>--scene.08:本当は気付いていた--<




「…予想外だな。まさか君が僕を見つけるなんて思わなかった。」
 ディアッカに事前に聞いていたとはいえ、実際目の前に立つシンを見ると やっぱり驚いてし
 まった。


 彼が訪れたのはもうハウスの方に移り、そっちの生活にも慣れた頃。
 家事なんて今までろくにしたことはなかったけれど、人間やれば努力次第で何でもできるんだ
 なーと自分に感心したりして。
 普通の暮らしが楽しいと思えるようになった時期のことだった。


「同じことをディアッカさんにも言われました。そんなに意外ですか?」
 紅茶と一緒に出されたお茶請けのクッキーを片手に言う彼はやや憮然とした態度だけれど、そ
 こに前みたいな刺々しさはない。
 知っている、あの頃のシンだ。
 ほっとしたら自然と表情も緩んだ。
「だって君、僕のこと思いっきり嫌ってたし。別れの際まで一言も口聞いてくれなかった君が
 僕を探してるなんて思わないよ。」
「……耳が痛いのでその辺にしといて下さい。アレに関しては思いっきり反省してますから。」
 本気で苦い顔をされて、よっぽど気に病んでるんだなーと からかい気分だった自分を反省す
 る。
 あの出来事は多少のトラウマにはなったものの、それでシンを責める気はさらさらなかった。
 原因を作ったのは自分なのだからあれは自業自得なのだ。
「…。まさか謝りに来たとか言わないよね?」
 だったら受け取らないよと態度で示せばそれは違うと首を振られた。
「謝罪なんて言ったって今更どうにかなるもんでもないし。それにあの頃は本気で別れて欲し
 いと思ってたから。」

 …それほどまで思い詰めさせていたのか と。
 シンの気持ちを誤解したままのキラは沈んでいく気持ちを抑えられない。

「もし謝れと言われたら謝りますけど、謝るなと言うなら俺は言う気はありませんよ。」
 言ってポイとクッキーを口に放り込む。
 彼の中ではもうそれで完結していたのか 特に気にしてもいないようだった。けれどキラはそ
 うはいかなくて。
「…ごめん、ね……」
「? どうしてそこでキラさんが謝るんですか。」
 シンに怪訝な目を向けられたが彼を見れずにキラは俯く。
「君を傷つけたから… あんなことをしてしまうほど、僕は君を追い詰めたんでしょう?」

 言葉はちょっとキツイけど根は素直で可愛い、それが本来のシンの姿。その事実に心から安堵
 する。
 あの時の彼がおかしかっただけで、普通なら彼があんなことをするはずない。

 そして、彼をそんな風にしてしまったのはキラだ。


「違いますよ。あれは八つ当たりです。」
 すっぱり言い切ったシンの言葉が どんどん暗い方向へ突き進むキラの思考を止めた。
「やつ、あたり…?」
 不思議に思って顔を上げ首を傾げると、彼は誤魔化すように曖昧な苦笑いを見せる。
 正直それだけでは彼の気持ちは推し量れず、キラはじっと彼を見た。
 それは気持ちを読み取ろうとしたわけではなく 特に意味のない行動だったのだけれど。
 シンにはそれが居心地悪かったのか、紅茶を一気に流し込んでほっと一息つく。
 
「つーか この話はもう止めませんか? 俺はただ、キラさんと話をしたいと思ってここへ来た
 んですから。」
 まだ彼の言葉の意味が分かっていないキラを真っ直ぐに見てくる曇りのない瞳。
 燃えるその赤色は"怒り"の感情が実は1番似合うけれど、こんな時に見せる純粋さの透ける赤
 い色もとてもキレイだ。
「謝ったり謝られたりとか そーゆーんじゃなくて。会って話したいなって、ただそれだけで。」
 飲み干して空になったカップをブラブラしながら彼は笑う。
「おかわり、いいですか?」
 軽い調子のシンにキラはやっと本当に笑えることができて。
 OK と彼からカップを受け取った。 





