悔恨 B




「ラクス!」
 出入り口付近に来たところで 向こうから勢いよく走ってきたのはカガリで。
 2人はそんな彼女の方を立ち止まって振り向く。
「あら カガリさん。どうかしましたか?」
「ちょっと、こっち!!」
 有無を言わさずカガリは彼女の腕を引いてキラから離れる。


「……?」
 廊下の隅で頭を突き合わせて小声で話している為 キラにはその内容は聞き取れない。
 けれど わざわざ離れたということは聞かれたくないんだろうなと思って。
 特に気にもしなかった。
 そんな彼をラクスが見やる。
「キラ、先に行って待っていて下さい。」
「あ、うん。」
 どうやら少し時間がかかるようだと素直に返す。
「ちゃんと待っていて下さいねvv」
「うん、分かったよ。」
 彼女の含みある言葉にも何も疑問を持たなかった。
 他に何を言うでもなく、キラは2人に軽く手をあげると奥へ行ってしまった。












 

 先に展望室に来て 1人宙を見ていたアスランは、入ってきた気配に気づいて手摺りから身体
 を離す。
 待ち合わせていた彼女が来たと思ったからだ。
「―――カガリ…?」
 けれど、振り向いてそこにいたのは予想外の人物で。
 アスランはそのまま驚き固まってしまった。

「…キラ……」

 久しぶりに見た紫の瞳。
 向こうも驚いたように目を見開いている。
 けれどそれも一瞬、キラはすぐにふいっと目を逸らした。

 「あっ ごめん! 君も待ち合わせしてたんだね。ラクスが来たら僕出てくから…っ」
 中ほどにいる彼に対して、キラは1番端の方へ逃げるように飛んで行く。
 …いつもと同じだ。
 何かを諦めたように、アスランも元の方へと視線を戻した。






 長い沈黙の中、会話も無く2人の間で気まずい時間だけが流れる。
 カガリもラクスも来る気配はなく、ただ2人は黙って別々の場所を見ているだけだった。
 キラの肩に乗ったトリィだけが 鳴きながらたまに2人の間を飛び回っている。

「…キラは、」
「え?」
 突然の呼びかけにキラはびくりと身を震わせ 弾かれたように彼を見る。
 前を見たままで、アスランは言葉を続けた。
「ここに何しに来たんだ?」
 何気ない質問。何も考えずに出てしまった言葉。
 目を合わせないなら、キラも話をしてくれるだろうか。

「え… あ、それは… えっと…」
 必要以外で彼と話すのはどれぐらい久方振りのことだろう。
 そのせいもあって キラはちょっとパニクってしまった。

「あ、その、ラクスに散歩が、えっと、カガリが先に、止めて…… ってアレ??」
 あたふたと動かしていた腕を停止させて、キラは首を大きく傾げた。
 自分が何を言ってるのか分からなくなってしまった。
 それ以前に文章として成り立っていない。
 アスランはそれに思わず吹き出してしまった。

 …お前、全然変わってないんだな。
 やっぱりキラだ。

「…落ち着いて。ちゃんと聞くから、もう1度。」
 笑いながらアスランが振り向いた。
「う、うん。」
 今の彼がそんな風に笑うのを見たのは初めてだった。
 前に見たそれが 3年前のことなのに本当に遠い昔のように感じて。
 懐かしい気持ちになったキラは、なんだか同時に気分も落ち着いてきた。

「ラクスが誘ってくれたんだけど、すぐそこでカガリに呼ばれて。待っててって言われたから
 先に来たんだ。」
 そう言って 思い出したように入り口の方を振り返る。
「…そういえば、2人とも遅いね。」

「……そういうことか。」
 カンの良いアスランはすぐに気付き、妙に納得してしまった。
 こんな偶然あり得ない。
 そして、ラクスならやりかねない。
「……謀られたんだよ。」
 みごとにハメられたんだ 俺達は。
「は!?」
 笑うアスランに対して キラはポカンとして間の抜けた声を出した。

 2人きりでゆっくり話し合えということだろう?
 視線すら合わせない俺達のために…
 その気持ちは嬉しい。

 けれど、俺達は……


「―――じゃあラクスとカガリに感謝しなくちゃ。」
 頭の中が整理できたのか、急にキラが明るい声で言った。
 今度はアスランの方がポカンとしてしまう。

「僕、アスランに言っておきたいことがあったんだ。」

 今までずっと逸らしていた瞳を真っ直ぐに合わせて、キラはアスランの方へと歩み寄る。
「キラ…?」
「僕は―――…」
 数歩手前でピタリと止まって、キラは一度その瞳を伏せた。
 軽く頷くとゆっくりと目を開けて、自分の姿が映る新緑の瞳をじっと見据える。
「僕は、君に許してもらおうなんて考えてないし、無理に昔のように戻って欲しいとも思って
 ない。」

 そんな都合の良いことは考えていない。
 憎まれても当然だと思っている。

「―――そのくらいのことを、僕は君にしたから。」
 だから今 一緒に戦えるだけでも充分だと思う。
 彼の瞳が動揺で揺らめく。
「でも、僕は何も変わっていないよ。君に対する気持ちは3年前と変わっていないから。」
 少し告白めいたセリフ。
 キラは言葉を失ったアスランににこりと笑った。
「これだけは言っておきたくて。…行こう、トリィ。」
 飛んでいたトリィに手を差し出して止まらせると、キラはアスランの言葉は待たずに展望室
 から出て行った。






→次へ




---------------------------------------------------------------------


 



BACK