最近ディアッカは人に隠れて何かをやっているらしい。
 別に奴のやることに興味も無ければ、勝手にやれという感じではあるが。

 ―――だが。

 その相手が何故シホなのか。

 よく2人で話しているのを見る―――という話を聞いた。
 所属が一緒だから仲が良いのだと、言われてしまえばそれまで。
 だが気に食わない。
 何かは分からないが、とてつもなくイライラするんだ。





Holiday -前編-

…またあんな所で。 見慣れた金髪の後ろ姿を見つけてイザークは息を吐く。 探していた人物は 通路の真ん中で何やら楽しげに談笑でもしているようだった。 「あの馬鹿が…っ」 視察の護衛役をかって出たくせに急にふらりと姿を消して。 しかも打ち合わせの時間になっても現れない。 2人で話し合うのだからいつだろうと構いはしないが、こちらもそんなに暇じゃない。 「ディアッカ!」 怒声にも似た声を張り上げれば、それは通路に異常に響いて一瞬人々の足が止まる。 けれど、叫んだ当人はそんなものはお構い無しに つかつかと甲高い靴音を鳴らして歩み寄り、 気づいて振り向いた相手の胸倉に掴みかかった。 「おぅ イザーク」 が、相手はいつものことと言わんばかりに平然とした様子。 あげくには片手を上げて余裕で笑ってみせる。 それにさらに苛ついて、掴んだ襟を力任せに引き寄せた。 「貴様、いつまで待たせ」 「隊長!」 「……?」 それは、ディアッカのものではない、女性特有の高い声。 どこか聞き覚えがあって、でも急には思い出せなくて。 反射的に視線を移すと 彼の影からひょっこりと、目の前の男より一回りは小さな姿が現れた。 「!?」 纏う軍服はディアッカと同じエリートの紅。 真っすぐに伸びた長い栗髪を常のように一つに束ねた、良く知る少女がそこにいた。 彼女は驚きで大きな紫瞳をさらに見開いてこちらを見ている。 「…シホ。イザークは隊長じゃないだろ?」 言葉をなくしたイザークの代わりに、首だけを巡らせて言ったのはディアッカ。 今の隊長は俺。と、苦笑いされて、シホは慌てて敬礼し直した。 「あ、すみませんでした。ジュール議員。」 「……っっ」 「あー… 間違っちゃいねぇな。」 怒鳴りたくてもどこに対して自分が怒っているのか分からずイザークは肩を震わせ、解放された ディアッカはフォローなんだか分からない呟きを頭をかきながら零す。 「?」 そしてシホはといえば、2人の反応が理解できずに首を傾げていた。 「…私、何かおかしなことを言いましたか?」 「別に。ただ、今のイザークには」 「〜〜〜っ ディアッカ!」 面白がっている彼の言葉を遮ると、一睨みして元来た方に踵を返す。 怒りの矛先を向けられたディアッカは 肩を竦めてシホに苦笑うと気のない返事で後に続いた。 「あ。」 そのまま行ってしまうかと思ったが、何か思い出したようにディアッカが立ち止まって振り返る。 目が合うと彼は軽く手を上げて。 「シホ。明後日 空けとけよ。」 「はい。」 くすりと笑ってシホが応えると 相手も笑って向き直った。 2人が笑顔を交わした瞬間に、その場の空気が平均5度ほど下がったのには誰も気づかず…… 「…仮にも議員なんだから もう少し落ち着いた歩き方した方が良いんじゃねぇの?」 今にも駆け出しそうな勢いで前を歩くイザークの数歩後ろから、ディアッカは少々呆れた調子で 忠告してやる。 すれ違う人々が何事かと振り返り、かなり注目を浴びているのだ。 今自分がどのくらいの視線に晒されているか、彼自身は分かっているのだろうか。 「なぁ イザ…」 「煩い!」 しかし 思いやりの言葉は振り向くこともなく切り捨てられた。 ―――お前の足音のが煩いと思うんだがな。 思っても言わないのは、これ以上意味のないことで火に油を注ぐ真似はしたくないから。 彼の性格は自分がよく知っている。 「…何をそんなに苛ついてるんだ?」 「誰がっ!」 「…… 苛ついてんじゃん。」 呟きの方は聞こえなかったようで。 その歩く速度はさらに速くなっている。 …それにしても。 どこまで連れて行くつもりなんだか。 目的の場所は数十メートル後方。 それでもイザークの歩調は緩まない。多分周りの景色は見えていないのだろう。 最近はめっきり落ち着いて見せなくなっていた そんな光景。 そしてディアッカにはその原因が分かってしまって、つい吹き出してしまった。 「―――お前にもちゃんと情緒ってもんがあったんだな。」 そう言ってやったら、相手はようやく足を止め 怪訝な目をして振り返った。 「はぁ?」 何を言ってるんだとでも言いたげな、全く自覚していない様子はさらに彼の笑いを誘う。 けれどそれを表に出せばイザークの機嫌がさらに低下するのが分かっていたから、その衝動を無理 矢理押さえ込んだ。 「お前がヤキモチなんてなぁ。」 「な…っ!?」 途端イザークの顔に分かりやすいほど朱がのぼる。 図星を指された時の反応そのままだ。 「さすがシホ。あなどれねー」 伊達に女の身で紅を着てないってことか。 流石に抑え切れなくて再び小さく吹き出したら、相手はますます赤くなった。 「な、何故俺がそんな……!」 否定しようと思ってもその言葉すら出てこないらしい。 自ら墓穴を掘り進んで行く姿を見ていると、冗談半分にからかったことを申し訳なく思ってくる。 自分と違ってこういう色事に疎かったんだと改めて自覚して心の中で謝った。 ……謝っただけで、止めるつもりは無いけれど。 「いい加減認めろって。お前がイラついてるのは俺とシホの約束、明後日のことの所為。違うか?」 「違う!」 「…って 否定してどうするよ。」 なんだかなぁと頭をかきながら溜め息を零す。 本人は気づいていないだろうが、そんな顔で言われても説得力の欠片もない。 「まぁ安心しろよ。別にお前が心配するもんじゃないから。」 むしろ喜ぶべきところだと内心で付け足して。 「だから俺は…っ!!」 「往生際が悪い。」 諦めが悪い彼にすっぱり言い切ってやる。 それでもまだ何か言いたそうに口をパクパクさせているイザークに、もう聞く気はないとくるりと 背を向けた。 それでなくても目的地から随分離れてしまったのだ。 そろそろ戻るべきだろう。 「―――あぁ そうだ。」 納得いかないと後ろでぶちぶち呟いていることは放っておくことにして。 ひとつ思い出してディアッカは首だけ後ろに向ける。 「お前 8日休みな。」 「あぁ、分か…」 いつもの調子で普通に言われてしまったものだから、イザークも半分意識を飛ばしたまま反射で 返事をしようとした。 ―――が。 その言葉の奇妙さに気づいて、眉を顰めると 今言った本人を見やる。 「は? 貴様何を言っているんだ? 俺にそんな暇は」 「届けは1ケ月前から申請済。許可ももらったから。」 「!?」 拒否権もない突然の休暇。 その意味を知る日まであと10日。 →→後編
--------------------------------------------------------------------- とりあえず前編だけ先にUPしました。 ディアッカが出張り過ぎてますね… でもこの掛け合いがつい面白くて。 戦後のディアッカはイザークより精神的優位っぽいかなぁと思ったので。


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