12. But, you love me. (2)



 ―――目が合った瞬間に、浮かんだのは恐怖の色だった。


「アス…っ」
 ガタンッと立ち上がった勢いで椅子が揺れる。
 あからさまに逃げる体勢を取ったキラをそれ以上刺激しないよう 少し間を置いて立ち止まった。
 デスクに体重を預け半分腰掛ける姿勢になったキラと、さらにベッドを挟んで対峙する。

「……ラクスが通したの?」
「ああ。」
 即答に近く頷けば、信じられないというような顔をした。
 けれどアスランの様子から嘘じゃないことが分かったのかそれ以上の言及はなく。
 ただ小さく、どうして という呟きが聞こえた。

「…アスランは、ここに何しに来たの?」
 机の縁を握りしめる手が震えている。
 きっと分かってはいるのだろう。
 それでも聞いてしまうのは、まだ望みを捨て切れないからか。

 だが、こちらもその望みを叶えてやるつもりは毛頭ない。


「―――あの日の返事を聞きに来た。」


 予想通りであろう言葉を、逃げること許さない口調で告げた。



「…… 返事って、何の…?」
 ぎこちない笑みで、震えを抑え込むような声音で。
 動揺を押し隠そうとしているのがよく分かる。
 知らないフリをしていることなど一目瞭然。
 目の前にいて俺がキラの"嘘"を見抜けないなんて、絶対にあり得ないのだから。

「それで誤魔化せると思うなよ。それとも言った方が良いか?」
 それはキラと正反対に余裕が窺える不敵な微笑み。
「っ!」
 さらに言葉を続けようとした彼を阻もうと、キラは手近にあった本を掴んで力任せに投げつけた。
 当たればただでは済まない分厚さだが、今はそれを構う余裕もないようで。
 しかしアスランはそれを難無く避け、本は後ろの扉に当たって鈍い音がした。


「…お前がラクスを選んだから俺は何も言わなかった。だがお前の気持ちを知った今は違う。」
 びくりと、キラの肩が震える。
 一歩近づくとさらに怯えるように身を引いた。
「―――何がそんなに怖いんだ?」
 俺か? なんて言ってみせれば否定とも肯定とも取れない反応を返されて。
 どちらでも構わないから特に気にせずベッドを通り過ぎ、足が竦んで動けないのか表情を硬くし
 ていくキラに歩み寄る。


「キラ」
 自分を真っ直ぐに見続けるキラを自分も逸らさず見続けて。
 けれど、触れようとした瞬間に大きく震えたキラは その手を振り払った。

「っ君にはカガリがいるだろう!?」
 痺れた手を横目で見つつ、キラに視線を戻せば今にも泣きそうに顔を歪めている。
 それで睨まれても浮かぶのは穏やかな笑みだけだ。
 もうキラの気持ちを疑えなかったから。

「カガリとは別れた。…いや あれは振られた、か。」
「なっ…!?」
 よほど信じられないのか、目を大きく見開いてキラがこちらを凝視する。
「彼女はキラと幸せになれって、背中を押してくれたよ。」
「…っ」
 今度は触れても振り払われはしなかった。
 けれど代わりに俯かれてしまう。

「どうして今更…!? 僕はラクスを選んでしまったのに! だから もう…っ」
「―――キラ、」
 頬を両手で包んで顔を上げさせると、その瞳は涙で潤んでいた。

 キラの中にも葛藤があるのだろうことは分かる。
 でも 今は待ってあげられない。


「だが――― お前は俺が好きなんだろう?」


「〜〜〜っ!?」
 途端 キラの顔が真っ赤に染まった。
 言葉をなくしたキラにさらに優しく微笑む。

「俺は、キラを心から愛してるよ。」


 それは、2度目の告白。


 震えた唇で 声にならない声を聞いた。


「い や…っ アス―――…」
 次に聞こえたのは、動かない首を必死に振って掠れた声で返される否定の言葉。
「…キラ」
「っ」
 熱を含んだ声にキラの身体がさらに強ばる。
 顔は赤いくせに見上げる瞳は揺れて、どこか怯えているような。
「やめ て… お願い、だか ら……」
 そして、大きな瞳を潤ませて 懇願される言葉は拒絶。

 ―――このお人好し。

 思わず心の中で毒づいた。



「―――キラ。心に嘘をついても誰も幸せになれない。」
 コツンと額を合わせて 言い聞かせるような口調で。
 あまりの至近距離に驚いたのか、身を引きそうになったキラの髪に指を絡め 逃がさないように
 する。
「だから俺はカガリと別れたし それを後悔もしていない。」

 キラが幸せならと離れたのに それがキラを不幸にしていて。
 そんなの おかしいじゃないか。

「他人のことも全部抜きにして。"キラ"自身の気持ちは?」
「僕、の…」
「そう。キラは誰といたいんだ?」


 俺は キラといたい―――

 その言葉は飲み込んだ。
 言わなくても覗き込んだ瞳で伝わるだろうから。


 翡翠と紫水晶がぶつかる。
 表情が分からないほど近い距離。

 分かるのはその深く美しい色彩のみ。




「…あす らん……」


 吐息のように呼ばれた。 


「僕はアスランの傍にいたい―――」


 腕が首に回され、唇が軽く触れて離れる。
 もちろん逃がす気はなくて 頭を引き寄せて今度はこちらから唇を塞いだ。



 やっと 手に入れた―――






「…どうして、君なんだろうね…… 君も、どうして僕なんだろう―――…」
 息が乱れて キラが自力で立っていられなくなるほど長いキスの後。
 抱きしめた腕の中でキラがぽつんと呟いた。

 
 優しいキラは置いてきてしまった少女達のことを思っているのだろう。
 お互い彼女達を好きになっていれば 誰も傷付かずに済んだはず。

 …けれど、俺はキラを求めて キラも俺を求めてしまった。
 それは変えようもない事実。
 この想いは誤魔化せない。


「―――出会ってしまったから。仕方ないだろう?」
 そう答えて。
 不満なのか?と聞いたら違うと首を振られた。

「…うん、そうだね……」


 僕が好きなのはアスランだから


 小さく確認するように言って、



 ―――再度のキスを誘われた。







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長くなりそうだったのでキスシーン描写カット(死)
完結です。ありがとうございました。



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あとがき