Lost child −≪07≫


 カーニバルの夜は眠らないのだという。
 それでも街を外れた彼女の家は それから離れているおかげで随分と静かだった。
 遠く聞こえる音色は会話で掻き消されてしまう。


 日付けをすでに跨いだ時間、それまで他愛も無い会話をしていた彼女は「明日も行きましょうね」と
 最後に言って部屋に戻った。
 気を利かせてくれたのだろうとキラは言うけれど、それは確かにありがたかった。
 これからのことは他人がいると聞き出しにくいから。




「あ、アスラン??」
 少し戸惑ったようなキラの声。
 それを気にせずさらに彼の身体を引き寄せた。
 ベッドの上に座り込んで、足の間にキラをはさむ形で後ろから抱きしめて。
 離れようとするのを逃がさないよう 腕に少し力を込めてやる。

「ちょ、ちょっと離れてくれない、かな…」
「どうして?」
 そう一言囁くだけでキラの身体がびくりとはねる。
 真っ赤になった耳たぶを甘噛みすれば、小さく甘い声が漏れた。
「久しぶりだし良いじゃないか。」
 今までお預けを食らった分まで取り戻そうという、その半分は本音だ。
 けれど、もう半分の理由が実はメインだったりする。

「―――こうでもしないと逃げられそうだし?」
「!」
 意地悪な笑みを浮かべて囁いたら、途端キラの身体がギクリと強ばった。
「…ホント正直だな。」
 ここまで素直に反応されるのもおかしくてつい声に出して笑ってしまう。
 キラの方はバツが悪いのか 俯いて何やらうめいていて。

 それはそれで可愛らしかったのだが、このまま見ていても話は進まない。
 そろそろ本題に移ろうかと アスランは笑いを引っ込めた。



「―――そろそろ話してくれないか?」
「………」
 なるべく優しく言ったつもりだったが、キラは口を固く結んで目は逸らしたまま。

 ―――逃げられないならだんまりか。

 予想していた反応だが こちらもそれで引き下がるわけにはいかない。
 自分には聞く権利がある。

 他になくても "俺"だけは―――


「言いたくない?」
 顎を掴んで無理矢理向かせれば 少し慌てたように視線だけを何とか逸らす。
 目を合わせないのは後ろめたいことがあるときのキラの癖だ。
「…ちゃんと戻るから その話は」
「俺、怒ってるんだけど?」
 本気を滲ませてトーンを変えると う、と唸って。

「……」
 けれど、どんなに待ってもキラがそれ以上を言うことはなくて。
 相変わらずの頑固さに、深い溜め息をついた。


「…お前のことだから それなりの理由があるんだろうし、その点は仕方ないと思っている。」

 キラが何の理由もなく世界を放っていなくなるはずはない。
 俺よりもきっと、キラはこの世界を大切に思っているのだから。

「じゃあ 何に怒ってるの?」
 ゆるゆると、キラがやっと視線を合わせてくる。
 不安げに尋ねる様子は 本気で理由が分かっていないようだ。

 そう、怒っているのはそこじゃない。
 もっと もっと単純なことだ。

「……お前にとっての俺って何なんだ?」
「は?」
 その瞬間のキラは まさにハトが豆鉄砲食らったような顔だった。

「ここ2、3ヶ月会ってなかったから気づけなかった俺も悪いと思う。けど突然いなくなったりして
 俺がどうも思わないなんて考えたのか?」

 "探さないで" なんて、そう言われて本当に探しに行かないほどの。
 そんな簡単な想いだと思われていたのかと。

「キラはもっと自惚れても良い。俺の"世界"にはキラしかいないし、キラと世界なら俺は迷わずキラを
 取れる。」

 キラ以外は要らない。
 そう思ってしまうこともある。

 共にいられないのなら、そんな世界なら壊れてしまえとさえ思う。
 世界自体に特に執着はないのだ。
 キラが守ろうとしているから、キラが大切なものは自分も大切だから。

 もしキラが世界を滅ぼしたいと望むのなら。
 それで良いと、手伝おうと思えるくらいには。


「一言も相談無しだったのは正直ショックだった。せっかく2人なのに、俺はそんなに頼りなかった
 のかって。」
「っ違うっ!!」

 そこで初めて、キラが大声を上げた。

「違うんだよ、アスラン… 君は 悪くない……っ」
 大声を出されて驚いているアスランに向かって、必死で訴えかける。
 そして抱きしめている腕に縋るように ぎゅっと力を込めた。
「君の気持ちを疑ったわけでもない。…ただ 僕が弱かっただけ、逃げたかっただけなんだよ―――」



 "トップが両方ともコーディネイターじゃな。"

 "ナチュラルよりコーディネイターが上だと言ってるようなものじゃないか。"

 "片方がナチュラルならちょうど良いんだが。"

 "相応しいのはカガリ様だ。カガリ様の双子の姉弟とはいえ、その地位を奪って良いものじゃない。"


 脳裏を掠める言葉達。
 聞こえてしまった影の声。


 言われなくても分かってるよ、そんなこと。

 自分が器じゃないことも。
 カガリの方が良いってことも。

 ちゃんと分かってる。



「頑張ってきたけど… まだ早過ぎるって分かってたけど…っ」
 キラの声がわずかに震える。
 思い出してまた涙が溢れそうになって。
 アスランは一度力を抜いて身体を離し、不安げに自分を見るキラを 今度は正面から抱き寄せた。

「でも もう限界だったんだ。そんな時カガリが……」


 "勝手に祭り上げといて!"

