>--scene.07:side.B--<




 ―――最近隊長が不機嫌なのは誰の目にも明らかだった。
 原因は簡単、ここにキラさんがいないから。
 あの人が軍を辞めてから1年と少し。つまりそれは 消息を絶ってからそれだけの月日が流れ
 たということで。


「ザラ隊長。」
 自分の機体の足元でメンテナンスチェックを行っていた彼に声をかける。
 振り向いても表情ひとつ動かさずに何だという視線を向ける彼に一瞬怖けづくが、そこは持ち
 前の負けん気で吹き飛ばした。

「頼まれていたデータです。」
「あぁ。早かったな。」
 ディスクを受け取って、彼が返したのはその一言。
 他にも言うこととか聞くこととかあるだろうと思うのだが、それを面と向かって聞けないのは
 近寄り難い硬質な雰囲気のせいだ。
 彼女がいなくなってから変わってしまったこの人にはまだ慣れていない。

「―――何だ?」
 知らず見つめていたのを不審に思われたのか。
 しかし正直に答える気にはなれなかった。
「…何でもアリマセン。失礼します。」
 この場にいつまでもいたら確実に地雷を踏みそうで。
 だからちょうど見えたルナマリアとレイの所へ そそくさと逃げることにした。






「随分早かったわね。予想じゃあそこでもっと突っ掛かると思ってたのに。」
 どうやらずっと見られていたらしく ルナマリアにはからかうように言われる。
 突っ掛かったら止めに来て怒鳴るくせにと思いつつ、アレに突っ掛かるなんて冗談じゃないと
 思った。
「あの状態の隊長に下手なこと言えるかよ。その場で撃たれかねないっつーの。」
「まーねぇ…」
 それには彼女も苦い顔をして同意する。
 怒りを通り越して無に等しい表情の上 あんな鋭い刃のような瞳で睨まれたら誰だって足が竦
 んでしまうだろう。
 あれに向かっていけるのは長年のライバルである彼のジュール隊長くらいだ。

「でもホント、キラさんがいなくなってから隊長って笑わなくなったわよね。」
「―――当然の結果だろう。」
 ちらりと向こうの様子を見てルナマリアが呟けば、彼女の隣にいたレイが表情も変えずに答え
 る。
 彼の中の"キラ"という存在の比重は何よりも重くて。そのことはシンだってもう十分分かって
 いた。
「ま、そうよね。笑えるわけないか。」
「…ッ」
 ルナマリアの同意さえ思いっきりぐっさり刺さったのだが、2人はシンの心情を読み取ってく
 れないらしい。
「軍を辞めただけならともかく 完全に音信不通だし。」
「それにもう1年だ。焦るのも仕方ない。」
 傷口に塩を擦り込むどころかねじ込んでくれた。
 耳が痛い。これ以上は聞きたくない。

「っ2人共俺を責めてんのかよ!?」
「やぁね。別れたのはアンタがきっかけだとしても、キラさんがいなくなったのはアンタとは
 無関係でしょ。」
 半泣き状態で叫んだら、あっさりとそんな答えが返ってきた。

 彼女―――ルナには全てを話している。
 隊長達は隠しておこうと配慮してくれたのだが、ルナマリアは納得せず直接聞いてきたのだ。
『レイは知ってて私が知らないことがあるなんて冗談じゃない』、と言って。
 冷静になれば馬鹿なことをしたと自覚できたし、だから正直話したくなかったけれど。
 でも彼女が… 仲間外れは嫌だというから。
 だから全部話してやった。
 そして彼女から返ってきたのは「バカ」の一言。
 それ以上は何も言わず、後はいつも通りに接してくれた。


「だって、妊娠したんじゃ軍にはいられないじゃない。」
「は!?」
 ごく当たり前のように告げられたそれは、けれどシンにはあまりに予想外で。
 変な顔のまま固まってしまった彼に ルナマリアはあれ?と首を傾げた。
「やっぱり誰も気づいてないわけ? 信じる信じないはそっちの自由だけどこれはホントのこと
 だからね。…彼女もうずっと生理きてなかったし、たまに吐いてたアレ 悪阻よ。」
「いや、知らないし。」
 男の自分がその…生理、とか、そういうことを知ってるはずもないし。
 あの日以来ほとんど接触しなかったのに 体調の変化に気づけるはずもない。
「…でも、じゃあ何で行方をくらましたんだ?」
 不意に浮かんだ疑問は口に出た途端に大きく膨らんだ。
 妊娠が理由なら退役はともかく彼の前から消える必要はないはずだ。むしろそれは2人が結ば
 れるには必要不可欠な条件であり、絶好のチャンスになり得るはずなのだから。

 それが保護条約のもう一つのチカラ。
 婚姻統制とも結び付いたそれは、―――婚姻の優先だ。
 簡単に言えば 子を宿した方が相手より勝る。そういうことだ。

 そう、それは相手があのラクス・クラインであっても同じ。
 元々遺伝子の適合性―――つまり次世代が最も生まれやすいという理由で婚約した2人だ。
 キラの方に子どもができたなら婚約は不要なものになる。
 2人がまだ思い合っているならまたとないチャンスだったに違いない。

 ―――なのに。何故?


