第6話 − 我慢の限界(後)
「あれは一体どういうこと!?」
イザーク達とは別の場所で。
怒りもあらわにそう叫んだのはヴィオラだ。
彼女の視線の先には 割れた人垣からホールの中央へと歩いてきた2組のカップルの姿があった。
そのうちの1人は自分の婚約者で、その隣で微笑んでいるのはもう片方の男性の婚約者。
そしてその彼のお相手は自分の兄の婚約者で。
混乱しそうなほどややこしい構図なのだが、はっきりしているのは 彼の隣にいるのが自分じゃな
いという事実。
それだけじゃなく、自分には1度も見せてくれなかった優しい微笑みを 彼は惜し気もなく彼女に
向けていた。
「どうしてキラがあの女と一緒にいるのよ!」
「―――これはフィルゲンさんトコの。もしかして知らないのか?」
背後からかけられた声に振り返ると、飄々とした感じの男がそこにいた。
年の頃なら20代後半、クセのついた金髪は自分達より少し濃い。
フォーマルな格好を見苦しくなく着崩し 彼は人好きのする笑みを浮かべて近寄ってくる。
知らない顔ではない。
ただ、話したことはないだけで。
「……長いこと外国にいましたので。…それで、何がです?」
ヴィオラの隣にいたウォルターが彼女の代わりに問いかける。
すると彼はニヤリと意地悪く笑った。
「あれは合図なんだ。」
「はい?」
当然 2人は意味が分からないといいたげな反応を返す。
そしてそれは相手をますます面白がらせてしまったようだった。
「普段の組み合わせは婚約者のアスラン・ザラとラクス・クライン、それに 双子のキラ・ヤマト
とカガリ・ユラ・アスハなんだけどな、この時だけはパートナーを交換して出てくるんだよ。」
まだよく分からない。
いつもは余裕のウォルターも珍しくイライラしているようで。
それを隠しもせずに相手を問い詰める。
「出てきて何をするって言うんですか。」
「そりゃもちろんダンスに決まってる。まぁ、聞くより見た方が早いな。」
しかし全く動じた様子もなく、男は答えると視線を巡らせた。
「音もジュールんとこやアマルフィ、エルスマンの息子もか。…これは見物だな。」
音楽が変わったことに気づいて楽団の方を見、さらに面白いといった顔をする。
世界的に有名な天才ピアニストのピアノの音にバイオリンの音色が重ねられ、少し遅れてチェロ
も加わる。
たまにこれにあと2人ほど加わったりするのだが、今日は来ていないようだった。
けれどそれでどこか劣るわけでもなく、音合わせのような短い1曲に周囲は感嘆のため息を漏ら
す。
そして4人が中央に並ぶと、まずは軽いテンポの曲から演奏が始まった。
広いホールの真ん中で踊るのは4人のみ。
しかし会場中の視線を集めても臆することなく、むしろ楽しげにステップを踏んでいる。
曲はニコル達が好きに選んだ曲、そしてダンスは常に4人の即興。
そのはずなのに4人の息はぴったりで その美しさに誰もが思わず息を飲む。
すれ違った後で突然パートナーが入れ替わっていたり、ペアではなく4人で1つの技をやってみ
たり。
次々と展開していくそれは、形式を求めるなら異端と解釈されるだろう。
けれど その型にはまらないところも人気のひとつ。
型にはまらないながらも その華やかさと美しい場面展開が人々を惹きつけて止まないのだ。
波紋が広がるように会場内は静かになり、時折囁き声が聞こえる程度で。
全員が突然始まった―――けれど誰もが心待ちにしていた―――ダンスに魅入っていた。
「何なの、アレ…」
目の前の光景に愕然として、ヴィオラが震えた声で呟く。
「相変わらずだなー さすが。」
その後ろで男は心底感心して 軽く口笛を鳴らした。
兄妹の心の内など全く気にしていない彼の態度を見て ウォルターが睨みつけるが、やっぱり男に
とってはどこ吹く風だ。
自称4人のファンだと言う彼は、傍らで呆れる恋人らしき女性の視線にも臆することなく さらに
はいかにあの組み合わせが適しているかまで語りだした。
「カガリ嬢のスピードについてこれて なおかつリードできる男はそういないんだ。キラでも十分
リードはできるんだが身長が近過ぎてな。それがアスラン相手だとバランスも良いし、派手なア
クションも可能になる。」
確かに、自分と踊っていた時のカガリは多少踊りにくそうにしていた。
今のあのテンポを考えると普通のステップでは遅すぎるのだろう。
ウォルターの どんな時でも客観的に考えてしまう思考が無意識に判断を下す。
