1.怒り


「バカ」

 それが1番最初の言葉。


 目が覚めた瞬間に飛び込んできたのは―――夜明け前の空だった。
 それはかつての王族の色、そして俺にとっては至高の宝玉。
 そう、最初に見たのは俺が何よりも大切にしたい人の…瞳の色で。
 この世で1番美しい紫色の宝石は わずかに潤んでいるように見えた。

「バカだよ、アスラン。」
 その声が怒っているのは明白。
 クリアになった視界の目の前にある顔は泣きそうに歪んでいて。
 せっかくのきれいな顔が勿体ないと言いたかったけれど。
 でもそれは、俺を思ってくれてるからこそだろうから。
「かもな。」
 肯定して苦笑いを返すしかなく。
「…君はラクスの護衛じゃなかった?」
「そうだな。」
「そして僕はカガリの護衛。」
「ああ。」
「…じゃあ、どうして君が僕を庇うんだ。」
「守りたかったから。」
 正直に言ったらキラは息を飲んで口籠もってしまった。
 けれどそれが本心。後悔などしていない。
「っ冗談じゃない! 僕は守って欲しいなんて1度も言ってない!」
 沈黙の後に飛んできたのは叫びにも似た怒声。
 怒っている。
 でもそれは俺にだけじゃなく。
 自分も責めている。
 それには罪悪感を覚えてしまった。
 でも。
「仕方ないだろ。俺はお前を失いたくなかったんだ。」
「っ」

 キラを失うことを恐れていた。
 1度失ったと思っていたから尚更臆病になっていた。
 だからあの時、身体が勝手に動いた。

 ブルーコスモスのテロに襲われ、カガリを庇って刃の前にキラが立ち塞がった時。
 ラクスの身の安全を確保してそれに気づいて、咄嗟にキラを抱き寄せた。

 キラが怒り哀しむのを知っていても、失うことに比べたら自分の命を捨てる方がまだマシだった
 から。

「だからって…っ」
「キラ。落ち着いて下さい。」
 そっと彼の肩に白い手が置かれる。
 後ろから現れたのは桃色の髪の女性、優しさと厳しさを併せ持つ平和の歌姫。
「ラクスっ」
 キラが振り向くと彼女はにっこりと労りの表情を見せる。
「アスランはキラが大切なのですわ。分かりますでしょう?」
 そう告げてキラが落ち着き肩の力を抜いたのを見て取ると、今度はアスランの方に至極真面目な
 目を向けた。

「―――貴方に伝えなければならないことがあります。」
 感情のこもらない声。
 常に彼女は事実しか伝えない。
「?」
「貴方の右腕のことです。」
「…?」
 ふと合ったキラの目が逸らされる。
 辛そうに眉を顰めて唇を噛み締め、今にも切ってしまいそうに白く。
 それを止めようと手を伸ばそうとして、気づいた。
「力が…?」
 右腕が上がらない。
 それどころか指一本動かすことができない。
 感覚すらなく、まるで肘から先がないような。
「…神経が切れているからですわ。」
 静かな口調で、ラクスが真実を告げた。



 ―――不運としか言いようがありません。

 ラクスの話は淡々としていたが、キラが取り乱すのも仕方のないことだと思った。
 神経を繋げないことはないのだが 完璧にというわけにはいかず、指の半分は2度と動かないだ
 ろうということ。
 そして1度落ちた筋力を元に戻すには相当の時間が要るということ。
 それならばいっそ腕を切り落として義手にした方が早いこと。
 判断はアスラン本人に委ねられ、迷わず義手を選んだ。
 自分には ゆっくりとリハビリするほどの時間がなかったから。


「ごめん…」
 誰もいなくなった病室で、半身を起こしたアスランの頭を抱き込むようにして。
 呟いた声は泣いているのか震えていた。
「キラを失わずにすんだんだ。腕の1本くらい安いものじゃないか。」
 両手で抱き返してあげれないのはもどかしいけれど、左腕だけで腰を引き寄せる。
 するとキラはさらにギュッと力を込めてきた。
「安くないよ。どうして君がこんな…っ」
「キラ。」
 優しすぎるくらい穏やかな声で。
 名を呼べばキラの身体がビクリとはねて。
「義手にすればすぐ元通りになる。キラが心配することはない。」
「でも…」
 どうしても首を振るキラに苦笑いして、こてんと胸に頭を預ける。
「心臓、ちゃんと動いてる。」
「え?」
「キラが生きていてここにいる。」
「アスラン??」
 当惑しているキラにおかまいなしでその鼓動に耳をすませて。
 一定のリズムで刻まれるそれに安心する。
「俺はそれだけで十分なんだ。」

 他に何も望まない。
 2度と失いさえしなければ良い。
 それ以上は何も望まないから。

「だから、俺が生きる意味を奪わないで欲しい。」
 生きる意味はお前だから。
 お前がいるから俺はここにいるのだと。
「……っ」
 力を込めたキラの腕が小刻みに震えるのを感じて。
 結局はまた泣かせてしまったな、ともう1度苦笑いを漏らした。




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前置きが長すぎます。



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