「んぁ ふ…」
 ソファ脇のゆりかごから小さな欠伸が聞こえ、キッチンに立つキラの代わりに近かったシンが
 傍へ寄る。
 けれど 別に起きたわけではないらしく、その後は特に反応もなかった。
「―――俺もこれ聞いた時はビックリしましたけど。」
 中で眠る赤ん坊を覗き込んで、複雑な心境を思わせる声でシンが呟く。
 ただ その表情はどことなく物珍しそうなものを見るときのもので、それにはキラもこっそり
 笑ってしまったけれど。

「まさかキラさんが妊娠を理由に退役して、しかもこんな所にいるなんて思いませんでした。」
 キラがカップを運んでくると彼は何故かゆりかごの傍へ座り込む。
 しばし逡巡してから キラは彼の前に彼の分のカップを置き、自分の分は向かい側に移動させ
 て座った。

「じゃあどうやって知ったの?」
「妊娠のことはルナに聞いて、そしたらレイがディアッカさんがキラさんと会ってるって言う
 から…」
 会って教えてもらったのだと。
 その話を聞いて、キラの中で変に引っかかっていた疑問が解消された。
「…あぁそっか。アスランとイザーク以外にも教えるなとは言ってないもんね。」
 ディアッカが教えたという考えがキラには全然なかったから どうやって探し出されたのか疑
 問だったのだ。
 彼もただシンが来るとしか言わなかったし。
「でも絶対漏らすなと言われましたよ。」
「で、その約束守ってくれたんだ。ありがとう。」
 一瞬過ぎった心配も杞憂に終わった。
 そもそもディアッカも信頼したからこの場所を教えたのだろう。そもそもあの彼がそんなヘマ
 をするはずがない。
 完全に気が抜けたキラは 自分も1枚目のクッキーを手に取った。



「名前はなんてゆーんですか?」
「サラ だよ。ちなみに今4ヶ月。―――ね、可愛いでしょう?」
 座るとちょうど良い高さになるからか ずっとゆりかごを見つめ続けているシンに微笑んで告
 げると、素直にこくんと頷かれて思わず笑ってしまう。
 けれど 起きたら抱いてみる?と聞いたら即行で首を振られた。
 絶対に落とす!と慌てるシンにキラはまた笑う。
 それから2、3度聞いてみたけれど、結局最後まで無理だと断られ続けた。

「…この子が原因なんですよね。」
 覗き込んだまま、ぽつりと零された言葉にキラは静かに頷く。
「うん。その時は父親が誰か分からなかったからね。」
 もしあの時分かっていたのなら、たぶん姿を消すことはなかったのだろう。
 けれど確かめるのが怖かった。相談できる人もいないあの状況で真実を知る勇気がなかった。
「……なんか 俺のこと責めてません?」
 苦い顔で言ったシンの言葉に一瞬きょとんとしたキラは、その理由に思い至ると否定の意味で
 ふんわり笑む。
「違うよ。だって候補は3人いたから。」
「… え!?」
 ワンテンポ遅れて驚いたシンの顔は キラが予想する通りのものだった。
「僕 イザークとも寝たんだ。」
「え、ええ?」
 何でもないことのようにあっさりと告げると彼の困惑はさらに増す。
 キラは ふ と、溜め息をついた。
「だから どうしてみんな僕に夢を見てるのかな。」
 シンもまた キラはそんなに潔癖な人間だと思っていたのだろうか。
 キラを"女"だと、そう言ったのはシンだったはずなのに。
 そう言った彼が正しかったのに。
「僕は周りが思ってるより強かで図太いよ。だから君が罪悪を感じることもないし、謝られて
 も責任取られても困る。」
 この外見はキラを儚いもの、弱いもの、そんな風に見せてしまう。
 けれど 見た目だけで勝手に性格まで決められたくはない。

