Punish
目の前で失われたもの、それが代償。犯した罪の償い。
もしこれが罰だというのなら、一体 誰の罰なのだろうか…
晴れに設定された空は明るく、室内に窓の外の茂る木の影を落とす。
開けられた窓からは涼しげな風が吹いてきて、彼の宵闇の髪を通り過ぎていく。
風にそよぐ木々の音しか聴こえない静かな病室で、規則正しく紙が捲られ擦れる音だけが他の
雑音。
立てられたベッドの背凭れに背中を預けて膝を立て、彼は固定された片腕を押えにして器用に
本のページを捲った。
揺れる木の葉と同じ深緑の瞳はそこに書かれた細かい文字を辿るが、
たまに彷徨い 行き場を失くす。
そうすると彼は顔を上げ、遠くの空を眺める。
その整った顔立ちに浮かぶ憂いの表情は 溜め息が漏れるほど似合うけれどその分悲しくも
なって。
何かを想い、深く息を吐くと彼はまた本に視線を戻す。
その繰り返し。それは何度も何度も繰り返された。
コンコンッ
返事を待って、病室の白い扉が開かれる。
1歩入ってくる足音がすると彼は客人の為に本を閉じて顔を上げた。
「え……!?」
そして、驚き その相手を凝視する。
「ラクス!?」
「アスラン、お加減はいかが?」
来ないと思っていた人の顔を見ながら、それでもまだにわかに信じられないといった表情を
彼女に向けた。
確かに立場上は来ない方がおかしいのかもしれないけれど。
でも彼女は忙しい人で、仕事の合間でもそう来れるものでもない人で。
ラクスはそんな彼に微かな苦笑いを向け、お見舞いの花束を手渡す。
「なかなか会いに来れなかったことは謝ります。けれど どうしても目が離せないことが
ありましたから。」
「いえ…」
すまなそうな表情の彼女に対して、彼はわずかに微笑み 軽く首を振った。
「明後日には自宅での静養に移れる程度ですから。」
「あら。でしたらやはりもっと早くくるべきでしたわね。」
看病をしてみたかったという彼女にアスランは苦笑いする。
彼女のマイペースさが 今はとても安心できた。
それは 今目の前の現実から、少しだけ逃げることが出来たから。
息が詰まるような日々から、ほんの少しだけ 解放された気持ちになれたから。
けれど…
「―――私、貴方が沈んでらっしゃらないかと思ったのですわ。」
ポツリと、笑みを消して彼女が言った。
「!」
「心配していました。」
そうして、少し悲しげな笑みを見せる。
あぁ そうか。
彼女はキラを、そして俺達の関係も知っている。
そして、俺が"ストライクを討った"ことも。その功績を称えられることも。
彼女は全部知っているのだった。
「…責めないんですね。」
心配、だなんて。
「俺はキラを… 1番大切に想う人をこの手で殺したんですよ?」
アスランはそう言って 自嘲の笑みを向ける。
「敵なら殺すしかない。それならいっそ俺が―――… そう思った俺を…」
こんな時でさえ、俺はキラを他の奴等には触れさせたくなかった。
殺さなきゃならないのなら、俺以外の奴が殺すことなど許さない。
だから。
俺が殺した――――
「責めたりはしません。私にはそのような権利はありませんから。」
「…そうですか。」
褒め、称えるだけの他とは違う。
けれど彼女もまた俺を責めたりはしないか。
「…責められた方がまだマシです。何故愛しい者を殺して勲章などもらわなくては
ならないのか……」
―――アスラン!
あの優しい、愛しい笑顔を奪ったのは俺だ。
もう聞けない、キラの声。
もう俺の名を呼んではくれない、笑いかけてはくれない。
「やはりあの時共に逝っていれば良かった、と…」
無様に生き残っても、ただ後悔するだけならば。
彼が無意識に抑えた左手首を見て ラクスはびくりとした。
厚く巻かれた包帯、彼が何をしようとしたのか考えなくても分かる。
―――それが 管理の行き届いた病院では無理だということは彼も知っているはず。
だから大人しくして早く帰ろうとしている。
明後日…
彼はきっと本気だろう。
「アスラン…」
ラクスは何か決心したような瞳でアスランを見た。
「まだ少し迷ってはいますけれど… このままでは貴方まで破滅してしまいそうですから。」
「ラクス?」
彼女が何のことを言っているのか、アスランには分からない。
その表情からは何も読み取れなかった。
彼女がゆっくりと口を開く。
そして、その艶やかな唇から信じられない言葉を紡ぎだした。
「―――キラは生きています。」
「え…?」
聞き間違いかと思った。
それは あまりにあり得ないことだったから。
「確かに、貴方よりは重症ですけれど。」
本当に聞き間違いではないのだろうか?
今 彼女が出した名は。
そんなはずは… そんなことがあるはずが…
「そん…な、ウソ…」
「この状況で嘘など言いません。」
やっとの思いで搾り出した言葉を、ラクスは即座に否定する。
「ですから… 後を追うなど考えないで下さい。」
彼女が向けたのは、悲しく切なげな 苦い微笑み。
「…そのおつもりだったのでしょう?」
「ッ!」
アスランは答えない。いや、答えられなかった。
本気だったのだ。
誰かに知られる前にキラの所に逝こうと思っていた。
「…貴方がたの絆は危うく、少し怖く感じます。」
この2人の間には誰も入れることは出来ないと、改めてラクスは思わずにいられなかった。
相手の為に ここまで自分を追い詰めてしまえるものだろうか。
「―――時間ですわね。私はもう帰ります。」
目が離せないものがあるから、と。
何の余韻も無く 彼女は別れの言を告げた。
「…ラクス。」
「はい?」
帰ろうとする彼女を呼び止める。
「キラに、会わせて下さい。」
振り向いたラクスは困ったような表情をしていた。
「…会いたいのですか?」
「当たり前です!」
何故そんな当然のことを貴女は訊くのか。
すると彼女は、その困った表情をわずかに笑顔に変えて 可愛らしい仕種で首を傾げた。
「何故? 何故会いたいと思われるのですか?」
「何故って…」
その問いにアスランはすぐには答えられなかった。
けれど理由なんて思いつかない。
ただ会いたいと思うだけだ。
「…会いたいことに理由が必要ですか?」
愛しい人に会いたいという気持ちに理由が要るのですか?
真っ直ぐに向けられたエメラルドの瞳は、全てを見透かしそうなほど強く 純粋な光を
放っていた。
「どんなに責められても嫌われていても良い。だから会わせて下さい。」
「―――そうおっしゃると思っていたから迷いましたのに…」
ふぅ、とラクスは1つ溜め息をついた。
アスランにはそれが1番有効な方法であったとはいえ。
そう言われることは予想していた。
「アイツが… 会いたくないとでも言ったんですか?」
それなら仕方が無いとは思うけれど。
「いえ… キラは何も言いません。」
会わせたくないというのは私の勝手な希望だから。
「なら……ッ」
「―――会わせることはできます。けれど、お会いにならない方が良いかもしれません。」
「何故?」
彼女の含みの在る言い方に アスランは怪訝そうに見返す。
「会って…貴方が後悔しないとは限りませんから。」
「そんなこと…! キラに会うことが何故後悔なんかに・・・!!」
何を言われる覚悟もできている。笑いかけず睨まれてもそれで良い。
それでもキラに会いたい。
「…分かりました。そこまでおっしゃるのなら。」
分かりました。
では貴方に賭けましょう。
貴方の強さに期待しています。
だから、キラを… 救って下さい……
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