>--scene.02:君だからこそ許せない--<




「…全く。貴様は俺を何だと思ってるんだ。」
 呆れた顔で言うイザークにアスランは小さく笑う。
 ぶつぶつと文句を言いつつも こうして律義に見送りに出てくる辺りが彼らしい。
「信頼できるから預けるんだ。俺がいない間 ビシバシ鍛えておいてくれ。」
 返すアスランは特に悪いとは思っていない態度だが、今更なのでそのことにはイザークも何も
 言わなかった。

 アスランが不在の間、隊の全権は副官であるキラに委ねられる。
 もちろんキラなら十分務められるのだろうが、過保護な彼は心配だったらしい。
 わざわざジュール隊をカーペンタリアに呼んで、不在の間共に行動できるように頼んだのだ。
 それをイザークが突っぱねなかったのは、彼もまたキラに甘い者の一人ということに他ならな
 いからだったが。

「イザークのビシバシって半端じゃないからね。みんな死ぬよ?」
「…キラほどじゃないと思う。」
 くすくすと他人事のようにキラが笑って言うと、アスランからそんな返答が即座に返ってくる。
「そうかな?」
 キラはきょとんとして首を傾げるが、それは大袈裟に言ったわけでも、ましてや嘘ということ
 でもなかった。

 キラは加減を知らない。それは単に自分の常識が桁外れなのを知らないという意味なのだが。
 その原因には 周りにいたのがアスラン達のような、また常識はずれの人間ばかりだったせいも
 あって。
 そのおかげでキラの基準は人としてのレベルを超えてしまっていた。

 そんなことがあったせいで、キラと違って一般のレベルを知るアスランは キラにカリキュラム
 を考えさせるようなことは滅多にしなかった。
 一度ザラ隊古参メンバーが経験したキラの訓練カリキュラムは、地獄の懲罰メニューとして今
 も隊の皆に恐れられ語り継がれていたりする。

「皆あれがあるおかげで真面目にやってくれるからな。」
「そこまで言う? そもそもあれは、」

「―――アスラン、時間だ。さっさと行け。」
 静かな声で割り込んで 2人の会話を中断させたのは当たり前だがイザーク。
 専用シャトルなのだから 本来時間というものはないはずなのだけれど。
 しかし2人の会話のせいで周りを待たせているのも確か。
「それもそうだな。すまなかった。」
「ごめん イザーク。」
 イザークの言葉を聞き、アスランとキラは永遠に続きそうな掛け合いを中断させた。
 別にこんな会話は帰ってからでもいつでもできるのだから。


「…じゃあ行ってくるから。」
「うん。行ってらっしゃい、アスラン。」
 さすがに人前、挨拶のキスは頬まで。
 …他にいるのがもしイザークだけだったなら もちろん加減はなかっただろうけれど。
 イザークへは言葉のみ、そして彼らの後ろで敬礼するシン達には敬礼で応えて。

 そうして アスランはシャトルへ乗り込み、本国へ帰っていった。







 あの時気づけば良かった。
 アスランと僕が"挨拶"を交わした時、シンがこちらを睨んでいたこと。
 彼が何を思っていたか知ることができれば。何か変えれたかもしれないのに。

 けどそれも、もう遅い。










 イザーク達との打ち合わせは予定より少し遅くなった。
 本当はもう少し長くなるはずだったのだけど、イザークが残りは明日で良いからと切り上げて
 しまったのでそこで終わったのだ。
 そして早く休めと追い返されて、キラが部屋に戻ったところで彼が待っていた。

「―――シン?」
 扉の前で凭れてぼんやりしていた様子のシンに呼びかけると 彼は今気づいたという風にその身
 を起こす。
 どこか彼らしくない雰囲気にキラは首を傾げるが、はっきりと断言はできないから何も言えず
 にいて。
 そして彼は相談がある と、キラに告げてきた。





「えーと、シンはベッドで良い?」
 相談なんて言われたら キラが断れるはずがない。
 部屋に招き入れて、シンならコーヒーより紅茶が良いかななんて考えながら彼に背を向ける。

 …思えば、それが失敗だった。

「良いですよ。―――でも、キラさんもこっちです。」
「え―――?」
 突然腕を引かれて 勢いのままベッドに仰向けに倒される。
 一瞬何が起こったのかとキラが目をぱちくりさせていたら シンがこちらを見下ろしてきた。
「キラさん、無防備過ぎ。夜中にホイホイ男を部屋に入れるもんじゃないですよ。」
 笑っているようで笑っていない、冷たい表情。暗く光る紅い瞳にぞくりと背筋が冷えた。

 怖いと思う。
 いつも弟のようで可愛いと思っている彼がとても怖い。

「…何の冗談?」
 それでもそれを誤魔化すように声を低くして問う。
 けれど彼はただ笑い返してくるだけで。
「これが冗談に見えますか? 俺だって男だし、このくらい考えるんですけど。」

 ―――油断した…!

「っシン! 離して!!」
 彼の本気を感じ取って 途端キラは逃げようと暴れだすが、今更押さえ込まれた身体はびくとも
 しなかった。


 知っていたはずだ。彼と同じ目を知っていたのに。
 どうして忘れていたんだろう。

 シンだったから大丈夫だと思っていた?
 …与えられる優しさの中、護られることが当たり前になっていた?

