お伽話の世界へ




2曲目は2人を中心にして 周りに1つの輪が出来上がる。
3曲目は輪が2重に、それはたまに入れ替わって。
そして4曲目に入ろうとしたところで、疲れてしまったキラは彼に別れを告げて輪からそっと
抜け出した。
それを追いかけてくる彼には気が付かずに。



「つ、疲れた…」
個室になっている控え室のソファに足を伸ばして キラは深呼吸を1つ。
まさか3曲も踊る羽目になるとは思わなかった。
しかも女性のパートで。こんなこと初めての経験だよ。
でもそれでも 相手は自分に負担をかけないようにしていたのには気づいていた。
それは僕も気をつけていることだから。
「しっかし、女の人ってスゴイなぁ…」
投げ出した足の先にあるヒールの高い靴。
こんなバランスの悪いものを履いてあんなに踊れるなんて。
「感心しちゃうよ。」
何度か転びそうになったのをさり気なく彼は受け止めてくれて。
そういえば足も2回くらい踏んじゃったな。
それでも相手はずっと笑顔でいたけれど。
「でも… 結局 あの人って誰……?」
根本的な問題に行き着いてキラは首を傾げる。
知ってるんだけど知り合いじゃない。
話したことはない、でも僕は彼をよく知っている。
「…??」
何かが引っかかっている。
それが何か分からないから困ってるんだけど。

「…入って良いかな?」
「!?」
驚いて 入り口になっているカーテンを弾き見る。
この声はさっき一緒に踊っていた人だ。
話してみれば誰だか分かるかもしれない。
「―――構いませんけど。」
座りなおしてそう応えると、布が揺れて彼は中へと入ってきた。


隣に座っているだけでも胸が高鳴る。
抱きしめたらすっぽり入ってしまいそうな細く小さな身体。
触れたら壊れそうだけれど、露になっている肩は滑らかで柔らかそうで。
その衝動を抑えて彼女を見れば、吸い込まれそうな済んだ紫の瞳がこちらを覗き込んでいて。
眩暈がしそうになるのをぐっと堪える。
「どうしたんですか?」
首を傾げて、鈴の鳴るような可愛らしい声で。
そんなこと言われたら男としてはどうしようもないじゃないか。
「あぁ、いえ… 貴女がとても可愛らしいのでつい見惚れてしまいました。」
笑顔で言うと、みるみるうちに顔が赤く染まっていく。
そんな素直な所も可愛いと思ってしまった。
ふいっと彼女は目を逸らす。
「そ、そんなこと言われても…」
恥ずかしいのか彼女はちょっと距離を置く。
アスランにとってはそんな仕種も全てが可愛らしくとても愛しい。
ぐっと距離を縮めて、ソファに置かれた彼女の手に自分の手を重ねた。
「私は、貴女のことが知りたい…」
「え…? あの……っ?」
驚いて顔を上げるとすぐそこに彼の瞳があって。
だんだんと近づいてくる彼から目が離せない。
「私のことはアスランとお呼びください 姫。」
「アス、ラン…?」
彼の言葉を反芻して、ハッと気がついた。
"アスラン"って 第三王子じゃないか…!
やっと合点がいった。
でもそれで今の状況が何か変わるわけではない。

突然ふわりと身体が浮いて、気が付いたらソファに背中が付いていた。
頭はちょうどクッションに埋れて、抱かれて敷かれた腕で掴まれている肩はとても熱い。
そして覆い被さるようにして 彼はそのエメラルドの瞳で自分を見つめる。
藍の髪が燭台の光に照らせれ輝いていてキレイだ。
ぼうっとして見惚れていると不意に唇に何かが触れた。
視界が遮られて何か分からなくて、それがキスをされていると気が付いたのはしばらくした後
だった。
1度離されて息をついたところでまた塞がれて。
「ん…っ」
今度はさっきと違う。さらに深くきつく長く。
そして口の中に入ってくる何か。
息が上がって何も考えられなくなって、頭の芯がボーっとする。
絡め取られても何もできず されるがままに任せてしまう。
このまま流されてしまいそうだった。

【トリィ!】
「「!!?」」
頭上から聞こえてきた声にアスランははっとして離れる。
朦朧とした頭でキラが彼の肩を見ると、緑色をしたものがちょこちょこと動いていた。
「……?」
何だろう… 鳥……?
【トリィ】
その鳥は機械的な羽音を立てて羽ばたき、天井をぐるりと一回りすると今度はキラの額に乗った。
自分の顔を覗き込むようにして首を傾げる様がなんとも愛らしい。
「可愛い…」
手を差し出してその鳥に触れると、硬質で冷たい感触がした。
そして意識もだんだんとハッキリしてくる。
今まで自分がやっていたことを思い出してしまった。
「っ!!?」
慌てて飛び起きると、鳥は羽ばたき去ってアスランの肩へと移る。
口元を押さえてもまだ感触が残っている。
強張った表情で彼の方を見れば、一瞬だけ目が合って、彼は前髪をくしゃりとかきあげ目を
逸らした。
「すまない…」
頬は紅潮し、その顔はとても複雑そうで。
それは抗いようの無い事実をさらに突きつけるのと同じで、キラは泣きそうになってしまった。
一方アスランは己の欲に負けてしまったことに対して 深い自責の念にかられる。
会ったばかりの女性に、何てことしてしまったのだろう。
しかもそれが元は男であることを彼は知らない。

―――ゴーン

低く重い鐘の音が耳に入る。
「! この鐘は…!?」
「――― 12時を告げる鐘だ…」
彼も気がついたように音の方を見上げる。
そしてキラはニコルが言った注意を思い出した。
まぁ 間に合わなかったところで何も変わらないとは思うのだが、もし何かおかしなことが
起こったら困る。
彼ならやりかねない気がしてキラは慌てた。
「僕、帰らなくちゃ!!」
え? と驚くアスランにも構っている暇はない。
鳴り終わる前に馬車に辿り着かなくてはならないのだから。
「こんな靴も邪魔なだけだ!」
ガラスの靴を脱ぎ捨てて、素足でキラは飛び出していった。
そして残されたのは、彼女のガラスの靴と、展開の早さについていけなくて呆然とした王子の姿。











「さっきのは何…!?」
無事に家に辿り着いて元の姿に戻ったキラは、自室のベッドの上に座り込んで混乱していた。
「僕、一体何してた!?」
キスされて抵抗もしなくて、流されていて。
僕は男なのに! 王子とキスって何なの!?
冗談じゃない展開にパニクってキラは頭を抱える。
いっそアレが夢なら良いのに!


バン!!

「へ?」
荒々しく扉が開けられたかと思うと、カガリがズカズカと中に入って来た。
「カガリ姉さん。おかえ…りっ!?」
言い終わるより早くベッドに押し倒されて ブラウスを下から思い切り捲られる。
「ね、姉さん!?」
「無い、よな…」
ぽつんと呟かれた。
「な、何が!?」
服を急いで戻して半泣きで問うキラに、カガリは我に返ってスマンと謝る。
「あ、いや、さっき城でお前にそっくりな女の子を見たから。まさかな〜と思って。」
「僕は男だよっ」
「そうだよなぁ。」
今まで一緒に住んでて気づかないはずはないよなぁ。
第一あの子は髪が腰まであったし。
「あはは ごめんな。じゃあオヤスミ。」
軽く言って彼女が去ると、キラはトホホと涙を浮かべた。

ううっ あれって夢じゃなかったんだ…




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