>--scene.07:もう一度だけ君を信じたい--<
「よっ おめでとさん。」 いつもと変わらない態度で軽く手を上げて彼は中に入ってくる。 ―――唯一僕の居場所を知る友人は 祝いに花束を持って数ヶ月ぶりに会いにきた。 「ディアッカ。」 ベッドに座り腕に抱いた子に子守歌を歌っていたのを止めてキラは顔を上げて出迎える。 我が子は目を閉じて気持ち良さそうにしているし、あやしているだけでも問題ないだろう。 「花束ありがとう。後で生けるからそこに置いててくれないかな。」 そして視線で促せば、彼はベッド脇の椅子に礼を言って腰掛けた。 同じリズムで優しく背を叩く。 ミルクはさっきあげたばかりだからお腹も満足なのだろうか。 安心しきった顔で寝息をたてる腕の中の愛し子を見つめるキラの顔にも 自然と優しい笑顔が 浮かんだ。 可愛い子、愛しい我が子。 妊娠した経緯が経緯なだけに、本当に愛せるか正直不安だった。 けれど、お腹を痛めて産まれてきたこの子を最初に見た時、思わず零れた涙。 きっと愛せると思った。そして今もその愛は褪せない。 「…なに?」 珍しいものでも見るかのようにまじまじと見てくる視線に気づいて彼を見る。 目が合うと 彼は肩を竦めて苦笑った。 「いや、キラが母親なんて、マジに想像つかなかったからな。そーゆー母親の顔されるとなん ていうか…」 ―――不思議な気分だ、と。 彼が前にここを訪れたのは出産直前だったから、母親のキラを見るのは初めて。 でもそんな風に言われるのは心外で少なからずムッとする。 「どういう意味だよ。僕だって女なんだから当然のことだろ。」 「だってさ、お前みたいな死に急ぐタイプは"母親"ってガラじゃないなと思ってたし。」 彼にフォローする気はないらしい。 そして加えて言われたことはさらに心外だった。 「いつの話だよ、それ。」 昔ならともかく 復隊以降は命に関わるような無茶をした覚えはない。 だから人に"死に急ぐタイプ"なんて評される謂れはなかった。 けれどディアッカの評価はさっきと同じ。 「俺から見れば今も昔もお前は変わらないぜ。アスランを守るためなら命張るだろ、お前。」 「―――…」 反論はしなかった。その通りだったから。 だって、彼がいない世界で生きてたって仕方ないし。 「…しっかし、分かりやすいイロだな。」 黙り込んでしまったキラを見てさすがにまずいと思ったのか、声のトーンを変えて言ったディ アッカが腕の中にいた子を覗き込んでくる。 キラもそれ以上その話題を続けるのは嫌だったから素直に話に乗った。 「でしょ。」 分かりやすい―――父親そのままの色。 きっと彼に似た きれいな子に育つのだろう。 それはけっこう楽しみだったりする。 「外見はいじってないんだっけ?」 「うん。受精後でもわりと遅い時期のコーディネイトだったし。操作してもらったのは病気と か、基本的な所だけだよ。」 もっと早い段階だったのならもっといろいろできたのだろうけど。 でも、もし早かったとしても怖くて見れなかったからこれで良かったのだと思う。 ―――誰の子か分からずに、教えてもらわずにこの子を産んだ。 そして産まれてきた子は本当に自分の子かと疑うほどに彼にそっくりだった。 これがもし自分にそっくりならまた疑ってしまうところだけれど、こうまではっきり表われて しまったら疑う必要もない。 「一人でも育ててみせるよ。せっかくこんな施設にいるんだし、今のうちに学んでおかないと ね。」 キラが今いる場所は 子を持つ女性のために設けられた国直属の機関だ。 フェブラリウス・ナインにあるこの施設は"エデンのゆりかご"と呼ばれ、出生率の低下を懸念 した評議会が保護条約と共に建てたもので、広大な敷地の中には子を産み育てるための全てが 揃っていた。 それこそキラのような人間でも子どもが育てられるように。 「そーいやハウスへはいつ移るんだ?」 ディアッカが悪戯半分で頬をつつくと小さな声が漏れる。 起こさないでよとその手を払って キラは軽く背を叩く動作を再開させた。 「もうすぐこの子も3ヶ月になるし、そしたらそっちに移るよ。」 「ふーん。」 そういうもんかとディアッカは呟く。 ここは病棟の一室で、ハウスとは同じ敷地内にある居住区域のことだ。 そこにはキラのように何らかの事情がある者から子育て支援が必要な者まで、ここで生活した 方が良いと判断された親子が多く住んでいる。 ストレス軽減のために完全に個に分けられた部屋には母子で暮らすには十分な設備が整ってい て、その周りに点在する施設も安全管理、健康管理、子育ての相談まで、安心して快適に過ご せるように様々な工夫が為されていた。 ―――そこはまさに"楽園"と呼ぶに相応しい。 「あ。ね、みんなどうしてる? ここじゃ軍の情報なんて入らないんだ。」 我が子を見つめて彼を思い出したのか、一瞬辛そうな顔をしたキラはそれを振り払うように顔 を上げる。 それを見て見ぬふりをしてくれたディアッカはそこには触れず、苦笑いで近況報告をしてくれ た。 「アスランはなんつーか鉄面皮に磨きがかかったな。シンも相変わらずつっかかってるし。そ れをルナマリアが黙らせるのも日常的になってきたみたいだぜ。」 本当にルナマリアが頼まれてくれたのを知ってくすりと笑む。 アスランが笑っていない事実にはやっぱり胸が痛んでしまうけれど、今のキラにはどうしてや ることもできない。 「イザークは?」 「アイツもなぁ… ずっと不機嫌で俺も困ってんだ。」 