10. I say good-bye.
パーティーの夜が空けて数週間、私達の関係は何も変わっていない。
アスランは変わらず私の傍にいて。
キラとラクスはメディアの中で並んで立っている。
何もかも以前のまま。
―――でも、確実に変わったものも ある。
会う予定がなかった日にアスランを無理矢理呼び出した。
いつものカフェのいつもの席。
突然の呼び出しにも嫌な顔ひとつせず、アスランはそこに座ってカガリの言葉を待っている。
―――言わなきゃと思ったから 呼び出した。
言うべきことは決まってる。
でも、その言葉は喉に詰まってなかなか出てこなかった。
「…何か、悩み事でもあるのか?」
促すように、宥めるように。
優しく響くそれに不意に涙が零れそうになる。
本当に心配してくれていることが分かって、大切にしてくれていることを知って。
それが嬉しくて、でもそれ以上に切なくて。
ぐっと唇を噛みしめた。
「―――あの、な…」
重い口をどうにか開く。
これ以上自分ではどうしようもなくて。
悩んで考えて、そして自分は決めたのだ。
「……もうずっと、キラが帰って来ないんだ…」
「!!」
ガタンッ
「まさか攫われた…!?」
突然立ち上がったアスランに驚いて思わず身を引く。
滅多に見れない"焦燥"なんて感情を見せたのは 相手がキラだから。
…私相手でもこんな表情をしてくれるのかな、なんて馬鹿なことを一瞬考えて。
それはすぐに思考の隅に追いやった。
「あ、いや、そうじゃない。場所は分かってるし、危険とかそういうんじゃないんだ。」
言い方が悪かった、と謝りつつアスランを押し留める。
すると彼は なんだと肩の力を抜いて安堵の息をつき、再び座り直した。
「じゃあ キラはどこにいるんだ?」
「……」
聞き返されてカガリの方が言葉に詰まる。
―――言わなくちゃいけないことは分かってる。
この事態をどうにかできるのはアスランだけだから。
それがたとえ私にとって辛いことでも、このままじゃ 一生後悔し続けることは目に見えてる。
「カガリ」
さすがに気になって仕方がないのか促す口調が少し厳しい。
他でもないキラのことだから、余計に焦りもあるのかもしれない。
…やっぱり私じゃキラに敵わないんだなと、改めて納得して。
カガリは 意を決した。
「キラは今 ラクスの所にいる。……パーティーの日から1度も家に戻ってきてない。」
「!」
パーティーといえば数週間前のアレしかない。
それを聞いて心当たりに思い至ったのか、アスランが小さく反応を見せた。
…あの日何があったのか、彼からは何の話も聞いていない。
私も聞こうとはしなかった。
それを、教えてくれたのはラクス。
それから考えて、考え抜いて。
これが決めたこと。もう迷わない。
「―――なぁ、アスラン。」
それは意外に落ち着いた声だった。
私はアスランが好きだよ。
だから キラからアスランを奪ったんだ。
でも、それと同じくらい―――
「……キラのとこ、行ってやってくれ。」
「カガリ!?」
私は今まで十分幸せをもらったから。
だから、キラに返すよ。
本当はキラがもらうべき幸せを。
これが本当の贖罪。
―――さよならを言うんだ。
「私にお前は要らないって言ってるんだ。捨ててやるから好きな所に行けよ。」
わざと突き放す言い方で、ぱたぱたと手を振って。
強がりに気づかないで欲しいと願いながら、努めて明るく振る舞った。
「カ、カガリ…?」
アスランは突然突きつけられた"別れ"の宣言に困惑しているのか 言葉を探しあぐねている様子で。
そんな彼の鼻先にびしりと指を突き立ててやった。
「そこは戸惑うところじゃなくて落ち込むところだ。」
からかって言えば、ますます焦った顔をする。
それが可笑しくてつい笑ってしまった。
―――大丈夫だ、ちゃんと私は笑える。
「この世に男はお前1人じゃないんだよ。でも お前らはお互いじゃないとダメなんだろ?」
ずっと知ってた。
何もなければ2人は今頃幸せそうに笑ってた。
遠回りさせたのは私達だ。
「カガリ……」
「ん? なんだよ?」
呼ばれて何気なく目が合えば、そこにあったのはかつてないほど綺麗な微笑みで。
一気に首まで真っ赤になった。
慌てて俯いたら、彼の腕が伸びてくる気配がして。
「―――ありがとう」
ぽんと頭を叩かれた。
「―――…っ」
声にならない言葉の代わりに零れ落ちたしずく。
音もなく 小さく掌に1つだけ。
涙の理由はアスランなのに。
触れたアスランの手はとても優しくて 温かくて。
「アスラン…」
ありがとう。
幸せを分けてくれて。
ごめん。
幸せを奪い続けて。
アスラン、お前の幸せを願ってる
今度は本当に好きな人の傍にいられるように
今度こそ、キラと 幸せに―――
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アスランとカガリの別れ話。
「捨ててやるから〜」を言わせたかったんです。
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