2.看病
「次はどれが良い?」 「じゃあ… そのトマト。」 それに分かった、と言ってフォークで刺して口まで持っていく。 アスランが口を開けると、落とさないように優しく放り込んで。 「美味しい?」 飲み込むまでにこにこしながら待って聞いたり。 「ああ。大きさもちょうど良いよ。」 「良かった。」 見れば食事のどれも一口サイズに切ってあって、それらは当然キラがアスランのために切ったも の。 もう一度トマトを刺すと、また同じように繰り返す。 バサッ 「「?」」 入り口で聞こえた物音に2人が顔を向けると。 「な…っ」 青褪めた顔をして立ち尽くすカガリの姿。 その後ろでラクスがあらあらと言って、今彼女が落とした花束を拾う。 「何してるんだ お前ら!?」 何をそんなに声を荒らげる必要があるのだろうか。 「何って…」 「食事。」 言ってまた1つ アスランの口に放り入れる。 「それは見れば分かる! じゃなくて、なんだってそんな…!」 首を傾げて不思議そうにする2人にカガリはますますイライラして。 「新婚みたいですわね。」 何故か動じていないラクスがほわほわした笑顔のままで継いで言った。 「シンコン? だってアスラン 利き手が使えないから…」 「義手にするまでのことだ。気にするな。」 「するわ!」 何で弟が男相手にそんなことしなくちゃなんないんだ、と。 姉としての心配というか。 頭を抱え込むカガリをアスランは怪訝な目で見、キラは心配そうにし、ラクスは笑顔で「じきに 慣れます」と言った。 「お食事中でしたのね。失礼しました。」 「構いませんよ。貴女方の場合 来ることすら大変なんですから。」 ラクスの詫びにアスランは笑顔で返す。 分刻みのスケジュールをやり繰りして、どこかに無理がかかってくるというのに。 来てもらうだけでも十分だと思うべきだろう。 「あ。その、ごめん。」 そう言ったのはキラ。 本来ならキラはカガリの護衛として付いているはずだ。 けれど今はこうしてアスランに付きっきりでいる。 「気にするな。代わりに今はイザークとディアッカが付いてくれてる。」 「そうですわ。アスランの傍にいて欲しいと休みを出したのはこちらです。」 「それは、そうだけど…」 その声は歯切れが悪い。 責任感の強い彼のこと、仕事を放り出して、というより姉より彼を取ってしまったことに罪悪が あるのだろう。 「戻ってきたらまた忙しいんだ。お前もついでに休んでおけ。」 人差し指を立ててビシッと言うカガリに一瞬キョトンとして。 それが優しさと親切だと分かったから。 「…ありがとう。」 「それで良し。」 満足げにカガリが笑って、つられるようにキラも笑った。 「あぁ そうですわ。これは私達からのお見舞いです。」 思い出したようにラクスが手に持っていた大きな花束を差し出す。 アスランの代わりにキラがそれを受け取って、アスランの方へと向けた。 「キレイだね。」 「そうだな。―――ありがとうございます。」 「じゃあ僕、これを花瓶に移し替えてくるよ。」 そう言って、2人にはゆっくりしてねと告げて病室を出て行った。 「―――すっかり奥様が板についたようですわね。」 くすりと笑ってアスランの方へ向き直る。 「キラは男ですよ。」 「そうですけれど、他に言いようがなくて。」 カガリは少々憮然としていたようだが、何も言わないところを見ると反論はできないらしい。 「…でも。」 声のトーンが変わったことで、アスランもわずかに緊張した面持ちになる。 「何故貴方は幸せそうには見えないのでしょうか。」 「えっ?」 突然の告白に、驚いたのは言われた本人ではなくカガリで。 「それは、どういう…」 「キラが負い目を感じているからですよ。」 2人の質問に同時に答えるように言った。 「キラにとってこれは義務か償いなんです。だからやり切れない…」 苦々しい表情で、ぐっと左手で動かない腕を握り締める。 「俺はこんなことを望んで助けたわけじゃない。守りたいから、大切だからそうしただけだ。 なのに、アイツは自分を責める。」 俺の右手が動かないのは自分のせいだと。 