3.義手
義手といっても見た目は本物と変わりはない。 思う通りに動かせるし、銃もナイフも元のように扱える。 多少の違和感はあっても、それも慣れれば気にならない程度のものだ。 ただ本物と違うのは、 「冷たい…」 俺の右手を掴んで、キラがぽつりと言った。 「血が通ってないからな。生活に支障はない。痛覚はあるし。」 キラが今触れているという感覚もある。 温度は感じにくいけれど。 握ったり絡ませてみたり、しばらくそうして遊んでいたキラがふいに顔を上げた。 「アスラン、左手でしか僕に触れないよね。それはどうして?」 髪を梳く時も頬に触れる時も。 その不自然さに気づかないわけがなかったか。 キラが当てた右手と同じように左手をキラの頬に当てて。 「お前がそうして… 泣きそうな顔をするから。」 困ったように笑って答えた。 この手はキラにとって、一生罪の傷として残るのだろうか。 「―――俺は、今でも自分の行動は正しかったと思っている。」 キラがどう思っていようとも。 この手を見る度俺はキラを助けられたのだと思う。 誇りにさえ思うのに。 「どうして」 アスランの手を振りほどいて目を逸らす。 「どうして誰も責めてくれないんだ… どうして誰も僕のせいだって言ってくれない…っ」 「俺がそう思っていないからだろう?」 これで何度目だろう。 何度そう答えただろう。 でも何度言おうともキラはそれを受け入れない。 「君は優しすぎるよ。」 それだけ言って俺の言葉を否定する。 …見る度にキラが苦しむのなら。 本当は離れた方が良いのかもしれない。 けれどそれができないのは、俺が身勝手なせい。 それでも離れたくないという自分だけの欲のせい。 「どうしたら良い? どうしたら償える?」 「何もしなくて良い。ただここにいてくれれば良いんだ。」 震える肩を包み込むように抱きしめる。 びくりと強ばった身体を和らげたいと、さらに強く力を込めた。 だってこうして抱きしめることができる。 他に何を望めと言うんだ。 「どうして!? 一生かけて償えって、僕を縛り付けても良いから!」 どうしてすぐに自分を傷つけようとするのか。 ハァ、と出たのは深い溜め息だった。 「…一生傍にいてくれるなら、それはこの上ない幸せだけどな。」 願ったさ。 2人きりで過ごす穏やかな日を。 何にも邪魔されないで過ごすことが夢だった。 「でも、償いでそんなことされても嬉しくない。」 もうずっと、心から笑っているキラを見ていない。 いつも辛そうで、右腕を見る度に顔を歪めて。 「俺は笑っているキラが見たい。」 「っ 笑えないよ…っ 」 どうしてアスランは笑えるんだ。 2度と元には戻らないのに。 僕なんかの命で失って良いものじゃなかった。 「君にこんなことして笑えるはずない!」 どうして僕は守りたいものを守れないのだろう。 どうしてこんなに僕は―――… 「―――カガリの方が強いな。」 「えっ?」 突然カガリのことを出されて当惑する。 顔を上げたら、アスランはキラの頬を伝うそれを優しく拭って。 "また泣かせたか"と苦笑いした。 「カガリが、何?」 何故そこで彼女が出てくるのだろう。 「…元はお前がカガリを庇ったからだろう?」 「!」 アスランが守らなければキラが、キラが庇わなければカガリが。 あの時は誰がどうなってもおかしくなかった。 もしあの時、キラが死んだりでもすれば。 彼女もきっと後悔した。 「謝らないから礼を言うと言われた。自分とキラを助けてくれてありがとう、と。」 本当は黙っておくようにとも言われたことだったけれど。 「お前もそれで良いんだ。」 他に何も言う必要はない。 何も思わなくて良い。 「そんなことできない…っ」 頑なに否定しようとするキラに"頑固だな"と、アスランは溜め息交じりで言う。 どこまで言ってやらないとダメなのか。 「俺は後悔も不自由もしていない。あそこで何もできなかったらお前を失っていただろうし、 お前を失ったら俺は生きていけなかった。右腕のことは運が悪かっただけでお前は何も悪く ない。」 相手が返す暇も無いほど一気に言い切った。 「―――何か反論は?」 「……」 ない、とは言えない。 でもしてみたところで返される言葉は同じだ。 何度言い合っても堂々巡り。 どちらかがめげるか諦めるかしないと終わらない。 「―――もし、アスランと僕が逆の立場だったら…」 力を抜いて、キラは彼の胸に顔を埋める。 「ん?」 「君は自分を責めた?」 「…当たり前だ。自分の不甲斐なさに怒りを覚えるだろうな。」 それはキラにも予想通りの答えだったようで。 やっぱり、と呟く声は、人のことは言えないと責めていた。 確かにそれには反論できない。 けれど。 でも、と付け加える。 「逆の立場ならお前は俺と同じことを言うと思うが?」 そうだろう? と笑いかければ、ぐっと詰まって、彼の服を掴んで顔を隠してしまった。 「キラ。」 くすくすと笑い声が漏れそうな声音で。 優しく耳元で囁いてやる。 「逆ならお前は俺にどうして欲しい?」 意地悪な質問だと思う。 「〜〜〜前みたいに笑って欲しい…」 ぼそりと、やっと聞き取れる程の声だったけれど。 「よくできました。」 ポンポンと、アスランが頭を優しく叩いた。 「なんか丸め込まれた気がする…」 釈然としない気持ちでぶちぶち呟く。 今すぐ笑う気にはならないが、あそこまで言われたら許すしかなくなる。 逆だったらと言われたら、やっぱりアスランには自分を責めて欲しくないし。 そんなアスランに胸を痛めるだろうから。 「―――じゃあ。1つだけ我が儘聞いてもらおうかな。」 「?」 不思議そうにしているキラとおでこをコツンと合わせて。 「たまにはキラからキスして欲しいな。」 「!!?」 真っ赤になったキラに微笑みかける彼は、いっそ憎らしいほどに幸せそうに見えた。 「…キラ?」 そのまま固まった彼に、さすがにそれは難しかったかとアスランは苦笑いして。 「…なんて、冗談だけ―――」 言おうとした言葉の続きは、触れた彼のそれに消されていった。 --------------------------------------------------------------------- やりますな、キラさん。