第3話 − 乙女の戦争



 たった2週間で、1つの学校行事を完遂させるより精神的疲労が貯まっているのはどういうこと
 だろう。

 それは現在の4人全員共通の悩みだった。




 全校生徒に婚約が広まってからというもの、 ヴィオラのアプローチは日々エスカレートしてい
 くようだった。
 事ある毎にキラ、キラ、と彼女が呼ぶものだから、ほんの3日ほどでみんな慣れてしまって。
 今だこの状況に納得がいかないと言っているのはカガリくらいだ。
 アスランとラクスは"表面上"は沈黙を守っている。
 当のキラといえば 戸惑いつつも特に拒絶の態度も取らずにいた。
 その為、彼女の行為は誰にも遮られることなく。

 そして、今日もまた。



「キラ。今日これから買い物へ行きましょう?」
 え、と 固まってしまったキラに、相手は笑顔でさも当然のように腕を取る。
 ラクスに話しかけようとしていた手も彼女に搦め捕られてしまって。
 驚いて彼女を見れば、腕を外れないようにと強く抱き込まれた。
「え、いや、今日は…」
「生徒会の方は何もないと聞きましたわ。」
「あ――……」
 先手を打たれて逃げ道さえ封じられてしまう。

 ぱきんと、小さく何かが折れる音がした。


「―――貴方は。相手の意見も聞かずに強引にお決めになるのが 婚約者の特権とでもお思いなの
 ですか?」

 涼やかな声が教室に響き、シンとその場が静まり返った。
 いつもと違う その状況。
 立ち上がった歌姫は もう一つの彼女の顔でヴィオラと相対する。
「あら。誰よりも優先されるのは当然のことじゃありません? ラクス・クライン。」
 さすがはキラの婚約者に選ばれただけのことはある堂々とした態度で。
 貴方もそうやってきたのでしょう、と。
 目を細めてどこか勝ちを得たように言う彼女に対し、ラクスは常の穏やかさと違う笑みを敷いて
 その恋敵を見返した。
「ですが、私は相手の意志を無視したことはありませんわ。ヴィオラ・フィルゲン。」

 互いに余計なものを寄せ付けないために、アスランと似たやり取りをしたことはある。
 しかし それは相手を困らせるどころか助け出す手段で行ったものだ。
 こんなところで持ち出される謂れはない。


「キラは今日、私と約束をしています。貴方は御自分の婚約者が 約束を守らないような人物だと
 でも?」
「…っ」
 ヴィオラもそれには余裕ぶった笑顔を保てなくなった。
 彼女もきっと 本気でキラを好きなのだ。

 我ながら狡い言い方をしていると思う。
 でも、こちらにもどうしても譲りたくないときがある。

 今日はやっと生徒会の仕事が一段落して、久々に放課後が空いた日だった。
 さらに珍しく自分の方の仕事もない。
 本当は、だからキラを屋敷に招待するつもりで。
 彼女の目をかいくぐって約束していたのに。



「……貴方、アスラン・ザラの婚約者でしょう?」
 彼の腕を離す気配も見せず、不機嫌も露にヴィオラがラクスを睨んだ。
 …もちろん、それで怯むような彼女であるはずはないけれど。
「どうして邪魔をするの? 貴方にはもう決まった人がいるのに。どうして?」
「ヴィオラ…!」
 明らかな攻撃にキラが焦ったような怒ったような声を出す。
「それとこれとは関係ない!」

 ―――キラ…?

 …いつの間に名前で呼び合うようになったの。
 そんなに親しげになっていたの、と。
 喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込む。今は聞けなかった。

「キラ。貴方の婚約者は私でしょう? どうして私よりその女を庇うの。」
 今度はキラの方に向き直って、責めるような眼差しを向ける。
「いずれ他の男と結婚するような… こんな―――」
「ヴィオラっ!!」
 さすがに今度は本気で止めに入った。
 急に大声を出されてびっくりしている彼女を、珍しく怒ったままで見下ろす。
「それ以上言ったらいくら僕でも許さない。」
「…っ キ ラ… だって、私…っ」
 ラクスに対しては強気な態度を取っていたヴィオラも、キラが本気で怒っていることを知ると 
 途端大人しくなった。
 そして泣きそうに見上げてくるのを見ると それ以上言う気は失せたのか、はぁと深い溜め息を
 零す。