 怒ってくれた。


 "キラは十分頑張った。"

 褒めてくれた。


 "だから、自由になって良いんだぞ。後は私に任せろ!"

 背中を、押してくれた。


 潰れそうだった自分にそれはとても優しく響いて。
 だから。


「―――カガリがやけに冷静だと思ったら。そういうことか。」

 あれだけキラに依存していたカガリが探さなくて良いと言った。
 率先して捜索に協力すると思っていただけに それがあまりに意外だったのだが。
 本人が送り出したのなら納得がいく。

 しかし、カガリがそんなことを言いだすほどキラが追い詰められていたなんて。
 気づかなかった自分も大概情けない。



「……俺も同じだよ。」
「えっ?」
 ついに泣き出してしまったキラの背をぽんぽんと優しく叩いて上げながら、アスランは言って小さく
 苦笑いした。
「俺は急進派"パトリック・ザラ"の息子だ。反感を持つ者も当然いる。」
「…っ」
 はっとして顔を上げようとするキラに 大丈夫だと言ってまた腕の中に収める。
「俺はその世界を十分知っていたから。キラほど苦労はしてないよ。」

 一部の者達に何を言われているかは知っていた。
 それでもそれは実力で黙らせてきたし ラクスの存在も黙らせるのに一役買った。
 やっかみや中傷なんて小さい頃からのことでアスランは慣れていたから。
 その対処法も十分に知っていた。

 …でもキラは。本当に普通の環境で育った子だったから。
 本来なら今頃は こんな世界とは無縁の場所で普通の学生をやっているはずだ。
 今までよく耐えてきた方だと思う。
 カガリの言う通り もう十分なんだ。




「そろそろ自由になっても良い頃なのかもな。」
 顔を上げたキラの涙を指で拭って にこりと微笑んでやった。

 世界は安定してきている。
 キラやアスランがいなくても こうして世界は機能している。

「世界は彼女達に任せようか。」

 キラを送り出したカガリなら、その後のこともちゃんと考えて今頃動いているだろう。
 ラクスも キラを追って俺が消えたとなれば… きっと全部分かっているはず。

 大丈夫だ。



 すっかり泣き止んだキラは、けれどまだ呆然としていて。
 暗に自分も今の地位を捨てると言った言葉が信じられないのだろう。

「じゃあ これから君はどうするつもりなの?」
 そう聞いてくるのはわざとなのか天然なのか。
 キラのことだからたぶん後者なのだろうが。


「俺はお前と行く。お前の望む場所、どこまでもな。」
「え?」

 きっと、最初から決まっていた。
 探しだすと誓ったあの時から。

「お前がいないと俺は死んでしまうから。…キラがいないと息ができないくらい俺はキラを愛して
 いるよ。」
「…。〜〜〜!?」
 数秒遅れてキラの顔が真っ赤になった。
 そういえば、言葉でこうして"愛してる"なんてはっきり伝えることはそんなになかったなと気付く。
 自分的にはすんなりと自然に出てきたのだが、キラにはそうでもなかったようだ。


「ア、アスラ…ッ!?」
「―――このまま連れ帰って閉じ込めても、いつかキラは出て行ってしまうだろう?」

 キラはどこまでも"自由"だから。
 何にも、誰にも縛られてはならない存在だから。

「だったら 傍にいるには俺が追いかけるしかないじゃないか。」

「あ、いや、うん…? そう、なんだ……」
 さっきの告白でいっぱいいっぱいなのか、そう言うのが精一杯らしくて。
 あまり意味は分かっていないのだろう。

 …まぁ良いけど。



「じゃあ、話がまとまったところで。」
「へ?」
 くるりと体勢を変えて さっさとベッドにキラを縫い止める。
 さっきも言った通り 2人は"久しぶり"なのだ。

「あ、あの、ここはアリアの家だし 明日もあるし…っ」
「却下」

 目の前にキラがいて、ここまで準備されていて。
 なのに何を遠慮することがあるだろう。

 彼女の"気を利かせた"にそういう意味が含まれていたこともアスランは知っている。


「こうして触れるのは何ヶ月ぶりだと思うんだ? 存在を確かめたいんだ―――…」
 赤くなった耳に唇で軽く触れて 形を辿って首筋に落とす。

 そういう言い方は卑怯だと キラは小さく呟いて。
 背中に回った腕は了承の合図。

 それにクスクスと笑って、1つ目のシルシをキラに刻んだ。







---------------------------------------------------------------------


管:―――さてと、旅に出ますか。
アリ:どこに行く気なのよ。
管:いや、もう誰も見つからない所まで。
キラ:行きたいのは僕の方だよ…
管:じゃあOKなんて出さないでッ
キラ:あんなコト言われて拒めると思うの!?(真っ赤)
アリ:…あぁ、最後のシーンのことなのね。
管:他にないってば。ああ恥ずかしい。
キラ:だから、恥ずかしいのは僕…
アス:何を恥ずかしがっているのか分からないな。
キラ:今抱きつかないで――っ!!(湯でダコ)
アリ:面白いわ ヒビキのこんな反応。
キラ:…面白がってないで助けてっ

管:まぁ、コレでキラの失踪理由も判明したことだし。
アリ:あと何かあるの?
管:後はアリアのことだけかな。そしてラストへ。
アリ:もうすぐ終わりかぁ。

キラ:だから助けてってば――っ!(半泣き状態で抱っこされ中)



BACK

NEXT