Punish
目の前で失われたもの、それが代償。犯した罪の償い。
もしこれが罰だというのなら、一体 誰の罰なのだろうか…
――― 死んでも良いと思った。君がそう望むなら、これが君を裏切った故の結末なら……
僕はそれで構わなかった…
金柵の瀟洒なベッドの中で 彼は静かな寝息をたてている。
その少年とも少女ともつかぬ中性的な面立ちは どちらで呼べば良いのか最初戸惑ってしまうが、
その美しさを見ているとどちらでも良いように思えてくるから不思議だ。
かけられた布の上から見えるラインがその身体の細さを物語り、触れただけでも
折れてしまいそうな印象を受ける。
白く清潔に保たれた 柔らかい羽毛の枕の上に流れる濃茶の髪は、照らされ艶やかな光の輪を
描く。
伏せられた長い睫毛、雪のように白い肌、それはまるで精巧に作られた人形のようだ。
ただその形の良い額に今は痛々しく 幾重にも包帯が巻かれていた。
「――――……」
甘い… 花の、香り……?
小さく眉を顰めた後、紫の瞳がゆっくりと開けられる。
柔らかな陽射しが視界に入り込み、肌には心地好い暖かさを感じた。
「……」
ここは…?
「あら。」
傍らで白い薔薇を花瓶に生けていた少女は 挿そうとしていた1本を台の上に置き、
彼の枕元に寄る。
「お目覚めですか?」
「……?」
僕は 一体…
ぼうっとした頭で声のした方向に目をやる。
まだ 彼は自分がどうした状況でいるのか、理解できていない様子だった。
「ここは私の屋敷ですわ。…キラ、私がお分かりになりますか?」
自分の顔を覗き込んでいる 優しげな微笑みをたたえた少女。
自身の胸元に置かれた手は白く細く、仕種の一つ一つが上品で女性らしい。
遠く輝く海の色を映した大きな瞳、珊瑚色の唇に、薄桃色の肌。
薄地のドレスに沿った凹凸のある体のラインは女性特有のもの、服から伸びた四肢は細く長く、
そしてそれは絶妙のバランスに保たれていて。
彼に負けず劣らずの作りものめいた美しさは、けれどその微笑みで親しみやすいものへと
変えられている。
そしてその、印象的な長い柔らかそうな桃色の髪は 入り込んだ風で静かに揺れていた。
「……」
知って、る…
泣いていた僕を慰めてくれた…
「…ラ、……」
―――ラクス。
口はそう形作っていても、それは声には出てくれなかった。
「あら、覚えていて下さったのですね。光栄ですわ。」
それでも嬉しそうに彼女は笑う。
忘れるはず、ない。
孤独だった僕を、その笑顔で救ってくれた人。
ひとときの安らぎを、僕に与えてくれた人。
そして 彼女はアスランの―――
ビクッ
「…キラ?」
ラクスがその穏やかな表情をわずかにしかめる。
見開いた彼の瞳には、悪夢から目覚めた朝のような緊迫感と恐怖の色が見えた。
「アスランは…っ?」
身体に走る激痛もお構いなしにキラは起き上がる。
あらわになる その細い身体に巻かれた無数の包帯。
息が詰まるような苦しさに思わず彼は唸った。
けれど今その痛みはキラには関係が無い。
「ねぇ アスランは…!?」
キラの問いにラクスは困ったように首を傾げる。
何を言っているのか分からない、といった風に。
それにキラは愕然とした。
やっぱり アスランは……
なのに 何故僕は……
「僕、どうして生きて…?」
ハッキリしてくる意識、これは夢じゃない。
見つめた手が震え出している。
「キラ?」
「僕は、アスランと… 戦って…」
「!?」
今度はラクスの方が驚き、その蒼の瞳を見開いた。
「あの時、僕は死んだはずなのに……」
「……」
本気で殺し合った。
その時 相手はもう親友なんかじゃなくて。
僕を好きだといってくれた君じゃなくて。
ただ あの時目の前にいたのは敵で。
分かってたよ。
だって僕は君の仲間を殺した。
だから僕は君にとって憎むべき者だった。
分かってたよ。
最後 君にそうさせたのは僕。だから死んでも良かった。
なのに…
「僕、なんで生きてるんだろう…」
流れた一筋の涙。
隠そうともせず、キラはその涙を拭うこともしない。
ラクスはそんな彼をぎゅっと抱きしめた。
居た堪れなくて、見ていられなくて、そうせずにはいられなくて。
「アスラン… アスランが居ないのに…」
ここに君は居ないのに…
「キラ…」
お願い もう止めて…
それ以上は…
貴方が壊れてしまいそうだから…
震える彼の身体を宥めるように抱きしめていても。
何度も彼の名前を呼んでいても。
「アスランが居ない世界に 意味なんて無いのに…」
消え入りそうな声で彼は呟くだけ。
ラクスの声はキラに届かない。
「どうして…?」
独り言のように、誰に尋ねるわけでもなく。
彼は何度も繰り返す。
「要らないのに… こんな世界なんて……」
「キラ……」
彼が紡ぐ言葉はラクスの胸を締め付けるほど切なくて。
彼女はそんな彼を 強く、強く、抱きしめた。
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