「…分かった。今日は君に付き合うから、今の発言は取り消して。」
「っ!?」

 それに驚いたのはラクスだけではない。
 ヴィオラも一瞬ポカンとしていたが、理解すると涙目を満面の笑みに変えた。
「ホント!?」
「だからラクスに謝って。それに、今度あんなこと言ったら次はないからね。」
 どこか冷たい態度だったが、自分が選ばれた嬉しさでいっぱいのヴィオラにはあまり気にするも
 のでもなかったらしい。
 素直にごめんなさいと謝って、愕然としているラクスに頭まで下げる。
 それに対してラクスはといえば、固い声でいえ、と一言返すのがやっとだった。



「―――ごめん、ラクス。」
 少し待つようにヴィオラに言って、キラは彼女の腕から離れラクスに歩み寄る。
 上機嫌の彼女は今度は簡単に手を離した。

「シーゲル様にも言っておいて。埋め合わせは今度しますって。」
 困った顔で 沈んだ彼女に何事かを耳打ちする。
 それにはっとしたように顔を上げた彼女と目が合うと、彼はもう一度ごめんと表情で伝えた。

 それっきり背を向けたキラは もう自分の恋人ではなくなっていて。
 …そこにいるのは、婚約者を演じる知らない男の人だった。


 "彼女の機嫌を損ねちゃ駄目なんだ… 彼女はお祖母様のお気に入りだから―――"

 耳に残ったのは、少し苦しげな彼の声。









「私 今日ほどこのしがらみを恨んだことはありませんわ。」
 結局2人になってしまったお茶会で、不満も露にラクスは香り立つ紅茶のカップをソーサーに
 戻す。
 娘の物珍しい態度に驚きを見せたものの、それを苦笑いに変えて 彼女の父親は娘を見やった。
「…後悔しているのかい?」
 何を、とは言わずとも通じる。
 しかしそれに対してのラクスの返事はNOだった。
「いえ。アスランと婚約しなければキラに再会することもありませんでしたから。会わせてくだ
 さったことに私は感謝していますわ。」


 幼き日に出会った初恋の君。
 迷子の私に手を差し出してくれた優しいあの人。

 次に会えても相手は覚えていないだろうと、残されたハンカチだけを思い出にして。
 アスランとの婚約にも抵抗も感じないほどには諦めていた。

 その、きっともう会うことはないと思っていた彼に。
 再び出会い、また恋に落ちて。
 想いが叶ったあの日の気持ちは一生忘れない。


 ―――今まだ 婚約を解消していないのは家の都合に他ならない。
 しかしキラもカガリもそれには納得していたし、アスランとラクスもその上で本当の恋人を選ん
 でいる。
 それで今まで上手くやってこれた。
 だから不満など微塵もなかった。


「けれど。満足していたはずでしたのに、このような形で思い知らされてしまうと… さすがに辛
 いものがあります…」

 自分達が結ばれるのは難しいと、認められないと。
 言われているような気がして。
 このままでは私達が婚約を解消しても、あちらの方が婚約者と結婚してしまう。
 キラが、彼女と… 自分以外の他の女性と……

 ―――それは嫌!

 今までこんなに不安に思ったことはなかった。
 彼の気持ちも疑ったことはない。

 でも今、初めて焦りが生まれた。
 自分達の関係を根本から揺るがしてしまうような存在を目の当たりにして。



「カガリさんも同じ思いをされたことがあるのでしょうか……」

 今の関係に収まった後で彼女に聞かされた話を不意に思い出した。
 自分がアスランの婚約者となり、今の学園に転校してきた頃のこと。
 今のこれはその時の状況によく似ている と。
 …違うのは、ラクスは婚約者を友人以上には思えなかったが、ヴィオラはキラをちゃんと愛して
 いること。
 あの時よりは確実に自分の方が不利だと思った。


「本当にどうしましょう…」

 思わず漏れた溜息に、父親がびくりとしたことを彼女は知らない。







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ラクス様主人公…? まぁ少女漫画風ですし。



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