきた唇を慌てて手で制する。
「まっ、待って…っ!」
「…キラ……」
そんな不満そうな顔されたって、許されることと許されないことが…っ
「君は、本当にそれで良いの?」
とっさに右手で押さえてしまったから手が重い。
でもこの手を放せば僕は彼女を―――ラクスを裏切ることになるから。
「傷を負うのは僕じゃなくて君だ。それにこんな簡単に投げ出して良いものじゃ」
「キラなら構わないわ。私、ずっと貴方が好きだったんだから。」
「…へ…?」
突然の告白。
あっさり言われてキラは逆に戸惑った。
「キラは知らないと思うけど… 10年前のアスハ家のパーティーに私も来てたの。」
10年前…?
あぁ、僕がラクスと出逢った―――…
「ずっと貴方を目で追ってたわ。人見知りが激しくて話しかけれなかったけど… カガリに向け
てたあの笑顔を 私にも向けて欲しいって思ってた。」
「……君も あそこにいたんだ。」
運命って不思議なものだね。
もし10年前のあの日、ヴィオラに先に出会っていたら、
もしくは2年前、ラクスと再会する前に彼女に出会っていたら、
未来は変わっていたかもしれない。
「でも―――」
僕が出逢い 惹かれたのは、薄桃色の天使だったから。
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ちょっと今回長めです。どこで切って良いのか分からなかったから。
てゆーかキラさんの置かれてる状況ってけっこうヤバいんじゃ……(汗)
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