11. But, you love me. (1)
夜遅く、赤く目を腫らした彼女が謝りながら入れてきた通信。
かなり泣いたのだろうけれど、でもどこかスッキリしたような表情が焼きついた。
『私は本気でアスランが好きだった。でも、キラもとても大切なんだ……』
その言葉だけでラクスは全てを察する。
2人が別れたこと、そして彼が次にどんな行動を起こすかも。
―――時はもう そこまで迫ってきていた。
一週間後 彼は確かにラクスの屋敷の門前に現れたのだが。
しかし、ラクスの予想はわずかに外れていた。
「…私にお話があるのですか?」
応接室に彼を通し、ソファに座るように促す。
彼は素直にラクスに従って 彼女と対面する席に腰を下ろした。
「ここは貴方の家です。貴方に話がなくて来るはずがないでしょう?」
にこりと微笑まれてしまっては そうですわね、と頷くしかない。
思えば玄関で会った時から今まで、彼は驚くほど静かだった。
すぐにでもキラの居場所を聞き出すのかと思っていたのにそんな素振りもなく。
今も出された紅茶を優雅な仕種で口に運んでいる。
そこに焦りや苛立ちといった態度は一切見られない。
それに、逆に違和感を覚えてしまった。
「―――ラクス。」
時間にして10分くらい経った頃、会話もなくただ紅茶を飲むだけだったアスランがカップを下に
置いた。
「…キラは 俺がここにいることは知ってますか?」
そしてふと思い出したような口調でゆったりと尋ねる。
ラクスもまた倣うようにしてカップをソーサーに戻し、にこりと笑った。
「いいえ。もうずっと部屋に篭りきりですので、たぶん知らないと思いますわ。」
「それなら良いんです。知ったらきっと逃げられてしまいますから。」
彼はあくまで余裕な態度を崩さない。
それどころか、ラクスの返答を聞いてますます安心して落ち着いたのが見て取れた。
「…貴方は……」
低い呟きと共にラクスの表情から笑みが消える。
さらにアスランに責めるような視線を向けた。
「カガリさんを捨てるのですか…?」
「捨てられたのは俺の方ですよ。」
心外だとでも言いたげに肩を竦める彼を強い眼差しで睨み上げる。
「それが本心からだと、本当にお思いですか?」
「―――いえ。」
問いはあっさりと首を振って否定された。
「っ でしたら何故」
「―――けれど、」
詰め寄ろうとした彼女の言葉さえも遮るほどにはっきりと。
翡翠の眼差しに真っ直ぐに射貫かれて続けられた言葉。
不覚にも圧されて 発言権をあちらに奪われてしまった。
会話の駆引きは感情的になった方が負けだったのに、彼女のことを出されてそのことを一瞬忘れた
結果だ。
仕方なく促すような仕種を見せれば 彼は小さく笑った。
「…"幸せとは時に誰かの不幸の上に成り立つもの"、そうおっしゃったのは貴方でしょう?」
「っ アスランっ!」
発言権を明け渡したことを悔やんでももう遅い。
あの時の言葉の真意に気づかれた。
―――キラとアスランの想いを代償に、私達の幸せを手に入れた。
それはすなわち、逆にいえばこちらの不幸を踏み台にしても文句は言えないという意味でもあって。
追いつめる為の言葉で背中を押す結果になってしまったのだ。
彼が妙に落ち着いていたのもその言葉があったから。
「送り出してくれたのは彼女です。」
そして、彼女の言葉も彼が行動を起こすきっかけを与えた。
「もちろん罪悪がないとは言い切れませんが、ここで素直にならないのも失礼だと思って。」
彼女を泣かせまでしたのだから ここで幸せにならないと彼女の気持ちも無駄になる。と。
そんな風に言われてしまってはこちらも認めずにはいられなくなってしまう。
アスランにもチャンスを与えなくては不公平だから。
…たとえそれが意に沿わないことになっても。
「……やはりあの時、貴方にキラを任せなければ良かったと思ってしまいます。」
ふぅ、と諦めにも似た重い息を吐いてラクスが呟いた。
壊れる音を聞いた。
本当はあの時から終わりは見えていて。
それでもキラの願いを聞いたのは、最後の賭け。
けれど その賭けも決着は近い。
「でも仕方のないことですわね。」
言ってラクスは苦笑った。
運命が2人を呼ぶのでしょう。
いくらこちらが抗っても、それは遠回りをさせるだけ。
いずれ結果は同じ。
本当は、ずっと知っていましたわ。
「キラはこの奥です。好きなだけお話しください。」
廊下の突き当たりの左を指差し、すぐにくるりと背を向ける。
それは多少投げやりにも見られて。
アスランは苦笑いすると 彼女を呼び止めた。
「ラクス、貴方にも勝算はまだありますよ。キラが本心からそれを望むのなら 俺はこのままでも
文句は言いませんから。」
動き出そうとしていた足がその言葉でピタリと止まる。
「―――では そうなることを願っていますわ。」
振り返らずに視線だけ向けてそう言えば、彼は「そうしてください」と告げて角の向こうに消えて
いった。
「―――…」
それを肩越しに見つめながら、ラクスはぐっと胸元を握り締める。
キラに返してもらったリングがそこで揺れていた。
「―――キラは、アスランさえ愛せなかった私が唯一愛せた方……」
対の遺伝子と呼ばれる彼にも抱けなかった感情を、私に与えてくれた人。
だから 運命を捻じ曲げてでも手に入れたかった。
彼といれば自分はもっと自分らしくいることができたから。
「アスランがいなければ、キラは私を愛してくださったと思いますわ。」
もしも なんて、絶対に在り得ないことを言うのですけれど。
「変わらない日々を願っています…」
それも、もう 無理なことなのでしょうけれど……
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ラクスをも乗り越え、次はアスキラ。たぶん。
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