>--scene.01:side.B--<




 照明を最小までに落とした室内を危なげもなく髪を拭きながら歩く。
 片手には勝手に拝借したミネラルウォーターがあるが、取ったところで今更彼女も気にはしな
 いだろう。
 何せ 互いの部屋にバスローブまでも置きっ放しにしているような相手だ。


 アスランが脇に浅く腰掛けると ベッドは軋んだ音を立てて揺れる。
 しかし抱き潰してしまった恋人は完全に夢の中、その程度では起きる気配も見せなかった。

 …己の欲のままに求めてしまったことにさすがに罪悪感を感じるが。明日からしばらく触れら
 れないと思うとつい抑え切れなくなってしまって。
 多少無理に進めたところもあるが、彼女なら許してくれるだろう。

「あすらん…」
 さっきまで散々人を酔わせてくれたとは思えない幼い寝顔と甘い声。
 置いていた手に擦り寄ってくる仕草が愛しい。
 くすりと笑って、アスランは空いた方の手でさらさらと指から零れ落ちる髪を何度も丁寧に梳
 いた。

 気を許されている、特別だという、そんな存在になり得た自分が誇らしい。
 生涯彼女しか愛せないと思った少女、冷えきった心を温めて光を与えてくれた最上の女性。
 幼い頃から想い続けてやっと叶った恋心だ。
 そう易々と手放す気はない。

「もう少しだから…」
 すやすやと眠るキラの額に羽根のような軽いキスを送る。
 それは神聖な儀式のような、、
「今度こそきっと、キラを……」


 ピリリリリリ...


 言葉を遮るかのように 部屋に呼び出しのコール音が響いた。
 思わず眉を顰めて顔を上げるとアスランは扉を睨みつける。

「一体誰だ…?」
 日付けはとっくに越えている。
 こんな非常識な時間に他人の部屋を訪問する礼儀知らずがいたとは。
 どんな馬鹿だと胸の内で罵倒する。

 とにかく穏やかな時間を邪魔されたこともあって、何か一言言ってやらないと気が済まない。
 不機嫌な態度も隠さずに アスランはベッドから立ち上がった。









「―――なんだ?」
 正直 彼女が起きているかは賭けだったのだ。
 けれどそれは思ってもいなかった事態で。部屋から現れた予想外の人物に、シンは心底驚いて
 しまった。

「え、隊長!? だってここ…」
 思わず辺りを確認してしまう。
 しかしここは間違いなく目の前の彼の副官―――キラの部屋で。
 もう一度相手を凝視していると、かつてないほどの不機嫌な表情で 彼はドアに凭れかかると
 睨みつけてきた。
「キラなら熟睡中だ。…それより、こんな夜中に彼女に何の用だ?」
 言外に非常識だ、と。
 確かにその通りで、シンは何も言えずに言葉に詰まる。

 他人には絶対言えない用事というわけではないが、恥ずかしいと言えば恥ずかしい。
 …提出期限ギリギリの報告書の書き方を教わりたい、だなんて。
 それをこの隊長に言えばまずお小言から始まってしまう。だから彼女の方に頼もうと思ってい
 たのだが…
 こんなことなら明日にすれば良かった。隊長はいないのだし。

「シン?」
 アスランの声のトーンが一段と下がる。
 シンは 今日中にレポートを書き上げるのを諦めた。
「あ、いえ… そうですね、すみませんでした。」
「キラも女性だ。今後はこんな時間の訪問は慎め。」
 素直に頭を下げればそんな言葉が返ってくる。
 相手もかなり機嫌が悪いらしいが、シンはその一言にカチンときた。
「…気を、つけます……が。でも、隊長にそれは今言われたくありませんけど。」
 俺の訪問が非常識なら、その非常識な時間に部屋にいるアンタは何なんだと。
 反論に対してアスランはけだるげに髪をかきあげて笑っただけ。
「俺はちゃんとキラの許可を得て来ている。」
 見下されている気もしたが、それより目の前の別の疑問が先に出てしまって。

 こんな時間にそんな格好でいても良いって?
 でも、幼馴染ならそれもアリなのか?
 …なんて。
 考えた後に、そんなわけないだろと自分にツッコミを入れる。

 何だか胸の辺りが変にもやもやして気持ち悪かった。
 理由が分からないから余計に。

 それを解消するには直接聞くのがたぶん1番良い。
 真っ直ぐな性格のシンが至った答えがそれで。
「―――あの、」


「…あすらん?」


「!!」
 眠たげで幼い声がアスランの後ろからかかる。
 暗闇の中 もそりと小さな影が動いた。
「ああ、起こしたか? すまない、すぐ済むから。」
 振り向いたアスランはさっきまでの不機嫌さはどこへやら、にこりと笑って闇の中にいるであ
 ろう少女に答える。
「うん… わかったー…」
 それで安心したのか、ぽすんと軽い音がしてまた部屋の中は静かになった。


 知らない。こんな甘い声も、こんな優しい表情も。
 違う、これはいつも見ている2人じゃない。

 …俺は知らない。こんなヒト達……




『あの2人絶対できてるわよ。』

 そんなことを自信満々に言うルナマリアを俺は全く信じていなかった。
『何言ってんだ? 隊長には婚約者いるんだろ?』
『バカね。だからアンタ子供だって言うのよ。』
 1つしか変わらないのにガキ扱いされて。突っかかろうとしたら軽くあしらわれた。
『どうせ親が決めたとかそんなもんでしょ。幼い頃からずっと一緒だっていうし、間違いない
 わよ、絶対。』

 嘘だと思ってた。ルナが勝手に言ってるだけだと。
 だって キラさんが言ったんだ。
 信頼できる親友同士だって、それだけだって。

 …でも、それは嘘?

 気分が悪い。
 胸を掻き毟りたいくらいむしゃくしゃする。



「…… 親友じゃなかったんですか?」
「親友? あぁ、そうだな。幼馴染で親友だ。」
 挑戦的な視線を受けても相手は動じた様子すらなかった。
 それが余計に苛立ちを増す。
「じゃあ なんで…!」
「そこまで答えてやる義理はない。」
「っ」
 突き放した物言いはシンには関係ないとでも言っているようで。
 そして向けられる威圧的なそれは、常の上官としてのものではなく1人の男の目だった。

「―――さっさと戻れ。俺も明日は早いんだ。」

 それ以上は聞く耳もたないと。
 彼が背を向けたと同時にドアが閉められ、シンは1人取り残された。


「なんなんだよ…」

 イライラする。最高潮に気分が悪い。


「なんだよ あれは…っ!!」




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side.Bは基本的に男側の視点です。
えーとですね、キラさんはけっこうヒドイ女の子になると思いますです。
アスランは黒に見せかけて実は可哀想な役かと…



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