Holiday -後編-「…で。」 「ん?」 不機嫌度最高潮の仏頂面での呟きに、隣に並ぶディアッカが聞き返してくる。 当然2人共今日は私服だ。 ディアッカに言われるがまま連れて来られたショッピング街。 あまり縁のない場所だけに居心地はあまり良くない。 けれど、それはまぁ良い。 勝手に決められた休みだから、その行き先も当然自由にならないのも仕方ないと言える。 だからそれは良い。 だが。 「こんなこと聞いてないぞ 俺は!」 どうしてここにミリアリアとかいう女とシホがいるんだ!? 2人は男組の数歩前を歩きながら何やら楽しそうに話している。 彼女達も私服で、特に軍服しか見たことのないシホは いつもと随分雰囲気も違って見えて驚いた。 …って、そうじゃない。 脱線してきた思考を頭を振ることで無理矢理戻して。 「何なんだ これは!?」 「何って。Wデート、だろ。」 「!!?」 返ってきたのはあまりに聞き慣れない単語。 それをさも当然のように言われてイザークはギョッとしたまま固まってしまう。 今 何と言った!? 端目以上に内心は混乱していても、不幸にも救ってくれる人はいない。 「ディアッカ! 映画館ってどっち?」 「右入ってすぐ。」 ディアッカは完全に放って、振り向いたミリアリアの問いに笑顔で返している。 自力で戻ってくるしかなかった。 「だってせっかくミリアリアがプラントに来てくれたんだぜ? どこか連れて行ってやりてーって 思うじゃん?」 戻って睨みつけてもそんな答えが返ってくるだけで。 そもそも、戦時中にアークエンジェル側に回った最初の理由があの女を護る為だったというから 惚れ込み具合は呆れるほどだ。 「色ボケが…」 「何とでも。」 皮肉も嫌みも痛くないと飄々とした態度で応じる。 その余裕さが気に食わないと思うが、次に見せた苦笑いでそれも一気に吹き飛んだ。 「―――1番辛い時を知ってるからな。」 前の2人には聞こえない程度の、それは本当に小さな声だった。 「だから笑って欲しいっていうか。…喜んでもらいたいんだよな。」 声は優しくて、そして少し遠い。 詳しいことは聞いていないが、彼女は先の戦争で恋人を亡くしたらしい。 その悲しみからディアッカは殺意を向けられたこともあったようだが、俺が初めて会った時彼女は 笑顔だった。 恋人を殺したザフトが憎いだろうと思っていた。 表面上はそうでも内心は違うと。 けれど… それは思い違いだったのだ。彼女はとうの昔にそれを乗り越えていた。 その態度に、ナチュラルの割には―――とではなく、一人の人間として感心した。 …そして、奴も。 奴が彼女の最も辛い時を見てきたということは、立ち直って前に進むところも見てきたということ だ。 その強さもディアッカはずっと見てきている。 だから、惹かれた理由も分かるから 「ナチュラルの少女に本気になった」と打ち明けられた時も 疑いは持たず、妙に納得できた。 「…本気、か。」 ぼそりと漏らせば、肯定の意で相手は小さく笑む。 「初めてな。お前と同じ。」 「っっ だから…!」 あれから。 ディアッカは勝手に決めつけてから 事ある毎にからかって遊んでくるようになった。 この場合何を言ってもはいはいと軽くあしらわれてしまうだけで、端からこちらの言葉は信じて いない。 いちいち相手にしなければ良いだけの話だが、そうできないのが己の性格。 相手はそれを知っているだけに余計にタチが悪い。 「〜〜〜っ」 自分ですら理解不能な苛立ちの上、自分が優位だと言わんばかりの態度がさらにムカつく。 腹いせに蹴りでも入れてやろうかと思った。 …が。そこで振り向いたシホが、 「2人でいらっしゃる時はいつもと雰囲気が違いますね。」 そう笑顔で言った。 当の本人は嬉しそうに言った何気無い一言だったけれど、言われた方にはその言葉は胸に刺さっ て抉られたようなものだった。 つまり、それは冷静沈着で落ち着いたという隊長時代のイメージと掛け離れていると言われたの と同じ。 よりによってシホに、という時点でショックを受けてイザークは頭がグラグラしてきた。 ―――隊を任された時から命令以外で声を荒らげることはなくなった。 