第1話 − 嵐の前の静けさ



 ―――私立アークエンジェル学園。

 ここは幼等部から大学院まで揃っているエスカレーター式私立校だ。
 通うのは政治家や巨大企業の、いわゆる将来を有望視された子息・子女ばかり。
 その為、最新の設備とセキュリティにより安全面でもその他の面でも生徒達は大変恵まれており、
 当然学力もトップレベルを誇る。

 一般人にはまさに雲の上の世界。

 そんな学校で、彼らは今日も学園生活を送っている。





 生徒が1番多く登校してくる時間、
 明るく交わされる挨拶でざわめく正門前。

 そこに1台の黒塗りのリムジンがゆったりとした動作で横付けされる。

 途端、ぴたりとその周囲の人々が止まった。
 俄かに今までとは違う響きで騒がしくなる生徒達の様子は、どことなく期待と緊張に包まれている
 ようだ。

 ―――それもそのはず。
 いつも決まってこの時間にやってくるそれは、"1番多く 生徒が登校する"理由の1つ。


 学園でも最高クラスの家柄と、そして知名度を持つ人物を間近で見ることができる 数少ないチャ
 ンスなのだから。



 運転手の手で後部座席のドアが開けられ 颯爽と現れた姿に女生徒達の歓声があがる。

 人々の視線を一身に受ける、その彼の正体は現高等部生徒会長、アスラン・ザラ。

 闇色の髪にエメラルドグリーンの瞳。色白で整った顔立ちは、しかし 女性らしくは不思議と見え
 ない。
 彼は学校創設以来と言われるほどの秀才で さらにスポーツもそつなくこなす、まさに非の打ちど
 ころのない完璧な人物だ。
 将来は大物政治家である父の跡を継いでこの国を支える一人になるだろうと すでに世間から期待
 されている。そして、本人はそれを重荷に感じることもなく見事に応えていた。


 アスランは周囲の騒ぎを気に止めた様子もなく、すぐに振り返って車の中へと手を差し出した。
 するとその手に細く白い手が乗せられる。
 続いて見えた地に付く足もすらりと長く、彼に導かれるまま優雅な動作で1人の少女が現れた。

 彼女の名はラクス・クライン。

 腰まで伸ばした豊かな桃色の髪、そして深く澄んだ瞳の色はアクアマリン。
 誰もが見惚れる美少女である彼女だが、本人はその穏やかな雰囲気とは裏腹に 強い意志と決断力
 を持つ。
 彼女はアスランの婚約者にして美しい癒しの歌声を持つトップアイドル。さらには生徒会副会長で
 もある。


 2人は世間的に認められた婚約者同士。
 彼らを包む空気に周りは見惚れるのみで誰も近づけない。
 まさに理想のカップルで、その仲睦まじさを世間の人々は疑わない。

 ―――けれど、学園内ではそれは通じないものとなっていた。




 他生徒の視線を受けながら、アスランとラクスは前を行く もう一組の"注目の的"に声をかける。

「おはよう。」
「おはようございます。」

「「おはよう!」」

 見事にハモった二重奏。
 同じ顔が笑顔で振り返って立ち止まった。


 向かって右側の 片割れの名はキラ・ヤマト。

 濃い茶の髪にアメジスト色の瞳をたたえた 一見少女と見まごうような少年は、生徒会ではラクス
 と同じく副会長を務める 見かけによらず多彩な人物だ。
 特に彼のプログラミング能力は世界でもトップレベルを誇り、軍事機密レベルの依頼も個人で受け
 ることがあるという噂。
 誰からも好かれる穏やかな性格をしており、実は当初生徒会長に推されたのは彼の方だったという
 話もある。


 その隣、黄金の髪色に琥珀色の瞳を持つ少女はカガリ・ユラ・アスハという。

 彼女は大人顔負けのスピードとセンスで、中・高共に現女子100m走記録保持者の陸上選手。
 さらには趣味であらゆるスポーツをも会得し、各部からの助っ人も請け負うほど。その実力は並の
 男子が敵うところではない。
 掛け持ちしている生徒会では書記・会計を務めている。


 姓は違うが この2人は正真正銘の双子だ。
 幼い頃事故で両親を亡くした姉弟は、その後別々の家に引き取られた。
 キラは母の妹夫婦に、カガリは父の親族に。
 …とはいっても、2人を引き取った両家の仲が良かったおかげで2人はよく一緒に遊ぶことができ
 たし、 今も同じ学校にこうして通わせてもらっている。

 仲が良すぎてたまに周囲に誤解されることもあるが それを本人達は特に気にしていない。



 キラとアスランは物心ついた頃からの親友、それにカガリが加わって幼馴染3人組。
 今はさらにラクスが入って学園内でも有名なほど仲が良い4人だ。

 キラがカガリとの間を開けるとそこにラクスが自然と入り、いつもの4人の並びとなる。
 女性が真ん中で両脇に男性陣、つまりアスラン、カガリ、ラクス、キラの順。


 "これ"が学園内で婚約者という言葉が通じない理由。
 世間一般的にはアスランとラクスが婚約しているが、実際恋人同士なのはアスランとカガリ、そし
 てキラとラクスの方で。

 そのことは学園内では公然と認められていた。



「今日の予定って何かあったか?」
 カガリが聞けば、

「中等部生徒会とのお茶会が入ってるはずだが。」
 アスランがすらりと答える。

「まぁ。それは楽しみですわね。」
 それにラクスが手を叩いて賛同し、

「そっか。前回ラクスはお仕事で参加できなかったもんね。」
 キラが良かったねと微笑みかけた。



 何げない会話で盛り上がる。
 変わるはずのない平穏な日常。

 そこに嵐が到来したのは、それからわずか1週間後のことだった。







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とりあえず序章。自己紹介という感じで。



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