第5話 − 我慢の限界(前)
この辺で、パーティーと言えばたいていがダンスパーティーだ。
それは上流階級の子息・子女のほとんどが通う彼らの学園の影響が強い。
さらに最近は、ある2組のカップルのおかげでダンスがなければ盛り上がらないとまでになって
きていた。
それが、AA学園高等部 現生徒会役員の4人のことである。
それぞれが実に優れた技術力を持つ4人は、一緒に踊るとその華やかさで一層周りを釘付けにし
てしまう。
最初は内輪だけのものだったそれは 噂が噂を呼び、今では誰もが知るところとなり。
今では主催者に請われて踊るほどにまでなった。
そして 彼らはそのダンスでパーティーを最高に盛り上げるのだ。
―――しかし、今日のパーティーは微妙に盛り上がりに欠けていた。
その4人のうちの2人が近頃婚約し、その婚約者に配慮して踊るのを遠慮している為だ。
それに対して誰もが口に出さないとはいえ、やはり残念そうな様子で 別のパートナーと踊るそ
の双子を見ていた。
2曲目を踊り終えたところで輪から抜け出してしまったカガリの後をキラも追う。
彼女の傍らにはウォルターが、キラの後ろからはヴィオラが付いてくるが キラは既に彼女達を
眼中には入れていない。
「カガリ、大丈夫? 気分悪い?」
支えていたウォルターから掻っ攫うように彼女の肩を抱いて引き離す。
顔を覗き込めば確かに顔色が悪く見えて。
休む? と聞くと、コクりと小さな返事が返ってきた。
「…なら控え室に連れて行きましょう。」
そう言ってカガリに触れようとしたウォルターの手を キラはさりげなく振り払う。
「いえ、僕が連れて行きますから。大丈夫ですよ。」
彼女のことなら自分の方がよく知っている、と。
有無を言わせぬ雰囲気で告げると さっさと彼女を会場の外へ連れ出してしまった。
様子を見ていたアスランとラクスが心配して駆けつけたとき、何故かキラは扉の外にいた。
脇の壁に寄りかかって、2人に気づくとひらひら手を振る。
「カガリが気分悪いって?」
心配そうにアスランが尋ねるのとは逆に キラは少し呆れたような顔。
微妙な反応に疑問を覚えていると、ちらりと扉を見やったキラが1つ ため息をついた。
「…違う。機嫌が悪いんだよ。」
「え?」
ガン!
扉の向こうで何か硬いモノがぶつかった音がして。
驚くアスラン達の隣で キラはもう1度深く息を吐く。
コンコン
「―――カガリ。アスラン達来たから入っても良い?」
音が止んだ。
「もう我慢できん!」
さすがに割れ物には手を出していないようだったが、それでも室内はけっこうな荒れ様だった。
クッションの類は至る所に投げ付けられていて。
さっき当たった音はどうやら彼女の靴らしい。
乱れたカーテンやラグ、さらにソファやテーブルの位置も微妙に変わっていた。
―――もっとも、彼女がここまでできたのはここが彼女達の友人の家で、なおかつこの部屋が
元々4人の為の部屋だったからだ。
そうでなければ いくらキレたカガリでもここまでは暴れない。
立て直したソファにラクスがカガリを座らせ、宥めている間にキラとアスランは一応元の形に片
付ける。
柔らかいクッションが周囲に一つ増える度、カガリも落ち着きを取り戻してきたのか 大人しく
なっていって。
ラグの皺を伸ばす頃にはごめんという呟きが。
そして最後にアスランが靴を履かせてやると、もう何も言わなくなった。
「―――アレ、やろっか。」
悪戯を思いついた子どものような目をしてそれを言い出したのはキラ。
"アレ"が何を指すのかすぐに分かった3人は当然驚いた。
…が、最初に落ち着きを取り戻したのは、さすがといおうか キラの突飛な発想にも1番慣れた
アスランで。
「カガリの機嫌直しにもちょうど良いか。」
彼の提案に笑って同意する。
後は と、女性陣に"やる?"と聞けば、そちらからも良い返事が返ってきた。
備え付けの鏡面台で2人がメイク直しをしている間、特にすることがないキラとアスランは 来
週の生徒会の仕事について窓際で打ち合わせていた。
自分達の問題で最近は忙しかったが、生徒会の方も問題は山積みなのだ。
「……キラ。良いのか?」
それは話の合間の唐突な質問。
けれど、それ以上に言葉を必要としないのは 長年の付き合い故か。
1度瞬いただけで全てを察し、キラは答えににこりと笑った。
「もう2回も踊ったんだし、4人で踊るくらいは良いんじゃない?」