「そこまで知らないわよ。隊長に知られたくなかったとかじゃないの?」
 ルナマリアが適当に答えるが、それはシンの疑問の解決にはならなかった。
 身を引かないのかと聞いた時のあの心底不思議そうな顔がまだ頭から離れていない。
「だってそれ、絶対変だ……あ。」
 けれどすぐ、一つの原因に思い至ったシンは不自然に言葉を途切れさせた。

 …思い出した、自分がしたこと。
 全てを変えた消せない罪。
 時期が合うならそれは自分のせいだ。

「……俺、キラさんに会わなきゃ。」
「シン?」
 黙り込んだと思ったら突然そんなことを呟くシンを ルナマリアが不思議そうな顔をして見る。
 前の会話とかみ合わなくて戸惑ってしまったのだ。
 けれどもうシンの頭には行かなくてはという思いしかなかったから、ルナマリアの呼びかけに
 も気づかなくて。
 付き合い上彼をよく知る彼女はぶつぶつ独り言を言う姿を見てあっさり諦め、仕方ないわね 
 と ため息ひとつで口を噤んだ。

「…誰なら知ってるんだろ……」
「―――彼女の居場所ならジュール隊のエルスマン副官に聞くと良い。」
 シンが零した独り言にはっきりと断定した答えで返したのはレイだった。
 それはもはや予想ではない。シンも驚いて思わず顔を上げる。
「なんで?」
「彼はキラに会っている。」
「……え。」
 あまりに予想外だった展開に シンは一瞬耳を疑った。

 ―――今、レイは何と言った?
 誰が、一体誰に会っているって…?


「「っなにぃぃーーーっっ!?」」


 声は見事に 同じく驚いたルナマリアと重なった。













「お前がたどり着いたのは意外だったな。」
 自室のデスクチェアに長い足を組んで座り、言葉の割に飄々とした表情で彼は向かいのシンに
 言った。
 レイに教えてもらって半月近く。やっと会えた3つ上の先輩を前にしてシンはカチンコチンに
 固まっていたが、両の隊長と違って気配り上手なディアッカは 座るのも忘れている彼にベッ
 ドに座るように促してやる。
 それでも縮こまっている彼を見て、いつものアスランに対する威勢の良さはどうしたんだと
 ディアッカは苦笑いした。
「イザークならともかくさ、俺は何にも言わないぜ。そんなに緊張するなって。」
「あ、えっと、すみません!」
「…いや、だからさ……まぁいいや。」
 話しているうちに緊張もほぐれてくるだろうとそれ以上言うのは諦める。
 俺ってそんなに恐い顔してるかなーと多少凹みながら足を組み直した。


「俺のことは一人で見つけたのか?」
 アスランとイザークさえたどり着いていない"ここ"に、シンが来るとは思ってもみなかった。
 あの2人が自分を頼るとも思わないが、機嫌の悪さを見れば結果はおのずと知れる。
 キラは今なお2人から完璧なほどに姿を隠しおおせているのだ。
「…いえ。レイが教えてくれました。妊娠のことはルナマリアが。」
 素直に話したシンにディアッカは感心する。
 ウソでも言おうものならその場で追い返すつもりだったが、彼は本当に真っすぐでそんなこと
 は考えてもいないらしかった。

「―――合格だ。」
 デスクの端に置いてあったメモ用紙を1枚破ると、さらさらと走り書きで住所を記す。
 しかしそれをすぐに渡すのではなく、目の前にかざして今一度彼の真意を確かめた。
「じゃあもう一つ。キラに会ってどうするつもりなんだ?」
「どうしても言わなきゃならないことがあるんです。」
 真っすぐに相手を見据え、曇りない瞳でシンが答える。
「―――そうか。」
 彼はキラに害を加える者ではない。信じても良さそうだ、と。
 分かったとディアッカは笑ってメモを渡した。




「絶対にアスランとイザークには見つかるなよ?」
「どうしてですか?」
 メモを受け取りほっとしているシンにディアッカが釘を刺す。
 自分のことでいっぱいだったから シンには教えることもできるなんて考えはなかったが、ア
 スランもキラのことをずっと探していたのだ。
 ―――そして見つからず焦っている。

「キラと賭けをしてるんだよ。あいつの一生がかかってる。」
 どちらかが先に彼女を見つけるか。それともキラが逃げ切るか。
 シンとしてはアスランの味方をしたいところだが、彼は自分を信じてこのメモを渡してくれた
 のだろうし。

「分かりました。」


 まずはあの人に会おう。
 会って、話をしよう。

 あとはそれからだ―――…




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実はこの7話、最初なかったのですが。あまりに不憫な彼の救済のために。



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