お伽話の世界へ




「昨晩は楽しかったですかー?」と底抜けに明るい声で突然彼はやって来て、
窓が開いていたので勝手に部屋にあがりこんだ。
キラも特に気にせずに、廊下を歩いていたメイドに2人分の紅茶とお菓子を頼んで戻って来る。
ニコルは杖の上でフワフワ浮いて笑顔で聞いた。
「キスの件はどうなりました?」
それを聞いた途端に、キラの表情が変わる。
泣きそうだった。
「ってそうだよ! 僕キスしちゃったよ! 男なのに男の人とっ!!」
しかも嫌じゃなかったって思っているから問題で。
思い出して今度は真っ赤になった。
「あははー それは大変ですね〜」
言葉の割りに全然大変そうじゃないような言い方だ。
「笑いごとじゃないよ! てかその魔法って何!?」
「えー 別に大したことじゃありませんよー。」
嘘だ。
その笑顔がとても嘘っぽい。
キラが詰め寄ると またあははと笑ってパタパタ手を振った。
「その人に1週間以内にもう1度キスされると完全に女になっちゃいますって魔法です。」
今日の天気並にあっけらかんと言い放たれて キラは言葉を失った。
「〜〜〜〜 な…っ!?」
口をパクパクさせて震える指で指差すのが精一杯で。
人を指しちゃ行けませんというのはこの際どうでも良いから。
「良かったですね、玉の輿ですよ☆」
未来のお妃様ですねv なんて軽く言われて。
「冗談じゃないよ! だから僕は男なんだってば!」
「でもキスされると女です♪」
「だからそういう問題じゃなくて!」
本当の女の子になっちゃうって!
皆ビックリするとかそういうのじゃなくて、ってゆーか どうなのそれは!
「良いじゃないですか。一週間以内にキスされなきゃ男のままなんですから。」
さらりとニコルが言った言葉で、キラは急に冷静に戻る。
「あ… そっか。」
確かにそうだ。キスされなきゃ良いんだ。
頭が混乱していてそのことに気がつかなかった。
もう会うこともないだろうし。別にどうってことないよね。












「クルーゼ伯爵の所のフレイ嬢なんてどうだ? あ、フラガ侯爵の娘は2人とも美人だと聞くぞ?」
一晩明けた後、何とか決めてもらいたくて 父パトリックはアスランに話を持ちかける。
イザークについてはすでに諦めた。
もうアスランだけが頼りだ。
町の踊り子(しかも恋人アリ)を追いかける第1王子は端から当てにしていない。
「…父上。私は決めた人がいます。」
「何?」
「昨日出会った姫… 彼女を私は妻にしたいのです。」
おおっ とパトリックは喜びに満ちた表情でアスランを見る。
彼にもやっと明るい未来が見えた。
「で、その姫の名前は?」
ハッ 
そこで気が付いた。
そういえば何も聞かないまま別れてしまったのだった。
「何故あの時聞いておかなかったんだ 俺は!!」
あぁ きっと名前も愛らしいのだろうとか考えて。
何でそんな惜しいこと… じゃなかった、重要なことを聞いてなかったんだ!
「バカだからだろ。」
通りかかったイザークが去り際にツッコミを入れていく。
しかし、残念ながらその言葉はアスランには届いていない。
フフフと不敵な笑みを浮かべて自身満々に拳を振り上げた。
「…たとえ名前を聞いていなかろうとも! 俺は必ず見つけ出してみせる!!」

―――救いようがないな。

背後で聞こえる笑い声に、イザークは呆れ果てた溜め息をついた。














「聞きまして?」
「ラクス姉さん。何を?」
庭の東屋でのんびりお茶をしていたキラの所へやって来て、彼女は穏やかな笑みをたたえて
言った。
「アスラン王子があの時の姫を探し回ってらっしゃるそうですわ。」
ぶっ
ちょうど含んだカモミールティーを噴き出してしまった。
「でも… ホントに居るのでしょうか。キラにそっくりな女の子なんて見たことありませんわ。」
「僕だってないよ…」
キラの疲れたような返答にそうですわよね、と彼女も呟いた。
「あの子、何者だったんだろうな。」
ラクスの後ろから ひょっこりとカガリも現れて会話に混ざる。
「でもあの勢いだと本当に探し出しそうだな。」
父親から聞いた彼の様子を思い出してクスリと笑うとラクスも笑う。
ただ、キラだけはそれどころではなかった。
王子が自分を探している。
「……」
で、でも見つかるはずは無いよね。
なんとか自分に言い聞かせた。




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