気心の知れた同僚が誰もいなくなったせいもあったが、何より一隊を率いる責任もあったからだ。 上に立つ者として、戦中も戦後も上手く立ち回ってきたはずだ。 しかしそれが… こんなことで素を暴露してしまうとは。 しかも、1番こんな恥でしかないところを見られたくない相手に。 何故見せたくないのかは自分でも分からないが。 見せたくなかったのだ。シホにだけは。 こんな子供っぽい自分の姿は。 彼女の一言でいろいろな思いがぐるぐると脳内を回る。 気持ちはどうしようもなく複雑で、どう表現すれば良いのか分からない。 何の反応もないイザークにシホが訝しんでいたけれど、本人はそれに気づく余裕もなく。 あららと さすがに本気で心配したディアッカが声をかけるまで、イザークは固まったままだった。 この辺で1番大きな映画館はやはり人もそれなりに多い。 けれど同時上映の話題作のおかげか、4人が見る方は席にまだ余裕があった。 「シホさん、ここ座りましょ♪」 中央席の少し前辺り、空いたスペースに素早く女性陣が腰を下ろす。 ミリアリアが奥に行った分だけ シホの隣には一つ、席が空いていた。 それに気づいたのか気づいてないのか、その後ろに座ろうとしたイザークの肩をディアッカが 半ば呆れ顔で引いて留め、無理矢理一つ前へと引っ張る。 「お前はこっち。」 「!?」 すとんと座らされたのは空いていたシホの隣。 ギョッとしたものの、ディアッカは抗議する余地を与えない。 「じゃあな。」 さっさと別れを告げて、奥の―――ミリアリアの隣に行ってしまった。 移動しようにもすぐに照明が落とされて会場内は暗くなる。 仕方ないと イザークも観念して深く背もたれに身を預けた。 内容はよくある恋愛物語。 女性が好むタイプの話で、イザークは母の趣味のおかげでそれらにはさほど抵抗は感じない。 しかし同時に見慣れたせいか興味も持てず、そっと隣の彼女を覗き見た。 場面はパーティーで男女が出会い、魅かれ合うところ。 きらびやかな衣装を身に纏い、2人は導かれるままにクルクルと踊りだす。 それに魅入る彼女は目を輝かせているようだった。 こういうのが好きなのかと思う。 ……何を考えているんだ 俺は……… ディアッカでもあるまいし、女性の好みをチェックしてどうするというのか。 そう思った自分が腹立たしくて内心舌打ちした。 自分は違うと、何度も言い聞かせて。 「泣くなよ…」 困ったように言ったのはディアッカだ。 その前には ベンチに座り込んでハンカチを手放せないでいるミリアリアがいた。 映画が終わって劇場を出て早10分。 彼女はまだ流れるそれを止められない。 瞳を潤ませたままで 上目でディアッカを睨みつけた。 「結末知ってても泣いちゃうんだから仕方ないじゃないっ」 4人が見たのはリバイバルされた有名な悲恋話だ。 泣いているのは彼女だけではない。 同じ扉からでてきた人達の何人もポロポロ泣いたり、どこからかは今も泣き声が聞こえている。 シホですら目が僅かに赤かった。 「…お前の彼氏も苦労したんだろうなぁ」 なかなか泣き止めない彼女に苦笑いしながらディアッカは宥めにかかる。 いつもは振り払われそうな腕も、今日は素直に受け入れられた。 「……。トールは肩は抱くけど抱きしめたことはないわよ。」 それでも口はいつも通り。 肩口に埋めているせいでくぐもってはいても それはディアッカの耳にもしっかり聞こえた。 「これが俺流だから。」 悪態もあっさり受け流して、腕に彼女を収めたまま離さない。 それからも小さな声で呟いていたけれど、それはさすがに聞こえなかった。 残りの2人はしばらくその光景を少し後ろから見ていた。 …とはいっても、実際見ていたのはシホだけで、イザークは興味も無さそうに柱に寄りかかって 瞑目している。 そうしてあと少し彼女が落ち着けば次に行くつもりだったのだけれど。 ちらりと腕時計に目をやったイザークが柱から身を離し、 「―――行くぞ、シホ。」 突然彼女の腕を引いたかと思うと、そのままスタスタと歩きだした。 早いとは言えない速度は彼女に合わせたのだろうけれど、それでも急に引っ張られたシホは驚い てしまう。 「えっ!? あの…っ??」 2人には何も告げていない。 