 けれどどんな理由にしたって、悪いのは危機感を持たなかった自分だ。


「シン…!」
「嫌です。離したら逃げられるって分かってて離すはずがないでしょう?」
 どんなに声を荒げても、腕の拘束は強まるばかりで 彼を止めることができない。
「……っ」
 あとは力ずくしかないと 手足を目一杯ばたつかせて抵抗してみる。
 無駄かもしれないと頭のどこかで分かっていても、このままなんて冗談じゃなかった。

 彼は… シンは、僕の大事な後輩で弟みたいな存在で、怒っても可愛くて、
 それから それから――…

 こんなの何かの間違いだ。
 シンがこんなことするはずない。
 早く、いつもの彼に戻してあげないと…

 カシャン

「…ぇ……?」
 頭上でおかしな音がして、手首を圧迫していたシンの手が離れる。
 自由になったのかと思ったけれど手は拘束されたままで、少し動かすと冷たい感触が手首に当
 たって。
 ―――置かれた状況を理解したキラの表情からザッと血の気が引いた。
「っ何考えてるんだ 君は!?」
 重さからしても玩具ではないその手錠の感覚。
 シンが分からなくなって 思わず溢れた涙が視界を滲ませる。
「…何って。暴れられると邪魔だから動けないようにしただけですけど?」
 そっちこそ何を言ってるんだと言わんばかりに 当たり前のように答えるシンに愕然となった。

 これは誰?
 これはシンじゃない。
 シンであるはずがない。
 だって、こんなシンは 僕の知ってる彼じゃ……

「…っシン、君おかしいよ! どうしちゃったんだよ!?」

「―――どうもしてませんよ。」
 静かに答えたシンの手がキラへと伸びて 襟のボタンを外される。
 ゆっくりとした動作で広げられた上着の下は支給のアンダーではなく薄手のシャツ1枚。それ
 も失敗だったと思った。
 今日はいつもより暑かったから。そんなことを今更悔いても遅いのだけど。


 ひんやりとした手が首筋に触れて 反射的に肩を竦める。
 肌の上を少し流れた彼の指先はある一点で止まり、視線もまたそちらへと向けられた。
「…どっちが誘ったんですか?」
 彼が今触れているところは昨日アスランが付けた痕。いつバレたのかは知らないけれど、シン
 は僕達の関係を知っている。
 まさかそれが昨日だとは思いもよらず、羞恥心でキラの頬が朱に染まった。
 そしてそれを見たシンはなお一層不機嫌そうに眉を顰める。

「―――恥知らず。」
「…っ」
 自覚と…覚悟は別のものだと思い知らされた。冷たく落とされた言葉がキラの胸に深く突き刺
 さる。
「国が認めた婚約者からあの人を奪うなんて どんな神経してんですか。」
「違う! 奪われたのは僕の方だ!」
 今のセリフは聞き捨てならなくてキラが叫んだ。
 誰が誰を奪っただって…?
「アスランは僕のものだったのに… 対の遺伝子だなんて理由で婚約が決まって、僕とアスラン
 は引き離されたんだ!」
 人の気持ちなんか完全に無視で、遺伝子の適合 ただそれだけで決められた。
 そんなの冗談じゃなかったけれど、その頃の僕らにはどうしようもなくて。

「それで諦めないんですか? 普通身を引きませんか? そーゆーときって。」
 キラの選択が分からないと怪訝な顔をされる。
 キラにしてみればシンのその反応の方が分からなかったけれど。
「身を、引く…? 誰が?」
「…サイテーだ。」
 短く吐き捨てて、シンはぐっと押し掛かってくる。
 そして指が首筋と同じように色濃く残る鎖骨の所有印へ下ってきた。
 もちろんそこだけではない―――体中に散りばめられた紅い華はアスランの執着心の表れのよ
 うで。
 恥ずかしいけれど嬉しいのも確か。
 しかし それはシンの怒りを煽る結果になってしまった。

「俺、キラさんはもっと賢いんだと思ってた。でもやっぱり"女"だった。」
「…っ痛……!」
 痕に爪を立てられて痛みに顔をしかめるけれど、シンは睨んでくるだけだ。
「自分のことしか考えなくて、それであの人の栄誉傷つけんの分かってて平気な顔して。」

 シンの言葉は キラが今まで逃げてきたこと。
 考えないようにして、目隠しをして気づかないふりをして。
 だから痛い。何も言い返せなかった。



「―――自分で別れられないのなら、俺があの人のところに戻れないようにしてあげますよ。」
 言うや否や下着ごと シャツを一気に捲り上げられる。
 直に触れられてくると 羞恥心以上に恐怖心が一気に募った。
「ゃ、やめ…っ!」
 アスラン以外の人に触れられる。
 嫌だとか怖いとか、シンに対してこんな感情を抱くなんて信じられないけれど。
「……何。誘ってんですか? ソレ。」
「違……」
 本当に怖いのに。身体は震えが止まらないのに。
 彼は顎を掴んで無理矢理顔を向けさせ、キラを嘲るように笑う。
「そういうカオ、煽ってるようにしか見えない。」
 腰を伝う手がズボンにかかり、キラの身体がびくりとはねた。

 嫌だ、止めて、触らないで!
 逃げたい、怖いよ、助けて、お願い! ―――アスランっ!!


「なら、お望みどおりにしてやるよ。」
 シンの冷たい声が耳に届く。遠くにいる彼にキラの声は届かない。


「…っ ぃやあああああ!!」



 "シンがこんなことするはずない"、って……
 信じていたんだ 本当に。

 ねぇ、どうして……?





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アスキラ的にこれってどうなのでしょう? そう思って描写はカットしたんですが。(途中まで書いて消した)
シンとキラとアスランと。この中で1番酷いのは誰なんでしょうね…



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