希望
〜僕らの進む路は…〜




「ここにいるのは確かなんだ…」
 1人1人を注意深く見ながら彼は人の流れに沿って歩いていた。
 深い翠の瞳は真剣そのもので。
 歩みは早くとも何一つ見落とすまいという様子が見て取れた。
 けれど、その端正な顔立ちには多少の疲れと焦燥が浮かんでいる。

 彼は今、ある人物の捜索の為にここにいた。
 軍の命令ではなく個人的な思いで。
 その為にかなりの無茶と無理をしている。
 残してきた同僚達にも多大な迷惑をかけていることだろう。

 それでも。
 そこまでしたのは、今回のことは自分に責任があるから。
 どうしてもこのままにはしておけなかったから。

「何処にいるんだ… ニコル……」
 賑う街の音に消される程度の声で、彼は低く呟いた。



 彼が生きていると知ったのは ブリッツとストライクの残骸を見た時。
 そこにはニコルも、そしてキラの姿も無かった。
 そして、そこから離れた場所で脱ぎ捨てられた2人のパイロットスーツが発見された。

 2人は生きているかもしれない。

 それはアスランに希望を与えた。
 様々な制約のせいででずいぶん遅くなってしまったが、まだここにいる可能性もあると思い、
 こうして探しに来た。
 そして証言からまだ2人はこの町にいることを知り、こうして地道に探してはいるのだが。
 何故だかどちらとも遭わない。

 無理を通してきているのだ、あまり時間はかけられない。
 最高でも明後日まで。
 それが過ぎたら諦めて戻るしかない。



「しかし… 何故キラとニコルが一緒にいる…?」
 ふと疑問を漏らす。
 話によると、2人はよく一緒に買い物に来ると言う。
 素性は知られていないが"仲の良い兄弟"としてこの辺では通っているらしい。

「…お互い敵だと知っているんだろう…?」

 同じ場所に捨てられていた服。
 2人の間で何があったのか。



 考えに思いを廻らせつつ、意識を再び人込みへと向けて。

「――――――!」

 見慣れた色に注意が向いたところで、それまで考えていたことが全て吹き飛んだ。
 前から歩いてくる人物にアスランは愕然と立ちつくす。

 若草色の。
 穏やかな笑みの、幼い顔立ちの少年。
 紙袋を手に持って どこか上機嫌な様子で向かってくる。

 やっと見つけた。
 アスランの口から安堵の息が漏れる。


「ニ……」

 けれど 言い終わる前に、彼は気づいた様子もなく真横を通り過ぎてしまった。
 気づかなかった、というよりはむしろ、まるで知らない人のように。

「え…? ちょっ…!」
 一瞬遅れてアスランは振り向くと 人込みに消えそうな彼を追いかけた。


 気づかなかった?
 それとも分かって無視したのか?

 真横を通ったのにわずかな反応すら示さなかった。
 アスランにはそれが信じられない。
 人違いであるはずは無い。




「ニコル!!」
 人込みに紛れて消えてしまう前に彼を捕まえた。

 強い力で肩を掴むと アスランは彼を振り向かせる。
 ニコルの表情には驚きと、そして疑問が含まれていた。

「ニコル! お前どうして……!」
「? ??」
 分からないといった風に 彼は首を傾げる。
「あ、あの……?」
「今まで連絡もせずに何をしていたんだ! 無事なら連絡くらい…!」
 大声でまくしたてるアスランを見て、ニコルはますます当惑する。
 何故こんなことを言われなくてはならないのか検討がつかない、とでも言いたげに。
「ニコ…!」
「離してください!」
 ニコルは掴まれた腕を振り解き、逃げるように1歩引いた。
「貴方、誰なんですか!? 僕は貴方なんか知らない!」
「ニコル!?」