 アスランもそうだった。"今"のキラを認めようとしなかった。
 …アスランの場合は知っていても認められない気持ちが強かったのだろうけれど。

 シンには感謝してる。止まっていた僕らの時を進めてくれた。
 だから"ごめん"は要らない。
 謝らなくて良いというのはそういう意味だ。


「―――分かりました。」
 話のどこに納得したのか分からないけれど、シンはそう言って詰めていた息を吐く。
「本当は戻って来て欲しいって… また隊長の傍にいて欲しいって、そう言いたかったんですけ
 ど。」
 それが言いたくて来たのだと、シンは言った。
「俺だけが原因じゃないなら言ったところで戻りませんよね。アンタ意外に強情だし。」
「よく分かってるね。」
 フフッと笑えば彼は苦笑いで肩を竦める。
 説得されて戻るくらいなら賭けなんて最初からしていない。
 彼もそれは分かっているようだった。
「そもそも子どもがいたんじゃ軍に戻れなんて言えませんしね。」
 もう少し大きくなれば可能かもしれないが、こんな小さな赤ん坊を連れて戦場に身を置く女性
 はいない。
 しかもキラは後方支援やオペレーターではなく前線を駆けるパイロット。もっと無理だ。

「だから 説得は諦めます。」
「うん、ありがとう。」
「…って、そう返しますか。」
 サラリと返したお礼の言葉にシンは呆れた顔をした。


「―――あ、でもこれだけは言わせてください。」
「ん?」
 目が覚めてぐずりだした我が子を抱き上げて、彼の向かいの席に戻る。
 人肌を知ると安心したのか泣き出しはせず 目の前に下がったキラの髪を掴んでまた眠りにつ
 いた。
「…隊長にはキラさんが必要だと思いますよ。」
 一連の流れを目で追っていたシンは キラが彼と目を合わせてから口を開く。
 そして彼から言われるとは思わなかった、あまりに思いがけない言葉を告げた。
「思ってる以上にその存在は大きくて、それをなくした今の隊長は人間らしさを失ってます。」
 彼と離れて思い出す度にだからもう何度目かも知らないが、またずきりと胸の奥が痛んだ。

 シンも… 君もそれを言うの?
 ディアッカにも同じことを言われた。
 アスランは進まずにそこにいる。彼はまだ、そこに、、

 そこで一瞬だけ胸を過ぎった感情は、認めるわけにはいかなくて そっと押し殺した。

「でもそうですよね。あの時も自分にはもうキラしかいないんだって言ってましたから。」
 キラの胸の内を知らないシンの言葉はキラの心に波紋を呼ぶ。
 他人から聞く彼の想いは心を強く揺らした。

「…ね、シン。アスランの話は止めにしようよ。」
 だから感情に蓋をして、溢れ出さないように。
「……お願い。」
 キラの顔を見た彼はしばし迷ってからそれを了承してくれた。
 それほど思い詰めた表情をしていたのだろうと、シンの態度で分かってしまって。

 自分の中の彼の想いを久しぶりに実感した。








 今夜は泊まっていくのかと思ったら、外にホテルを取ってあると返された。
 そもそも規則で無理だと言っていたはずです と、何故かシンの方が知っていて。
 残念だと呟いたら、また遊びに来ますからと慰められた。



「俺、キラさんのこと好きでしたよ。…だから裏切られたと思った。」

 別れ際。それは初めて聞いた彼の気持ち。

「でも良いです。失恋は決定みたいだし。」

 シンの想いに気づかなかった。
 でもごめんとは言えない。言ってはいけない気がした。


「…君の、まっすぐな所はけっこう好きだよ。その、そういう…風には、見れないけど。」
 どう言ったらいいか分からなかったから素直に気持ちを告げる。
 反応は怖かったけれど、彼はただ明るく笑っただけだった。
「じゅーぶんですよ、それだけ言ってもらえれば。本当なら一生許してもらえないほどのこと
 をしてるんですから。」



「じゃあ また。次はお土産話も持ってきますね。」
「うん。待ってる。」
 明るく手を振る彼にキラも振り返す。
 腕の中の我が子は最後まで大人しかった。


 そして意外な訪問者だった彼は 次に会う約束をして帰っていった。




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―――長。書けば書くほど長くなるのでガシガシ削りましたがまだ長いです。
子どもの名前をやっと出せました。出さなかったことに特に意味もありませんが。
母親の名前からとった名でサラ・ヤマト。女の子です。

さて、次は何故かカップル誕生です。



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