鎮魂歌 -requiem- (3)




「…本当に?」
 掠れた声でミリアリアが問い返し、アスランがそれに頷く。
 この前と同じメンバーがまた食堂に集まっていて。
 その中で アスランが先日の夜のことを彼らに伝えた。

「"フレイ"って言ったの? キラが?」
「…ああ。…それと、」
 一瞬逡巡して、重い口を開ける。
「キラを抱きしめるようにしていたその少女は、燃えるような紅い髪をしていた…」

 !!

 その言葉に、全員が瞳を見開き 息を飲む。
 決定打だ、とその場にいた誰もが思った。
 "フレイ"を知らない彼が、その姿を見たと言うのだから。


「―――そのキラは?」
「ラクスが今看ている。…憔悴がひどくて食事もまともに摂れていない状態だ。」

 このところ キラの体力は目に見えるように落ちていた。
 日に日に顔色は悪くなり、元から細い身体をますます細くして。

 ラクスから言われて キラは今全ての作業から遠ざけられている。
 そして 少しでも休息を取るようにと言われていた。


「…やっぱあの噂も本当だったってことか。」
「「「「?」」」」
 ディアッカがボソリと漏らし、それに視線が集まる。

「"キラが霊に取り憑かれてる"っての。」
 冗談だと思っていたんだけどなぁと、のんびり言って遠くへ視線を投げた。
 夢遊病者のようにフラフラと 艦内を彷徨うキラを何人も目撃していると、ディアッカは仲の
 良い整備クルーから聞いていた。
「ちょっ! 何よ それ!?」
「俺に怒るなよ。」
 ミリアリアが食ってかかるのを ディアッカは慣れた様子で宥めて。
 浮いた腰を元の位置に下ろさせる。

「ま、みんなが寝静まった頃に艦内徘徊したりするキラにも問題あると思うがな。」

 しかも本来歩くことさえ困難な状態で、だ。
 いくら地上より重力を低く設定されているとはいえ、身体の負担はそう軽いものではないはず。
 それなのにキラは部屋を出てあの場所へと赴く。

 これではそういう噂が立っても仕方がない。


「俺はあんま信じないタチだけどさ。今回ばかりはあながち間違いでもな―――」

 ガタン!

 彼が皆まで言う前に、突然アスランの隣に座っていたカガリが立ち上がった。
「やっぱりアイツ…!」
 拳を握りしめ 今にも駆け出す勢いの彼女は、まさに喧嘩にでも行くかのようで。
 慌ててアスランが止めに入った。
「落ち着け カガリ!!」
 力ではアスランの方が当然上。
 掴んだ腕はそう簡単には振り解けはしない。
 けれど彼女もそれで諦めようとはせず、必死の攻防戦が勃発する。

「離せよ アスラン!」
「離せたら苦労はしないさ!」






「―――まぁ、どうしましたの?」

 声が大きくなり、怒鳴り声まで発展したところで。
 その場に不似合いな、のんびりとした声が突然入ってきた。

「外の方まで大きなお声が響いていましたけれど…」
 そう言って ゆっくりとした足取りで彼らのところまで歩いてくる。

「ラクス…」
 彼女の声に勢いを削がれてしまったのか、呆然としたようにカガリが呟いて 全身から力を抜く。
 それにホッと息を吐いて、アスランは彼女を座らせた。


「ラクス。キラは?」
 次に名を呼んだのはアスラン。
 安心させるようにふわりと笑って ラクスは空いている席に腰を下ろす。
「今は寝てらっしゃいますわ。皆様がこちらにいると聞きまして来たのですけれど…」
 そこまで言って 彼女は表情を変えた。
「これは一体 何事ですか…?」












「―――そうですか。」
 聞き終えて、彼女は持ってきてもらったカップの水を一口含む。
 そして目を伏せ 少し考える様子を見せた後、彼女は顔を上げた。
 その表情は先ほどのカガリとは対照的に落ち着き、さらには微笑みまで浮かべている。
「けれど私は そうは思いませんわ。」
 紡がれた言葉に 僅かながら周りは戸惑った。

「私はあの方がキラに何か悪い影響を与えるようなことをなさるとは思えません。」
 きっぱりと 確信を持ったように。
 フレイと話したこともほとんどないはずなのに まるで旧知の人物に対するかのような言い方
 だった。

「…どうしてそう言えるんだ?」
 納得いかないのはカガリで、不機嫌な顔を隠しもせずに問う。
 それにラクスはにこりと笑顔で返した。

「私とあの方は、きっと同じ気持ちですから。」

「でも じゃあアレは…!?」
 どう説明するんだと、カガリは募る。
 さすがにそれには笑顔で返すわけにもいかずに。
 ラクスは再び表情を上に立つ者のそれへと変えて。

「それについては真実を探ってみる必要がありますわね。」

 そう答えた。




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