 人違いであるはずは無いのに。
 その瞳は拒絶の色を示している。
 ショックと同時に、アスランの方にも困惑の表情が浮かんだ。


「ニコル? どうしたん…」
 彼の声を聞きつけて、キラがその場にやってくる。

「!」
 そして、アスランの姿を見た途端、ニコルの腕を引いて自分の後ろに隠した。

 それに驚いたのはアスランの方だ。

「キラ…?」

 現れたのは紛れも無いかつての親友。
 敵になったはずの、ニコルと共に消えたはずの少年。
 2人が一緒にいると言うのは本当だったのか。

「アス、ラン…」
 掠れた声で、キラもまたその名を呼ぶ。

 今は遭いたくなかった。
 今のこの生活も、もうすぐ終わってしまう気がしたから。


「何故君がここに…?」
「それはこちらのセリフだ、キラ。俺はニコルを探しに来たんだ。」
「!?」
 ニコルが驚いた表情でキラの顔を弾き見た。
 キラの表情は苦い。

「…もう 戻りたくは無いんだ。そして彼も戻したくは無い。」
 絞り出すような声でキラは言う。

「今のままで幸せなんだ。だから そっとしといてよ…」

 戦いも知らず、穏やかな日を過ごしたい。
 でも やっぱり叶わない願いなのかな…


「それは逃げるのと同じだぞ、キラ。」
 たしなめるような口調でアスランはキラを諭す。
「分かってるよ。」
 言われなくても分かってる。
「分かってるけど、でも……」
 でも、それでも。
「アスランは… 君は、せっかく笑ってくれる人の笑顔を奪える?」
 泣きそうな顔だった。


 僕が彼に笑いかけてもらえる資格なんか無いのは分かってるよ。
 元のニコルにとってはアスランの所の方が良いと思う。
 でも 戦場にいて笑えるなんてあり得ない。
 せっかくあんな 優しい笑顔を持っているのに。
 失くして欲しく無いよ。


「僕はニコルに笑っていて欲しい。もう2度とあんな場所には返したくない。」
「キラ!」
「アスランがどう言おうとも、僕はそう決めたんだ。」
 記憶が戻って ニコルが自分の意志で去るまで、傍にいて笑顔を守っていくって。

「笑っていて欲しい…?」
 アスランの表情も辛そうだ。
「そりゃ俺だってそう思っている! けど俺達にはニコルが必要なんだ!」
「必要だろうと何だろうと それで笑顔を奪って良い理由にはならないよ!」

 どちらも引く気はなく、それ以降は互いに無言で。
 睨み合う2人は一触即発。
 緊張感が辺りを包む。

 どう言えば相手が引くのか。
 2人が考えていることは同じだ。
 そして 再び口を開いた時。

「―――止めて下さい。」

 2人の声ではない声がそこに響いた。


 ニコルは2人の間に入ってきて、キラを庇うようにしてアスランを見る。
「…僕は今、記憶を失くしています。」
「!?」
「だから何があったのか分からないけど…」
 きっと 辛い何かがあったんだろうけど。
「―――キラは そんな僕を助けてくれました。だから彼がそう望むのなら、僕も同じです。」
「ニコル…」
 キラが驚いた風にニコルを見ると、ニコルも振り向いてにっこり笑った。

「帰りましょう、"僕ら"の家に。」
















 ニコルの言葉を聞いたせいか、アスランはそれ以上追求はしなかった。
 自分のいるホテルの名前だけを告げて、彼はその場を去ったのだ。





「……」
 隣のベッドで寝息を立てるニコルと対照的に、キラは眠れず幾度目かの寝返りをうった。

 自分が勝手なことを言っているのは分かる。
 ニコルの意思も考えずにあんなことを言った。
 けれどニコルはここを選び、僕との生活を続けると言ってくれた。
 嬉しい反面、これで良かったのかと疑問にも思う。

 "逃げるのと同じ"―――…

 アスランが言った言葉が頭の中でグルグル回る。
 そう、これは逃げだ。
 そしてそれにニコルも巻き込んでいる。
 これは正しい判断なのだろうか。


「でも、だからって どうしようもないじゃないか…」
 ボソリと、吐き捨てるようにキラは呟いて 布団を被った。




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