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「おかえり、シン。会えた?」
 休み明け8時間前にミネルバへと戻って来たシンをルナマリアは格納庫で出迎えてくれた。
 といっても、別に心配だったわけではなくて。
 明らかに興味津々といった様子で聞いてくる彼女の肩に シンはぽすんと頭をもたげる。

「俺、振られた…」
 それを言葉にした瞬間に力が抜けた。

 自覚していたつもりだった事実のはずが、実際は今頃実感したようで。
 そんな自分にバカだなーと自嘲する。たぶん自分が思うより、自分はあの人が好きだった。

「今更何言ってんだか。分かり切ったことじゃない。」
 呆れたような声でバッサリと切り捨てる言葉とは裏腹に 頭に触れる手は優しい。
「あの2人の邪魔は誰もできないわ。」

 そんなこと分かってる。
 好きなまま別れた2人は今も互いを好きなままだ。
 誰だって見ていれば分かる。分かりたくなくても分かってしまう。
 そこに誰かが入るなんて、きっと最初からできなかった。


「良いこと教えてあげましょうか。」
 そのまま動かないシンを振り払いもせずに、彼女は頭をぽんっと叩く。
 表情は分からなかったが、苦笑いでもしているのだろうか と根拠もなく漠然と思った。
「私ね、隊長のこと好きだったのよ。」
「…!? 初耳だぞ ソレ!!」
 あまりの驚きにがばりと顔を上げると、彼女は当然とばかりに胸を張る。
 その反応は違う気もするが、半分パニック入っていたシンは気づかなかった。
「あったりまえでしょ。誰にも言ったことないし。」

 いつも隣にいたのに気づかなかった。
 誰を見ていたのか、…彼女が そんな想いを抱えていたことさえ。

 言葉を失くして固まっていると、昔の話よとあっけらかんと笑う。
「キラさんがいなかったら思いっきり狙ってたわ。でも隊長がキラさんしか見てないの分かっ
 ちゃったから。…さすがに見込みゼロじゃ諦めも入るわよ。」
 彼女の表情は明るい。
 …そんな風に笑えるまで彼女はどれくらいかかったんだろう。
 同じだから彼女の気持ちはよく分かる。
 今更だと思われるかもしれないが、そう思ってしまったから仕方がない。

「それで隊長は諦めたんだけど、次に好きになった男もキラさんが好きだったのよね。」
 そこで何か意味ありげな視線を向けられたが、その意味をシンは把握しきれなかった。
 ただ彼女の発言に驚いてしまって。
「え、ルナってジュール隊長も好きだったのか?」
「バカね、何でそうなるのよ。」
 他に思い当たる人物がいなかったからそう尋ねたら即否定をされて。
 じゃあ誰なんだろうと首を傾げていたら、ルナマリアはどうして気づかないのかとびしりとシ
 ンの鼻先に指を立てた。

「―――私が好きなのはシンよ。」
「……俺?」
 そしてどこか艶やかな微笑み付きで言われた言葉は、本当に青天の霹靂というか、思いもよら
 なかったもので。
 唖然としてしまったシンを見た彼女は 今度は悪戯が成功した時と同じ顔で笑った。
「そ。気づかなかった? 相変わらず鈍いわね。」

 ルナマリアとはアカデミーで仲良くなってからずっと一緒にいる。
 彼女との付き合い方はあの頃と全く変わっていない。
 性別関係なしに付き合える、レイと同じくらい遠慮を必要としない相手。
 自分の中のルナはずっとそこで固定されていて。
 彼女の言う通り、全く気づいていなかった。

 いつから?なんて疑問にも 自分自身は答えを持たない。

「ま、シンって不器用だから自分の気持ちに精一杯で周りを見る余裕なんてないもんね。」
 確かにその通りなのかもしれないと どこか他人事ののように思った。
 ルナマリアもレイもとっくに知っていた隊長とキラさんの関係さえ、自分はずっと気づかずに
 いたほどだから。

 でも今の問題はそこじゃない。
 一番仲が良い女友達にそういう意味で好きなんて言われるなんて事態 予想すらしていなかっ
 たシンは、どうすれば良いのか分からず途方に暮れた。
 だいたい異性から告白されるのだって数えるほどしかなかったのに。

 て、いうか。

「えーと… これって告白なのか?」
「他になんだってゆーのよ。」
 何、疑ってんの? とむっとした顔で言われてしまって戸惑う。
 ルナならやっぱり冗談よーとか言われてもおかしくない気がして。
 考えとしては失礼なことこの上ないが、それは相手が遠慮の要らない彼女だからだ。
「いやさ、もう少しムードとか情緒とか……」
「どの乙女よ、アンタ。で、返事は?」
「え、えーと…」
 催促されて答えに迷う。見た目は軽い調子のルナマリアとは正反対に、シンは本気で考えこん
 でしまった。
 本当に今の今までこんな事態は予想もしてなかったのだ。他の女の子ならすぐにごめんで終わ
 るけど、彼女だからこそ簡単に答えは出せない。

 彼女は静かに答えを待っている。
 心を落ち着ける為に 一度深く息を吸ってから彼女を見た。
「―――ルナのことは嫌いじゃない。レイの他にここまで気を許せるのってルナぐらいだし…
 でもまだそんな風には見れないというか……」

 ルナは友達だ。前も今も。
 彼女に好きと言われても全然嫌じゃなかった、ただ戸惑っただけだ。
 好きか嫌いか二択で選べと言われたら間違いなく好きと答える。でも中途半端な気持ちのまま
 彼女と付き合うのは自分が嫌だった。

「…良いわよ。アンタがすぐ割り切れるような奴じゃないのは知ってるから。いつまでだって
 待ってやるわよ。」
 思ったままに素直な返事を返せば結果は分かっていたとでもいうように彼女は笑う。
「でも隣は許してもらうわ。ここは誰にも譲れないの。」
 一番の女友達。それは彼女の誇りなのだと。

「―――強いな。」
 それは本心から出た言葉だった。その強さが彼女の中で最も好ましい部分。
 彼女がシンの女友達として一番で在れるのは、彼女がシンの隣に並び立てるからだ。
 …そしてあの人に惹かれたのは、たぶん自分より強かったから。

「強くなきゃ軍人なんてやってらんないわ。」
「そりゃそうか。」
 あっさり彼女は言い放つ。
 そんな彼女を眺めて やっぱり好きだなと思った。
 彼女のおかげで失恋のショックも幾分和らいだし。

 今は友達への思いしか持てない。
 けれどいつか、これが別の想いに変わることがあるのかもしれないと。
 そんな未来を想像しても違和感のなかった自分がおかしくて、シンは心の中で小さく笑った。

















『サラ・ヤマトの父親と認証されました。』
 通信画面の向こうに座る男性から事務的な口調で検査結果が伝えられる。
 今まで確証を持てなかっただけに不安だったが、満足できる結果だったことに自然と笑みがこ
 ぼれた。

 やっと、やっと手に入れた。


「キラ……」
 今はまだ遠い場所にいる 愛しい女性の名を告げる。


「もうすぐ迎えに行く―――」 




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シンルナです。だってシンがかわいそ過ぎたんですもの…
そして。…父親バレバレですかね。

んー… 最近の展開を見てると全部裏にする必要はないのかもしれません。
でも闇月ってアスキラじゃないですしね。



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