声をかけづらい雰囲気ではあっても 何も言わず傍を離れてしまうのも問題だ。 「何か言わなくて良いんでしょうか…っ?」 おろおろとした様子で後ろを気にして、彼女はなかなか進もうとしない。 それに一つ息を吐いて立ち止まると、振り返って1度だけ2人の方を見た。 「…あんなもの眺めていてもキリがないだろう。」 放っておいても勝手に仲良くやる。 「勝手にって…」 それには困ったように笑い返すしかない。 それでも言い淀んでいると 僅かに不機嫌そうに眉を顰められた。 「それとも… 俺1人では不満か?」 「! そんなことありません!! ……っ」 思わず叫んでしまった後に、自分が言ったことに気づいてはっと口を抑える。 遅れて少し驚いたようなイザークの顔が見えて、恥ずかしさで顔が真っ赤になった。 何言ってるのかしら 私… 「―――そうか。」 しばしの間の後聞こえた呟きにシホはふと顔を上げる。 どこかほっとしたように微笑った彼を見た瞬間、シホの心臓が大きくはねた。 キレイ、だった。 初めて見た。 今まで厳しい表情ばかり見ていたから。 こんな風に微笑う人だったんだと、初めて知った。 「どこに行きたい?」 「え?」 見惚れてしまっていたから何を言われたか分かっていなくて慌てる。 けれどそれには機嫌を損ねた様子もなく、イザークはもう一度同じことを繰り返して言った。 「俺の方は特にないからな。お前の好きな所で良い。」 好きな所。 自分の行きたいところ。 …私は彼と一緒なら買い物でもランチでも、どこでも良いのだけど。 でも、今日の自分の目的は1つしかなかったから。 予定は狂ったけれど、そこならあの2人もすぐに来れるはず。 考えたのは一瞬。 「あ、あの… それじゃあ……」 控え目に、彼女が告げた場所は。 シホの案内で2人が入った場所は、歩いて5分もない 街道沿いのカフェだった。 地球でいう西欧風の少しレトロな町並は品も良く、それに合わせた内装も落ち着いた雰囲気で クラシック音楽が良く似合う。 「ここ、有名で美味しいんですよ。」 選んだのは窓側の席で、大きく切り取られた窓の先には街路樹とゆったりと歩く人々の姿。 普段殺伐とした環境にいるだけに、ここは和むような居心地が悪いような、複雑な気分にはなる けれど。 自分達はそれを守る為にあの世界にいるのだから、後悔はしていない。 長居するつもりもなく、2人とも軽いものを頼んで 合い間に他愛も無い会話を交わす。 「他愛も無い」その内容は色気も何もないけれど、互いに共通する話題といえば"そういう"もの しかないから仕方がなかった。 「お待たせしました。」 コトリと順に置かれた飲み物と、―――小さな1ホールケーキ。 生クリームの上にはフルーツがふんだんに乗っていて、細長いロウソクをその場で立ててくれ た。 「……えっ?」 イザークより先に驚いたのはシホで、運んできたウェイトレスに視線で訴えかけると 彼女は 微笑んで軽く視線を促す。 イザークには死角になる2つほど離れた斜め後ろの席。 そこに座ったディアッカとミリアリアが笑顔で小さく手を振っている。 どうやら頼んだのは2人らしい。 そして、これは2人で食べろということなのだろうか。 「シホ…? "コレ"は……?」 まだ状況を把握できていないイザークが少し呆然としたように聞いてきた。 視線はケーキに釘付けのままで、彼女が何を見ていたかまでは気づいていないようだ。 「―――このケーキはバースデーのサービスです。」 それに答えたのは彼女ではなくウェイトレスの方だった。 「この店ではご予約された方にこのようなサービスを行っているんですよ。」 笑顔で彼女は説明し、同時にロウソクに火を灯していく。 灯る明かりに、いつの間にか店内はしんと静まり返っていた。 全てのロウソクに火がついて準備が終わると、彼女がパンと手で合図をする。 すると音楽の雰囲気が変わり、店内の明かりが全部消えた。 ……そして、聞こえてくる複数の歌声。 手拍子でそのウェイトレスも声を合わせ、笑顔でシホもその歌を紡ぐ。 明るい歌は誕生日を祝う、誰もが知る歌だ。 けれど短くてテンポの良いその歌はすぐに終わる。 