「それから、ラクス嬢の方は表現か。アスラン相手だと固くなりがちな表情が キラとだと華やか
さが増すというかな。それにスイッチの切り替えがスムーズだ。急な動きにもキラなら対応でき
るし。」
彼の言うことは正しい。だからこそ余計に悔しいのだ。
納得してしまう己が許せないのか、ヴィオラがぐっと唇を噛みしめた。
「すっかりパーティーの名物で、あの4人が出れば嫌でも場は盛り上がる。わざわざ個人で招待す
るところもあるくらいだ。」
うちもよく世話になっているんだ、と。
まるで自分のことのように誇らしげに彼は語る。
「あれを見ていると、本来のパートナーはこっちじゃないかと思」
「彼の婚約者は私よ!!」
限界だった。
思わず悲鳴のような声でヴィオラが怒鳴る。
幸いホールは誰もが4人のダンスに夢中だった為、彼女の声は聞こえていなかったけれど。
「ムゥ」
さすがに問題があると思ったのか、傍らの栗髪の女性がたしなめるように名を呼んだ。
それで彼も自分の失言に気づいたようで。
「おっと それは失敬。」
しかし 悪いことをしたという意識がないのか、はたまた謝る気がないのか。
軽い調子でそれだけを言う。
…快く思われていないのだろうな、とは思う。
ヴィオラより客観的に捉えている自分は 言葉の裏の感情も彼女より正確に読み取れた。
4人のファンだというのなら、自分達の存在を邪魔に思うのも当然だ。
―――学園でもここでも、見ていて気づいていた。
4人は少しずつではあるが、日々の積み重ねでごく自然に周りに認めさせていたのだ。
それは、婚約したこちらの方が異分子と見られるほどに。
「でも君らも大変だな。これからは必ず比べられるぞ。お嬢ちゃんの場合 せめてカガリ嬢に負け
ない程度にはならないと。」
「…っ!」
再びカッとなって何事か言おうとしたヴィオラの口に指を押し当ててウォルターが黙らせる。
「ご忠告どうも。では失礼します。」
ヴィオラは納得いかない様子だったが、これ以上話していてもヴィオラの機嫌を損ねるだけだ。
一応の礼儀の挨拶をすると 彼女の肩を叩いてその場を離れるよう促した。
「ムゥ。子どもをからかうのは止めなさい。」
兄妹の背中が人込みに消えて行ってから、呆れたように彼女に言われた。
ただ、怒られないのは、彼女もまた彼らのファンであるからだ。
もっとも、彼女―――…マリューの場合 理由はそれだけではないけれど。
「…いやさ。アレがもう見れなくなるかもしれないと思うと残念でな。つい。」
「大人気ないわね。」
その自覚はあるから苦笑いしかできない。
「…世間も認めだしている。」
今回のパーティーでそれを再確認した。
婚約してもなお、4人のダンスは非難されることなく。
逆に称賛される結果に。
それが4人の仲を認めていることを示している。
「覆されるのが時間の問題だから今回のことが起きたんだろう。」
4人とは交流が深いおかげで 今回のことの内情は人より詳しく知ることができた。
最近の世間の評価にアスランの父親が焦りを見せていること、ヤマト家の大奥様が血筋が途絶え
ることを懸念していること。
フィルゲン家との婚約は、本人達の意思を置き去りに様々な大人の思惑が働いている。
そして聡い子ども達は そのことにとうに気づいていた。
……彼らが行動を起こすには、少し遅すぎたのかもしれない。
周囲の目は既に子ども達の味方だ。
「どうなるか。面白くなってきたじゃないか。」
「私は…っ 私が婚約者なのよ…っ」
聞こえてくる感嘆と称賛の声達にヴィオラは唇を噛み締める。
当たり前のように彼らを褒める人達の姿に肩が震えた。
悔しかった。
手に入れたと思っていたから。
やっとここまできたのに。
想って、想い続けてやっと。それなのに。
「―――大丈夫だよ、ヴィオラ。僕がついてる。」
宥めるようにウォルターが頭を撫でる。
優しい兄の優しい言葉。彼はいつだって私の味方。
「彼は君のものだよ。」
…そう、彼はもう私のものよ。
誰にも渡したりはしないんだから。
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ダンスシーンはRealizeのあのシーンが元ネタです。(あそこ大好きです☆)
次回から長い長い最終章(起承転結の「結」の意)です。
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