「―――お祖母様 苦手なくせに?」
アスランはさっくり痛いところを突いてくる。
せっかく何でもないように返したのに。
けれど 彼の内情を良く知るアスランにそれは通じなくて、キラは内心で舌打った。
キラは実母の妹夫婦に引き取られた為、養父ハルマとは血が繋がっておらず ヤマト家の血は
一切入っていない。
それだけでヤマト家でのキラの立場は弱くなってしまうのだが、さらにヤマト家で最も権力を持
つ祖母は キラを快く思っていなかった。
それは血の繋がりだけでなく、祖母が養父母の結婚に最後まで反対していたことにも関係する。
理由の1つには 養母カリダの身体のこともあったし、また 出身が中流家庭であったことも理由
になっている。
キラはその血を引いているのだ。そんな子をどうして愛せようか。
キラのあの性格と優秀な成績のおかげで今ではだいぶ認められてきたとはいえ、それでもキラに
はまだ 彼女に逆らえるほどの力はなかった。
「…ラクスとカガリのためだと思えば平気だよ。」
キラはそう言って もう一度微笑ってみせる。
それは本心だ。
後でお祖母様に何を言われるか分かっているけれど、2人の笑顔が見れるならお小言くらい 別
に大したものじゃない。
あの強い瞳で睨まれれば 怯みはするかもしれない。
でもそれも 彼女達のためと思って耐えてみようと思う。
「それに。いくらお祖母様のお気に入りだからって、最近は少し目に余ることが多かったし。」
たまにはこんな経験もするべきだ、と。
キラの言葉には珍しく 棘が見え隠れしていて。
「…何かあったんだな。」
「……あったんだよ………」
アスランへの返答は疲れたため息付きだった。
ただ ついでに聞こうとしたその理由は、カガリから呼ばれたおかげで流れてしまったけれど。
楽団が奏でるオーケストラの生演奏が緩やかにホール内に流れる。
踊っているのが半分、立食用のテーブルにもう半分。
このホールにはかなりの人がいるはずなのに 十分な広さがある為か 特に窮屈には感じない。
人脈と商談と。
気を抜けない場所でもあるが、大多数はそれなりにこのパーティーを楽しんでいた。
…しかし、そうではない者も少数。
ホールの端―――大きな絵が飾られた壁の下で、主催者であるアマルフィ氏の子息と2人の友人
はグラス片手に暇を持て余していた。
若草色の、3人の中では1番年下だと思われる少年がその子息、ニコル。
中央に立つプラチナブロンドの人物がジュール家のイザーク・ジュールで、隣の金髪長身の男性
はディアッカ・エルスマンという。
3人共タイプは違うがかなり整った容姿をしているせいか、女性達の視線は時折そちらに向けら
れる。
しかし、いつもは笑顔で手を振り返すくらいしてくれるディアッカでさえも、今日はたいした反
応を返していなかった。
挨拶回りも一通り済んで 後は自由な時間だというのに、今日は何もする気になれない。
イザークやディアッカなどは早々に切り上げて帰ることもできるのだが、主催者側のニコルはさ
すがにそうすることはできず。
すると2人も帰りにくくなって、結局はずるずると居続けることになってしまった。
その理由が刺激が足りないせいだということは分かっている。
いつもなら何事かをやらかしてくれる4人組が今日は大人し過ぎるのだ。
さらには先程から姿も見えず、今日はもう期待しない方が良いのかもしれないと 半ば諦めかけ
ていたのだが。
「―――奴らが面白いことを始めるようだぞ。」
突然、妙に機嫌を良くした様子でイザークがホールに目を向けた。
少し騒がしくなった辺りにニコルとディアッカも視線を送って、正体を知ると楽しげに笑う。
「今日はやらないって聞いてたのに。」
でも、どこかは期待していた。
特にあの双子が大人しくしているはずがないのだ。
残りの2人はそれを止めるか煽るか。
そして、今回の場合は表情からしても確実に後者の方だろう。
「…俺達も行くか?」
ディアッカがそう促せば、当然とばかりに2人もまた頷いた。
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あまりに長いので前後編です。普通にイザーク達もいるし(笑)
ちなみに次回はオリキャラ双子メインです(死)
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