09. It is a broken sound. (2)



 会場になっているホールを抜け、ラクスから教えられた通りにキラに与えられた客室へ向かう。
 フラフラと足が縺れるキラに歩調を合わせ ゆっくりとした足取りで。

 …アスランとしてはそのまま抱きかかえて行った方が早かったし、そうも思ったけれど。
 誰かに見られたときのことを考えて 肩を貸すだけに留めておいた。

 ひんやりとした廊下は静まり返って、2人分の足音だけがやけに響く。


「……あ、」
 突然、何かに気づいたようにキラの足が止まった。
「ここで 良いよ……」
 何処かぽんやりとしたまま顔を上げたキラが見つけたのは 開け放たれた向こうにあるバルコニー。
 入り込んだ風が気持ち良かったのか、見つめたままそこから動こうとしない。

 仕方なく、アスランは1つ息をついてからキラをバルコニーへと連れ出してやった。






 1番奥まで来たところで、キラはアスランから離れて手摺りへと手をかける。
 どうやら涼しい風のおかげで少しは頭が冴えたようだ。

 ―――しかし、それは本当に"少し"だけだったらしく。

 それからどうするのかと思って見ていれば、何を思ったか突然ひょいと手摺りに座った。
「おい!?」
 ちなみにここは4階だ。
 いくら手摺りが石造りで丈夫であっても、キラが滑って落ちてしまえば意味が無いし ただでは
 済まない。
 ギョッとなったアスランは咄嗟に腰に手を回して支えてやった。


「……キラ、」
 どうしてお前はこう危なっかしいんだ、と恨めしげに睨み上げる。
 本当に、心臓がいくつあっても足りはしない。


「あれ…? アスランだぁ…」
 月明かりで顔を認識したキラが ふわりと、幼く笑った。
「―――っ」
 何の憂いもないその笑顔に息を飲む。
 久しく見ていなかった、月の頃のような 綺麗で無垢なキラの笑顔。
 それに言葉を失くした。

 …でも、それは本当に一瞬のことで。
 すぐに笑顔はどこか寂しげで儚いものへと変わる。

「夢、かな…」

 何も言えなかった。

「だよね… そうじゃなきゃ、君がここにいるわけないし……」

 いないことが当たり前になっている事実が無性に寂しい。
 本当なら俺が、キラの隣に立っていたかったのに。


「…でも、夢なら言える かな……」
 不意に伸びてきた白い腕が アスランの首に回される。
 腕は緩く絡むだけで力はほとんど入っていなけれど、戸惑うには充分だった。
「キラ…?」
 キラの顔が見えない。
 訝しんで名前を呼んでも返事はなくて。

 けれど、代わりに寄越された言葉に、アスランは愕然とした。


「―――僕ね、アスランが好きなんだ。」


「……っ!?」

 柔らかい 声だった。
 緊張とは無縁の、何の気負いもなく落とされた言葉。
 それは月にいた頃と同じ、素直なキラの素直な告白で。

 固まってしまったアスランとは対照的に、少し楽しげに笑う気配がした。


「ずっと、ずっと好きだったんだ。こんなのおかしいと思うけど ずっと―――…」


 繰り返される幼い告白。
 もう聞き間違いとは思えなかった。
 ただ、信じられないだけで。

 キラが、俺 を―――…?
 キラも俺と同じ気持ちだった、って…?

 そんな馬鹿な…
 あの頃確かに キラはラクスを、
 だから俺は、


「…でも 君は… カガリに惹かれていたから。だから、諦めようって……」
 肩を押されて重さと熱が離れる。
 見下ろすキラの瞳から 一筋の光が流れ落ちた。
「キ―――…」
「カガリじゃなかったら… 絶対誰にも渡さなかったのに。僕は2人共大切だから……っ」

「キラ……」
 無意識に手が彼の顔へと伸びる。
 頬を軽く撫で、髪を掻き上げるようにさらに後ろに回して。
 目をぱちくりさせたキラの頭を引き寄せ、今だ流れ続ける涙を舌で舐めとった。

「っ アス…っ!?」
 驚いて身を引こうとする彼を逃がさずさらに腕に力を込める。
 もう片方の腕で腰を引き寄せて手摺りから降ろし、その間も一時も休めずに。
 顎から、目尻、瞼、丁寧に何度も。


「俺も、キラを愛してる―――」


 そして最後に触れた唇は、柔らかくて少し塩辛かった。






 1度得た快楽を2度と手放す気にはなれない。
「ん…っ」
 角度を変え、その度に深くなっていくキスに終わりは見えなかった。
 力が抜けて手摺りを背にずり落ちていく彼すら追いかけて。
 床にへたり込むキラにさらに深く求める。