落ちた沈黙に戸惑ったイザークに、シホが笑顔で告げた。 「イザーク様、どうぞ♪」 自分がすべきことは知っている。 ただ 戸惑うのは恥ずかしいからで。 けれど有無を言わせないその雰囲気に、そしてシホの行為を無下にできなくて。 ここにディアッカがいなくて良かったと思いながら。 フッ と息で火を吹き消した。 「「「「ハッピー バースデー!!」」」」 従業員も客も、誰も彼もがその瞬間に声を揃えて祝いの言葉を投げかける。 ギョッとした彼に向かって、最後にシホが"おめでとうございます"と笑顔のままで言った。 音楽も明かりも元に戻り 元のように動き出した店内で、切り分けられたケーキを頬張る彼女を 少し疲れたように見る。 何事もなかったような雰囲気。 けれどこのケーキはそれが夢でも何でもないことを示している。 突然の"コレ"は驚いて、そして少し照れくさくて。 「…シホ……」 そんな彼の呟くような声を聞き取って、シホは返事をすると顔を上げた。 「…俺の誕生日は……」 「はい、先々月…8月の8日だったんですよね。知ってます。」 彼女はイザークが言いたかったことをあっさりと言う。 では何故この日を選んだのか。 次に出てくる問いにもすぐに答えてくれた。 「その日はご家族で過ごされると聞いたので。そうしたらディ…エルスマン隊長が。」 いろいろ計画をしてくれた、と。 なるべく早く、多忙なイザークが休めそうな日を。 その相談も調整も彼が協力してくれたのだ。 「―――"明後日の約束"とやらはそれか。」 納得したようにボソリと言って息を吐く。 ずっと気になっていた疑問も、やっと全てが繋がった。 「はい。事前に行ってみようということで ここに。」 心の奥のもやもやとした正体不明の感情が 彼女の言葉でどこか遠くへ飛んでいったようだ。 やけにスッキリしている。 今なら、奴に何を言われようとも軽く受け流せる気がする。 「…ご迷惑、でしたか?」 少し心配げに 覗き込むような目線で彼女が尋ねる。 それを いや、と首を振って否定した。 「―――ありがとう シホ。」 滅多に見せない笑顔をまたも見せられて、シホが首まで真っ赤になり。 つられてイザークも赤くなってしまった。 互いに鈍過ぎて進まないカップルが1つ。 <オマケ?> 「…付き合ってない、のよね……?」 微笑ましいほど初々しい2人を眺めて ミリアリアは誰に言うでもなく呟く。 同じ方を見ながらディアッカはククッと笑いを堪えていた。 「面白いだろ。」 あんなイザーク見たことないと どこか面白がっているようだ。 振り返ったミリアリアの表情は睨むというより呆れたという感じで。 「それでアンタはガラにもなく協力?」 「ひでぇな… あまりに鈍いからシホが可哀想だったんだよ。」 せっかく互いに意識してるのに勿体無い。 ケーキの件は半分からかった面もあるけれど、彼女への協力は純粋な兄貴心からだ。 イザークに対する直向な想いへのご褒美という意味合いの。 「…私も祝って欲しいな。」 本当に聞き取れなさそうな程度の声だったけれど。 ちゃんとディアッカの耳には届いていて反応を返す。 笑ってやると、彼女はどことなくバツが悪いような顔をして そっぽを向いた。 「……2月17日よ。覚えといてね。」 「絶対忘れないって。」 今日の収穫は誕生日。 彼にとってはけっこうな進展だ。 自覚はあっても彼女の気持ちを考えて進まないカップルがここに1つ。 今度こそ終われ。 --------------------------------------------------------------------- 後半の方が長かったですね…(汗) ディアミリ入れたせいです… 2ヶ月遅れのバースデー… もうすぐアスランの誕生日…ヤバ…… ネタだけは1年前からあったのにこんなに時間がかかってしまいました。 …ミリアリアが何故そんな簡単にプラントに来れるかというのは気にしないでください。 ディアミリが好きなんです。 ちなみにこのケーキのネタはカフェでなく某イタリアンレストランのサービスから。 かなりアレンジしてますけど。良いなぁと思ったんです。 1度でも良いからこんな感じで誰かを祝ってみたいものです。