やれやれと彼は肩を竦める。 その表情から彼の苦労は目に見えて分かった。 「苦労してるね。」 「他人事みたいに言うなよな。2人のあれはお前のせいだろうが。」 2人とはアスランとイザークのことだろうけれど。 「どうして?」 「すっとぼけんなよ。行き先言わずに消えたくせにさ。」 きょとんとしてみせたらデコピン付きでそんな言葉が返ってきて。 さすがに彼はごまかせないかと苦笑いに変えた。 軍を辞めた後の連絡先は誰も知らない。誰にも教えていない。 …子どものことは誰にも知られたくなかったから。 だから、国の保護権利を最大限に利用してこの施設に移り住んだ。 子の父親に子どもの存在を知られたくないからと、情報を遮断してもらって。 さらには少しデータも操作してもらった。 ちなみにディアッカがここを知っているのは単なる偶然だ。父親の仕事の関係で、たまたま書 類にキラの名前を見つけたらしい。 「もちろんバレてないよね?」 会いにきた彼に頼み込んだのは自分だ。 アスランにもイザークにも知らせないで、と。 「まーな。俺が休暇利用してこっち来たのも女と会ってるくらいの認識だろ。」 そしてキラの気持ちを汲んだ彼は協力者になってくれた。 ここのことを、キラの居場所を、知っているのは今も彼だけだ。 「でも覚えとけよ? あいつらは今もお前を探している。」 「……本当に、困った人達だね。」 早く忘れてしまえば良いのに。そうすれば幸せになれるのに。 なんて愚かで―――優しい人達。 「…キラ、さん?」 2人で話しているところに聞こえたノックの音と躊躇いがちの声。 キラが返事をすれば 数秒後に扉が開いた。 「キラさん。……あ、」 現れた白衣の青年は、ディアッカの姿を見ると手に持っていたものを慌てて後ろ手に隠す。 明らかにタイミングを間違えたとでも言うかの表情で。 「来客中だったんですね。すみません、また後で来ます。」 それだけ言ってそそくさと部屋を出て行ってしまった。 訳が分からないのはディアッカだ。 「なんだ? 今の……」 「…今まで知らなかったけど、僕って普通に女の子に見えるんだね。」 ディアッカの呟きには答えず、代わりにそんな当たり前のことを言う。 どこをどう見たってキラが男に見えるはずもないし、そもそも男ならここにいないだろう。 「は?」 思いっきり変な顔をする彼とは正反対に、キラはいたって真剣だ。 「モテた経験ないからさ。てっきりアスランやイザークの趣味が特殊なんだと思ってた。」 あれだけ格好いいのにどうしてよりによって2人共僕なんだろう、と。 そう思ったのは1度や2度ではない。 ディアッカは2人がいるから彼女に近づけないのであって別にキラがモテないわけではないと 知っていたけれど。言うと説明が長くなりそうなので止めておいた。 あの2人が相手では、並の男じゃ諦めるしかないというもの。 もし諦めなくてもあの2人を差し置いてキラの心に入り込めるはずもない。 結果彼女は遠くから見ることしかできない高嶺の花になったのだ。本人だけがそれに気づかず に。 「最近ね、何かよく告白されるんだ。僕 子どもいるのに変だよね。」 そうか。あのバリケードが無いとこうなるのか。 ディアッカは改めて彼らの力を実感した。 "番犬"がいないと子どもがいても気にならないほど男が寄って来るらしい。 「でも全部お断りした。」 「へぇ。なんで? もう2人はいないのに。」 興味を持ってディアッカが尋ねる。 さっきの男もかなりキラに執心だった様子。他に何人あんな男がいるのか。 「だって約束しちゃったから。」 誰のものにもならないと。 アスランのものにもイザークのものにもならないのなら、キラは一人で生きていくと決めたか ら。 「妙なとこ律義だな。誰も知らないし見てもないってのにさ。」 「散々迷惑かけたからね。これくらいはせめて守りたいなぁと。」 「―――これからはどうするつもりなんだ?」 いくら保護されている身とはいえ、ずっとここにはいられない。 キラにもその気はない。 「うーん… まぁどうにかなるよ。プログラム系ならプロとしても十分食べていけるんだし。」 「戻る気は?」 ないんだろうと思いつつ。 するとキラは意味ありげに笑った。 「…もし。僕がここにいる間にアスランかイザークが見つけてくれたなら、そして許してくれ たなら。」 分の悪い賭けだと知っている。 でも、まだ許されるなら。 「僕はもう1度、その人の傍にいることを自分に許すよ。」 未練がましい最後の賭け。 けれど彼らも探しているというなら、もう一度だけ夢見てみよう。 「ここにいるのはあとどれくらいなんだ?」 「この子が1歳になるまで。見つけられなかったら、今度こそ誰も知らない場所に行くよ。」 ディアッカでさえ見つけられない場所へ。 そして見つけてくれたとしても、もう誰の手も取らない。 僕は僕だけの道を行く。 「あ、教えちゃダメだからね。」 「分かってるさ。俺が教えちゃフェアじゃないもんな。」 一応釘を刺したけれど、彼は元々第三者の立場を貫くつもりだったらしい。簡単に了承してく れた。 ―――タイムリミットまで、あと9ヶ月。 →scene.07:side.Bへ← --------------------------------------------------------------------- 受精後のコーディネイト辺りは捏造設定ですから。 何故こんなに長くなったのかは謎。