「キラ」

 キスの合間に何度も呼んだ。
 呼んでも呼んでも足りない、こんなにも甘く響く名前を他に知らない。

「キラ、愛してる」

 飽きるほどに愛の言葉を囁いた。
 抑えていた分だけ、想いが溢れて止まらなくて。

 そんな、行為に溺れていく自分を止めることなどできなかった。




 長いような、短いような、時間感覚すら狂うほど求め続けて。
「…ア、スラ……っ」
 俺としてはまだまだ足りなかったけど、キラの方が限界だったようだ。
 弱々しいながらもドンドンと胸の辺りを強く叩かれた。
 仕方なく解放してやると キラはぐったりと凭れてきて。
 小さく苦笑いして身体を起こしてやり、掠めるようなキスを落とす。
「っ!?」
 それに キラは一瞬大きく目を見開き、

「―――都合の、良い 夢…」
 また頭を肩に擡げて 少しだけ自嘲気味に言った。


「キラ…」


 ―――夢で良いよ。今は。


「お前が望むならいくらでも、」

 キスして、抱きしめて、愛してると言うから。
 だから…


「―――キラ。」
「ん……?」
 力が入らないらしいキラを抱きしめて、自分の方へと倒れ込ませる。
 キスなのかカクテルなのかは分からないが、まだ酔っている様子のキラは どこか気のない返事を
 返してきて。
 それにくすりと笑った。

 …まだ、俺達はやり直せるだろうか。


「もし俺が素直に気持ちを伝えていたら お前は……」




「―――キラから離れて下さい。」

 突如、割り入るように凜とした声が響く。
 はっとして振り返れば、会場にいるはずの少女がバルコニーの入り口に立っていた。
 普段表情を表に出さない彼女が 今は怒りを隠すこともせず睨んでいる。
 それだけ本気ということだろう。

「アスラン!」

「え……?」
 もう1度響いたラクスの声に 夢見心地だったキラがふと我に返る。
 そして彼の肩越しに彼女の姿を認めた途端、キラの表情がざっと青褪めた。
「じゃあ今の…っ!?」
 アスランの顔を見上げて、彼の腕の中にいることを知り さらに狼狽える。
「キラ?」
 そして、震え出したキラを心配そうに見下ろしたアスランと目が合った瞬間、

「……っ!」
 アスランを突き放し、力が入り切らない身体を叱咤して立ち上がるとなりふり構わず駆け出した。

「キラ!?」
 アスランの制止の声も無視し、ラクスの脇を通り過ぎ。
 ただ逃げるように廊下の向こうへと駆け去った。



「「―――…」」
 残された2人はしばらくの間無言で対峙していたが。
 先にその沈黙を破ったのはラクスの方。

「―――だから貴方とキラを会わせたくはありませんでしたのに。」
 それだけ言うと 彼女もキラを追っていなくなってしまった。









 背後から足音が近づいてくる。
 それは聞き慣れたヒールの硬い音。
 振り向くこともできなくて、俯いたままでいたらそれは一歩分を空けて止まった。

「ごめん、ラクス…っ」
 返事の代わりに、肩にそっと触れる指。
 その手を掴んで強く抱きしめた。
「ごめん…っ」


 酔ってたからなんて言い訳にならない。
 アスランとキスした、それは紛れも無い事実。
 彼女を選んでおきながら、裏切ろうとした自分が憎かった。


「分かっていますわ、ちゃんと。大丈夫です。」
 背中にまわされた手で優しく宥めるようにポンポンと叩かれる。
 全く責めもせず優しくしてくれる彼女に、余計居た堪れなくなった。

「ごめん… ごめんね……」


 アスランの気持ちを今更知っても遅い。
 アスランにはカガリがいて、僕にはラクスがいて。
 僕はラクスを傷つけたくないんだ。カガリに幸せになって欲しいんだよ。

 僕が好きだなんて言わなかったらアスランの気持ちを知ることもなかったのに。
 ラクスを傷つけることも、あんな過ちを犯すことも。



「―――キラ、キスをしてくださいますか? 今はそれだけで充分ですから。」
 ずっと謝り続けていたら、両手で頬を包み込まれて。
 向けられたのは常に絶やさぬ優しい微笑み。

 ……どうして 君はここまで僕を許してくれるんだろう。

 泣きたい気持ちを堪えて笑みを向けると、彼女の頬へ軽いキスを落とす。


 ―――ねぇ、ラクス。

 君が許してくれるなら。
 この甘えも聞いてくれる…?



「ラクス。お願いがあるんだ…」




 聞こえたのは壊れた音


 聞いたのは誰








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な、長いですね… でも1番好きな場面です。



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