>--scene.06:さよならを言いに来たんだ--<




『今は別れてやる。』
 半日起き上がれなくて、やっと着替えて彼の元を訪れたときだったと思う。
 仕事の指示と一緒にそう告げられた。
『だが覚悟しておけ。俺はお前が思うほど素直じゃない。』
 いずれこの手に取り戻す と。

 なんて馬鹿な人だろうと思った。
 そしてそれが愛しいと 思ってしまった。

 それに自分はなんと返しただろうか。
 やってみれば? なんて、キツイことを返した気がする。
 …呆れてくれれば良いのに「分かった」なんてあっさり言われたけれど。

 でもそれもすぐ終わることだと思っていた。
 裏切って 傷つけて、君を捨てようとする、こんな酷い女のことなんてすぐ忘れるものだと。

 ―――忘れて、彼女と幸せになって欲しいと願った。僕の傍に君の幸せはないから。
 僕はただ、君を護る盾であればいい。君に未来と幸せを残せればいい。
 ただそれだけで良かったのに。



 でも 子どもを産むならここにはいられなくて。
 君だけを危険な場所に残していくのは嫌だった、けど。
 その時気づいたんだ。

 君は一人じゃないってこと、
 2年前とは違うことを、、










「退役だって…!?」
「うん。これはちゃんとした 正式な決定だよ。」
 驚いて思わず腰を浮かすアスランに キラはコクリと頷いてみせた。
 アスランには寝耳に水の話だろうから驚くのも無理はない。
 最後の夜以来プライベートでの接触は皆無だったし、仕事以外の会話もキラが悉く拒絶し続け
 ていたから。

「冗談でも嘘でもないからね。通知と書類ももうすぐ来る。」
「な、…!?」


 ―――検診の結果を知らされてから1週間が経った。
 今までは手続きなども報告なしに進めていたけれど、さすがに黙っていなくなるわけにはいか
 ない。別れた恋人以前に彼は隊長でキラの上司だ。
 だからこれは軍人として上官にする報告なのだと。仕事中の、しかも執務室を選んだのもそれ
 が理由だ。


「そんなこと、できるはずが…」
 まだ信じられないといった様子でアスランは言うけれど。
 キラはその縋る言葉をあっさりと否定する。
「―――できるんだよ。」
「そんな馬鹿な…!」
 なかなか納得できないアスランだったが、それは キラの立場を考えれば仕方のないことでも
 あった。

 戦時中、キラは当時最新鋭の機体を奪取しザフトを離反した経歴がある。
 ザラ議長のやり方に疑問を持ち 対立したクライン派に付いたためだ。
 クライン派はオーブと協力し、ザフトvs連合軍最後の戦いとなったヤキン・ドゥーエ戦に介入
 した。
 その中で彼女達は連合の核・ザフトのジェネシス双方の脅威をくい止め、事実戦闘停止を成し
 遂げている。
 それには影ながらアスランやイザークの隊の協力もあったのだが、それらの真実は混乱のさな
 かにうやむやにされ、全てを被る形でキラ達は停戦協定が結ばれた後 しばらくオーブに身を
 寄せていた。

 ―――しかし。
 ラクスの国民への影響力とキラの戦闘能力を考えた評議会の決定によって数カ月後にはプラン
 トに戻されたのだ。
 そしてキラは軍に身を置き続けることを条件に 離反前と同じ待遇での復隊を許された。

 だから、そんなキラが退役などできるはずがないのだ。…普通は。
 今回のことがその"普通"に当てはまらなかっただけ。
 それだけ"保護条約"の影響力が強く、また出生率が危機的だということだった。


「―――とにかく。国防委員長の許可もちゃんともらったんだから。アスランがどう言っても
 一月後には退役するよ。」
「…そうか。」
 そこまで言われてしまえば嘘だと思える根拠もない。
 表情こそ全く納得いっていない様子だったが、事実を受け止めてはくれたようだった。



「……俺といるのがそんなに嫌なのか?」
 そして、不意に落とされた呟くような問いは予想外すぎて。
 そんな解釈もできるなんて初めて知った。
「そういうんじゃないよ。傍にいるのが嫌なら転属願いを出すだけで済むんだし。」
 首を振って否定すれば、彼はまた考え込む。
 やっぱり誰だって納得できるだけの理由は欲しいと思う。
 だけどキラはそれを与えることができないから。
「…オーブか?」
「まさか。それができるなら2年前に僕は軍を辞めてる。」
 次に出てきた2つ目の予想もすぐに却下した。

 守れなくてごめん、と、カガリに謝られた夜。
 当時のオーブに彼女達を匿ってやれるほどの力はなかった。
 今も時々連絡はとっているけれど、政権の立て直しでまだまだ急がしそうで。
 そんな彼女がキラを呼び戻すことは難しい。

 じゃあどんな理由があるのかと聞かれても、答えることはできないけれど。


「また、俺を一人にするのか お前は…」
 苦しげな彼の言葉にズキリと胸が痛んだ。

 彼から離れるのはこれで3度目だ。
 1度目はアスランの隊かイザークの隊に入るかで彼と距離を置いた。
 2度目はザフトを離反した時からオーブにいる間。
 でも今回は今までと決定的に違う。
 気まずくて話をしなかっただけでもなく、連絡を取ったり内緒で会ったりももうしない。
 彼とは本当に"お別れ"をするつもりだ。もう彼と会うことはないだろう。

 それに、彼の言葉は少し間違っている。
「君はもう一人じゃないでしょう? 今の君にはシンやレイ達がいる。あの頃とは違うよ。」
 今のアスランの周りにはアスランをアスランとして見て、そして慕ってくれる人達がいる。
 キラがいなくても気を許せる人がいる。
 僕には他に何も残らないけど、アスランには多くの仲間が残るから。
「だから、大丈夫。」

 …アスランはそれに信じないって顔をしたけど。




「どこに行くんだ?」
「―――内緒。」

「行くな。」
「嫌。」

 堂々巡りの言葉遊び。
 言うだけ無駄だって君は知ってるはず。
 一度決めたら何が何でもやり通す、それを1番知ってるのは君のくせに。

「キラ…」
 恨めしげな視線を向けるアスランにキラは困ったように笑う。
 何を言ったら諦めてくれるのかなと思って、ひとつ意地悪な言葉を思いついた。
「…あんまり駄々をこねると、僕 イザークと結婚するからね。」
「は?」
 予想通りの表情をするアスランが面白い。
「僕の結婚を君が止める権利はないよね。」
「ちょっと待て、キラ。」
 混乱しているのか待ったをかけるアスランだけれど、キラはここぞとばかりに言葉を続ける。

「―――ね、どっちが良い? 近くにいるけど僕がイザークと結婚するのと、遠いけれど誰のも
 のにもならないの。」


 ぐっと言葉を詰まらせてしまったアスランを見て、―――別に勝負をしてたわけじゃないけど
 ―――勝ったと思った。




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scene.00の時間軸にやっと追いつきました。
つーか 別れたことにザラ隊長は全く納得してない、そんな態度ですね。
引き留め失敗。そして話は長くなる…(いえ、内容は予定通りですが)


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