誰も責めていないのに。 「そうできないのがアイツだから仕方ないとは思っていても… やっぱり納得いかないと心のどこ かで思っているんでしょうね。」 肩をすくめて自分こそが仕方がないとでもいう風に。 「つまり。自分の我が儘か。」 「まぁ そういうことだ。」 カガリの嫌みも苦笑いで受け流す。 「ただ純粋に好きだからそばにいる、だったらそれこそ俺は満足ですけどね。」 ―――ごめん。 扉を開けようとした手をだらんと落とす。 今、中には入れない。 聞こえてしまった アスランの言葉。 そう思えたらどんなに良いだろう。 …でも、ダメなんだ。 アスランが許しても僕が僕を許せない。 もう彼の手は元には戻らない。元通りに動かせるようになってもそれは本物じゃない。 知ってる。僕が何かをしてあげようとする度、アスランが困ったように笑うこと。 それは僕が義務だと感じているから。 アスランが気づかないはずがない。 本当は謝る資格もないけど。 君を傷つけてしまった僕だから。 だけど。 ごめん。 今だけ謝らせて。 君は受け取らないから。せめて心の中で。 「…うっ……」 うっすらと目を開けるとキラが見えて。 額に当たっているのはタオルか何かだろうか。 「あ、ごめん。起こした?」 慌てて離れようとするキラの腕を掴んで元に戻す。 「良い。…気持ち良い、から……」 固く絞られたタオルがひんやりとする。 水に浸していたせいか、キラの手も冷たくて心地良かった。 「すまない…」 「仕方ないよ。手術後の副作用みたいなものだっていうし。」 静かな声は、耳鳴りがするほどの頭痛の中でも、優しく響く。 義手を付ける手術の後、アスランは発熱してしまった。 それはそれが普通なのだと言われ、2、3日で引くからとそれと戦っている。 普段風邪など引かない分、精神的にも辛かったけれど。 ずっとキラがそばにいた。 こんな風に汗を拭いてくれたりだとか、手を握っていてくれたりだとか。 本当に些細なこと。 でも、それがたとえキラにとって義務だったとしても、気づくのはそれがキラだからで。 その優しさは純粋に嬉しかった。 「どこか辛くない?」 こんなところもキラの優しさ。 「…大丈夫。」 本当は、息は上がって苦しいし、視界はぼんやりとしか映らない。 頭痛は止まない、耳鳴りで耳の奥が痛い。 でも、キラがいるだけで随分楽だ。 ただ触れてくれるだけでも、ずっと我慢できるものとなる。 だから 笑顔で答えた。 「―――もうすぐ退院できるな。」 「うん。そうだね。」 途切れ途切れの言葉も、キラはきちんと拾ってくれる。 「早く―――…たい。」 「え?」 「キラを抱きしめたい…」 今1番の願い。欲かもしれないけど。 「なっ!? 何 ソレっ」 上擦った声は動揺している証。 思わず笑みが漏れる。 「だって、お前逃げるから…」 「恥ずかしいんだよっ」 「抱きしめないと不安なんだ… ここにいる、と思えない…」 何度か失いかけて。 その度に臆病になっていく。 「僕はここにいるよ。」 「分かってる… でも不安なんだ…」 戦争は終わった。 キラがあれに乗ることはない。 けれど 今回みたいなこともあるから。 それがもう無いとは限らないから。 いつ失うか、分からない不安。 突然ぽんっと布団を叩かれた。 「はいはい。元気になったらいくらでも抱きしめてもらうから。早く熱冷まして。」 それは母親か何かのような口調。 「とにかく今は寝よう? そっちの方が楽だから。」 そう言って、にっこりと笑って髪を梳き始める。 それに既視感を覚え、眠気に襲われる中で記憶を辿った。 ―――あぁそうだ。 これはいつか自分が言った科白だ。 キラが熱を出した時なんかによく言った言葉。 髪を撫でるように梳くのもいつもやっていたこと。 覚えてくれていたのか、と嬉しくて。 その時見た夢は、切ないほどに懐かしい、優しい夢だった。 NEXT→ --------------------------------------------------------------------- ちょっぴりほのぼの。