Lost child −≪08≫


 翌日も朝から街は大騒ぎだ。
 いつもは車が行き交う広い道路も、今この時は人で溢れ返っている。


「顔色悪いわよ? 大丈夫?」
 青い顔をして俯くキラをアリアが心配そうに覗き込んできた。
 人に酔ったのかと休憩を進めれば、違うから平気だと首を振る。
「…ちょっと… 寝たの遅かった、から…」
「……。貴方は元気よね。」
 隣で平然としている、というか、逆に昨日より体調も機嫌も良さそうな彼をアリアは睨み上げた。

 野暮なことは聞かない。
 ヒビキの首筋にうっすらと残る跡も見てないフリをする。
 ―――だけど。
 会った日にそれはちょっと無理させ過ぎじゃないかしら?

「元から鍛えてる分 俺の方が体力あるし。」
「…そういうことにしておくわ。」
 笑顔でサラリと流したアスランに反省心は全くないようで。
 溜め息1つでアリアも諦めた。
 その横では恨めしげな瞳でキラが見上げているが、それには甘い笑顔で赤面させることで乗り切った
 ようだった。


「アリアぁ」
 声に気づいて振り向くと友人達が向こうで手を振っていた。
 それにちょっと待っててと答えてから、アリアは2人の方に向き直る。
「ちょっと行ってくるわね。しばらく2人でその辺見てて。」
「うん。」

 今日のお祭りもまだまだ長い。
 ヒビキの体調も気になるけれど まだ一緒に回れる時間は十分あると思って。
 だから、しばらくは2人きりにしてあげようと思った。








 今日のメインは広場の方だから昨日よりは人通りもスムーズで歩きやすい。
 屋台も多く出ていて、とりあえず飲み物を2人分買った。


「…いつから彼女と一緒にいるんだ?」

 きっと、ずっと気になっていたのだろう。
 さり気なさを装っていてもどこか不自然に聞こえてしまった。
 尋ねたアスランの表情は真剣そのもの。
 その中に僅かに含まれたヤキモチに キラはふふっと笑った。
「まだ10日くらいだよ。…やだな、何もないから安心してよ。」
 疑いの目を向けられて 心外だとばかりに答える。
 けれどまだアスランは何か納得していないようで。

「…じゃあ、彼女を見つめるその瞳は何だ?」
「え?」
 まさか気づかれているとは思わなくて キラは目を丸くした。
 キラ自身 意識していたわけでもなかったから。

「何かあるんだろ?」

 …アスランには何を隠しても無駄かと。
 キラも笑みを引っ込めた。


「……アリアの声ね、フレイにすごく似てて…」
 "彼女"の名前を紡いだ途端にキラの表情に影が落ちる。

 フレイのことはアスランも知っている。
 戦後、隠さず何もかもを話したから。

 一時 寂しさを紛らわすように手を取り合った少女。
 助けたくて、でも手が届かなかった。


 キラの中の1番大きな後悔。
 心の奥に残る―――深い 傷の記憶。


「初めて会った時はとても驚いたんだ。」
 心配そうに見てくるアスランを安心させるためか、顔を上げたキラは明るい顔を作る。

 最初に声をかけてきたのは彼女。
 きっかけは人違いだった。

「―――で。僕はアリアの恋人に雰囲気が似てるんだって。」

 後ろ姿があまりに似ていたから間違えたのだと。
 掴んでしまった後、驚いているキラを見て気づいた彼女が恥ずかしそうに教えてくれた。

 フレイと同じ声を持つ少女
 恋人とよく似た自分

「なんか離れがたくて… だから、祭りが終わるまではって……」

 彼女の恋人は戦場カメラマンをしていて、戦争が終わった後も戻ってきていない。
 連絡も途絶えてしまって、周りは彼の生存を絶望視していた。
 でも彼女だけはそれでも彼が戻ってくることを信じていて。
 そんな時に現れたのがキラで、キラとしても彼女の悲しい顔は見たくなくて。だから。

「…で、祭りが終われば次は季節が変わるまで、か?」
「わっ!?」
 腕を引いてバランスを崩したキラをそのまま腕の中に収める。
 中でじたばたともがかれるが、アスランは気にせず力を込めた。
「そうやってずっとここにいるんだろ、お前は。」
「…ぅ……」
 冷ややかな声音で見事に図星をつかれる。
 やっぱりアスランには何でも見透かされていた。

「でも、アスランが来たから僕は行くよ。アスランとアリアなら、やっぱりアスランだもの。」

 もう2度と後悔はしないように。僕が1番に選ぶのは君だって決めている。
 戻ることはできないけれど 君は行こうと言ってくれたから。
 僕も"君"のところになら戻るよ。

「…随分嬉しいことを言ってくれるな。」
 言葉通りの嬉しげな笑みのまま顔が近づいてくるのを知って慌てる。
 このままだと何をされるかなんて考えなくても明白だ。
「ちょ、ちょっと待って! 場所…っ!!」
 ここは街の往来で、祭りの見物人で溢れかえる場所で。
 そんなところでなんて冗談じゃない。
「アスラン…!!」
「……仕方ないな…」
 さすがに本気で抵抗を見せると寸前で止めてくれた。
「仕方ないじゃないよ、もう。」

 この火照った顔をどうしてくれよう。

 睨んだら満面の笑みとぶつかって、ますます熱は上がってしまったけれど。








 もうそろそろかしら?

 時計塔で確認するとちょうど昼食の時間だ。
 この分だと2人の方が先についているかもしれないと、アリアは約束していた場所に急ぐ。

「…アリア。」

「!?」
 雑踏の中でもはっきりと聞こえた声にびくりとして立ち止まった。
 ヒビキより少し低くて 優しく包むような声音。
 自分が彼の声を間違うわけはないのだけれど、さすがに聞き間違いではないかと疑った。

 だって、この声は……

「アリア、」

 もう1度呼ばれて 恐る恐る声の方を振り返る。

 何度 夢見たことだろう。
 この声に呼ばれること、またその笑顔を見せてくれること。


「ただいま、アリア」


「―――っ!」

 嬉しさに涙が溢れる。
 呼んだ名前は、掠れて声にならなかった。







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管:アリアとキラが同棲している理由です。
アリ:だから同棲違うって。ほら、誤解して睨まれちゃったじゃない。
管:怖くないし〜 
アリ:私は迷惑だわ。恋人いるのに他の男になんか興味持てないし。
管:その恋人が戻ってきたね。良かったね〜
アリ:ええ、ありがとう。

アリ:…ところで、2人はどこに行ったのかしら?
管:狽れ!?
アリ:まぁどうでも良いけど。
管:良いんだ……
アリ:どうせその辺でイチャついてるんでしょ。放っておいても害はないわ。
管:…キラは大変だけどね……


管:次回、遂にラストです。



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